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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「宇宙に行ける島」アジア初のスペースポートを目指して

沖縄県宮古島の隣に、サンゴ礁に囲まれ「世界で一番美しい」と言われる空港があるのを知っていますか?下地島にある下地島空港は、国際空港にも使える3000メートルの滑走路があり、ANAやJALの副操縦士が訓練に使っていた。この島が近い将来、「宇宙に行ける島」、つまりアジア初の「宇宙港」に生まれ変わるかもしれない!

経緯はこうだ。下地島空港からJALとANAが撤退し、沖縄県は空港の使い道を模索していた。そこで2014年10月に「下地島空港の利活用事業」を公募。これに対し、宇宙機を開発中で、将来日本で宇宙ビジネスを立ち上げたいと考えていたPDエアロスペース代表の緒川修治さんが、「やるしかない!」と速攻で反応。企業・大学などで「スペースポート・アジア・コンソーシアム」を作り、宇宙港の整備事業に加え無重力フライトやフライトスクール、宇宙旅行など7つの運営事業からなる「宇宙港事業」提案を12月に沖縄県に提出したのだ。

2014年9月には宮古島青年会議所や観光協会と一緒に、シンポジウムを開催。宇宙飛行士の山崎直子さんや米国で宇宙旅行機を開発中のXCOR社創業者、宇宙機パイロットのブライアン・ビニー氏を招いた。右端が緒川修治さん。地元からは「何か手伝えることは無いですか?」との質問もあり、「大変積極的で、好意的に受け止めて頂いた」と緒川さん。

7つの運営事業について緒川さんに詳しく伺ったところ、すぐ立ち上げられるのは「パラボリックフライト(無重力フライト)」と「フライトスクール」だという。「パラボリックフライトは単に無重力を体感するだけでなく、『宇宙旅行者向けの訓練プログラム』という位置づけです」。宇宙旅行者向けとは、具体的にどういうことだろう?

「宇宙旅行に行きたい人が一番気になるのは『私の身体で宇宙に行ける?』という点です。宇宙に行ってみたいけど、持病があったり高齢だったりして大丈夫かなと。現時点では宇宙旅行者の医学基準は明確でなく、何が問題になるかわからない。宇宙旅行を一般化、大衆化させるには、宇宙飛行士だけでなく一般の方のメディカルデータを数多く蓄積し、基準値を見極めていく作業が不可欠です。将来的には、『血圧をこのくらいにしていきましょうね』などアドバイスできるようにしていきたい。この事業は、その足がかりです。参加者には宇宙旅行に向けた座学や、メディカル・心理チェックを受け、実際に航空機で数十秒間の無重力環境を体感してもらいます」。プログラムは一泊二日コースを予定。民間宇宙旅行の医学基準作りについてはJAXAや大学に共同研究を提案中とのことだ。

二つ目はフライトスクール。自家用操縦機のライセンスはもちろん、LCCへのパイロット供給、将来的には宇宙機の操縦ライセンスも取得できるよう計画中。実際にパイロット養成を行っている会社がコンソーシアムに入っていて、運営を行う予定だ。

その後は宇宙機に留まらず、UAV(無人航空機)やF1カーなど規模の大きな試験を行う「多目的試験場」や、宇宙技術や宇宙ビジネスについて、実業がある環境で英語で学ぶ「スペースアカデミア」事業を立ち上げる考え。そして将来的に、下地島から宇宙船を飛び立たせる。まず海外の宇宙船で、最終的には自らが開発した宇宙機を飛ばすことを目指している。「海外の宇宙船は2018年頃、自分の宇宙船は2020年頃が目標です」(緒川さん)

ユニークなのは、超小型衛星打ち上げ用ロケットも飛ばそうと考えていること。「超小型衛星の需要は増しているのに、ニーズにあうロケットがない。H-2Aロケットの相乗りや、海外のロケットを使っているのが現状ですが、相乗りでは目的の軌道に衛星を載せられない。衛星ビジネスを成立させるには目的の軌道に、安く飛ばさないといけない。『どうにかして欲しい』と小型衛星を作るベンチャー企業からもせっつかれています(笑)」。そこで下地島空港敷地の南端に発射台を作り、50kg級の超小型衛星を一度に4基搭載して極軌道に投入する事業も展開したいとのこと。宇宙旅行船や小型衛星が飛び立つアジア初のスペースポート。わくわくする構想ではないか。

上:2011年8月、パルスデトネーション燃焼実験に成功。
下:フライングテストベッド機体を囲んでスタッフと。まず高速で高高度、長距離の飛行を可能にし、その後開発したエンジンを搭載する。緒川さんの左隣が昨年入社した社員さん。ボランティアを含め約30人のチームで開発中。

沖縄県の採択結果発表は2015年3月末。10事業の提案中、緒川さんらの商業宇宙案は有力案として残っているそうだ。世界では民間宇宙ビジネスが活発化している。日本でもこの案が採択されて、宇宙ビジネス活性化のきっかけになってほしい。

パイロット志望→宇宙ベンチャー起業へ

ところで、この壮大な宇宙港計画の中心人物である緒川修治さんは、いったいどんな人だろう。元々はパイロット志望。だが自衛隊、民間のパイロット試験や宇宙飛行士選抜に何度も挑戦するも不合格。その過程で三菱重工業で戦闘機の開発に携わり、東北大学大学院でスクラムジェットエンジンを研究した。その後、米国の民間宇宙レース「Xプライズ」に刺激を受け、「これからは民間独自でロケットを作る時代だ」と2007年にたった一人で民間宇宙機を開発するPDエアロスペースを立ち上げた。

職場は名古屋市の自宅敷地内にある十畳ほどのオフィスと、実験室。実は緒川さんのお父さんは発明家で、約50年にわたりジェットエンジンを開発していた。小学生のころから研究助手として手伝っていた緒川さんにとって、宇宙機開発は非現実的なことではなかった。燃焼実験室も計測装置もお金をかけずに自分で作ってしまう。

目標は、従来の使い捨てロケットでなく、航空機のように離着陸し、再利用できる宇宙機。一つのエンジンで大気中も宇宙も飛べる機構のため機体はシンプル。鍵となるのは「パルスデトネーションエンジン」で、爆発燃焼を利用する。元々はドイツがミサイルに使用していたエンジンを発展させたものだ。NASAはロケット用に、米空軍やメーカーはジェット機用に開発中だが実用化には至っていないし、一つのエンジンで宇宙まで飛ぶ機体はどこも実現していない。高度15kmまでは空気を取り込んでジェット燃焼を行い、空気が希薄となる15kmmから上空は搭載した酸素を使いロケット燃焼を行って、宇宙まで飛ぶというアイデアだ。2012年、PDエアロスペースが特許を取得した。

2020年頃の打ち上げ目標にしている宇宙船「ペガサス」のイメージ図。航空機のように離着陸し、高度約100㎞まで往復する。燃焼モードを切り替えて単一のエンジンで飛行するのが鍵。(提供:DESIGNED BY TERUMASA KOIKE)

緒川さんらはジェットとロケット、別々の燃焼には成功しているものの、まだ切り替え実証には至っていない。「2015年中にはジェット・ロケット切り替えエンジンを世界で初めて実現させたい」と今年はエンジン開発に全精力を傾けるつもりだ。

資金調達に奔走しつつ、エンジニアとして開発も行い、内閣府の宇宙政策委員として国の宇宙政策にも携わる緒川さんは大忙し。東京でお会いした際も「4つ打ち合わせをしてきた」と言う。宇宙機を日本で飛ばすための法整備について、議員会館にも出向いたとか。それでも疲れも見せず宇宙について語り出すと止まらない。緒川さんのポリシーは「『できる、できないか』でなく『やるか、やらないか』」。人、モノ、カネがない中でも行動する緒川さんの気骨と実行力で、大学や企業など支援の輪も広がっている。一日も早く日本から宇宙に飛び立てるよう、全力で応援したい。