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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

病院がプラネタリウム—変化していく子供たち

全国の病院にプラネタリウムを届ける活動を行っている女性がいる。宙(そら)先案内人の高橋真理子さんだ。高橋さんは山梨県立科学館の学芸員として17年間働き、星や宇宙をテーマに全国から公募したフレーズを紡いで「星つむぎの歌」を作り、宇宙飛行士の土井隆雄さんが宇宙に歌のCDを持参するなど、唯一無二の活動を精力的に行う名物学芸員だった。だが「星やプラネタリウムを見に来られない人にこそ届けたい」と2013年に独立し、星空工房アルリシャを立ち上げた。現在、病院や被災地、学校などにプラネタリウムを届ける活動を精力的に展開している。山梨大学医学部付属病院の「病院がプラネタリウム」に同行させて頂いた。

6月5日、山梨県中央市にある山梨大学付属病院の院内学級でプラネタリウムの設置が始まった。高橋さんとボランティアの大学生二人でシートをひき、投影用機材とパソコンをつないだら、エアドームの布を広げて扇風機で風を送る。ドームがみるみる膨らんで直径4m、高さ2.5mのプラネタリウムができあがると、興味津々で見ていたあゆちゃんが「やったー」と声をあげる。あゆちゃんは去年のプラネタリウムの時は体調が悪く、参加できなかった。だから今日が楽しみで一番乗りでやってきた。同病院には血液疾患や心臓・腎臓など様々な病気で入院している子供たちがいて、入院が半年を超える子供が三分の一を占めるそうだ。病院は生活の場でもある。なかなか遊びに行くことができない子供たちにとって今日は特別な、待ちに待った日なのだ。

山梨大学医学部付属病院小児科のプレイルームで。就学前の小さな子供達がお母さんに抱っこされて、医師や看護スタッフなどと一緒に星空を堪能。宇宙の果てにぐーんと視線がひいていくところで「おーっ!」と歓声があがった。
セットアップの様子。高橋さんは自家用車の後ろの座席とトランクルームいっぱいに機材を積み込んで病院に到着。待っていた大学生二人と、院内学級の5m四方ほどのスペースの中心に投影用機材をおき、エアドームをかぶせて扇風機で風を送る。みるみるうちに院内学級にプラネタリウムができあがっていく。

見慣れた空から宇宙の果てへ

まもなく点滴をつけた子供達がやってきて、お母さんや先生たちと一緒に10人ほどでドームに入る。ドームの中は別世界。「こんな部屋があったらいいなぁ」とりさちゃんがつぶやく。高橋さんは「好きな姿勢で見ていいよ〜」と優しく声をかける。まずは見慣れた甲府の夕焼けから。太陽が沈んでいく方向を当てたり、今、見ごろの一番星(金星)と二番星(木星)や星座の見つけ方を聞いたり。高橋さんは子供たちの星座を聞いて一緒に星座を探したり、ふともらした言葉を受け止めたり、子供たちの反応に柔軟に合わせながらプログラムを進めていく。

地上から見える星を堪能したあとは、宇宙へ。地球から宇宙へ飛び出し視点が変わると「わーっ」と歓声があがる。木星や土星など太陽系の惑星たちをめぐったら、次は天の川銀河へ。さらに銀河が1千億個も集まった宇宙の果てへ。「数千億個の銀河の中の、たった一つの銀河系の中の点のように見える太陽系に、私たちは住んでいるんですよ」。それまでにぎやかだった子供たちが、高橋さんの説明を神妙に聞いている。

宇宙の広さと壮大な星々の世界を実感したあとは、懐かしい地球に帰っていく。「地球は太陽系にあるたった一つの命の星。地球に生命が生まれてから命がつながって、今こうやってみんなで一緒に星を見ているのは素敵なこと。窓から星を1つでも見つけたら、その向こうにある宇宙を想像してみてくださいね」。そしてプラネタリウムの夜はあけて朝がやってくる。

約40分の宇宙の旅が終わった後、みんなは「想像してたよりずっとよかった」と話してくれた。星が大好きで去年の投影時、お医者さんに症状がよくないと反対されたのにどうしても見たいと頑張って参加したまゆこちゃんは、今年も参加し高橋さんの質問にしっかりと答えた。解説に絶妙の突っ込みを入れて場を盛り上げていたかいと君は、よほど楽しかったのか2回目のプレイルームでの上映にもやってきた。

院内学級の砂澤敦子教諭は「理科で星を勉強するときは、星の観察を宿題で出すが、病院にいる子たちは外に出られないから難しい。プラネタリウムでは星が動くのが魅力。そして何より、お友達と一緒にわいわい言いながら見るのが楽しい。友達との思い出とともにあの動く星空はきっと心に残っていくのだと思います」と話して下さった。

院内学級のプラネタリウムに入っていく子供達。点滴をつけても車いすでも入ることができる。
エアドームの中は別世界。寝転んでリラックスして星空を眺める。

病院プラネタリウムのきっかけは元天文少年の医師

実は山梨大学付属病院は、高橋さんが病院でのプラネタリウムを始めた縁の病院だ。小児科の犬飼岳史医師は少年の頃から宇宙や星を眺めるのが好きで、今も天体写真を撮っている。きっかけは2007年1月、同病院に国立天文台ハワイ観測所の林左絵子さんが訪れ、子供たちにすばる望遠鏡の話をして下さったこと。その後、林さんに誘われ犬飼医師はユニバーサルデザイン天文教育研究会に参加し、高橋真理子さんに出会った。同年夏、高橋さんはさっそく院内学級で小型プラネタリウム投影会を開催したのだ。

「長期入院している子供たちに少しでもリラックスしてほしいと、クリスマスなど季節の行事などは行ってきましたが、外部から人を受け入れての行事は感染症が心配で行っていなかった。でもやってみたら、どうしてやってこなかったんだろうと(笑)」と犬飼先生。「プラネタリウムで子供が嬉しいのはもちろん、医者や看護スタッフらと一緒に楽しめる意味も大きい。子供たちにとって特に医者は痛いことをする人。つまり上下関係だったのが対等な関係になります。またお母さんも、どこにも連れていけない子供と一緒に体験できると喜びます。みんなで星を見上げて同じ体験ができるのが、ほかのワークショップにはない点だと思います」。犬飼医師は他の病院にもプラネタリウムの良さを伝え、その輪が確実に広がっているという。

全国を回り「病院がプラネタリウム」の活動を行っている高橋真理子さん(左)と、その活動のきっかけとなった山梨大学医学部付属病院小児科の犬飼岳史医師。犬飼医師は元天文少年で、病院内で子供たちと一緒に望遠鏡で月や金星を見たり日食観察会を行ったりしている。快活で行動力のあるお医者さんだ。

視点を変えるきっかけに

病院にいる子供たちにとって夜は辛い時間だ。面会時間が過ぎ家族が帰った後、長い夜を助けてくれるのは「想像力だ」と高橋さんはいう。「直接は見えなくても、夜空の向こうに星々があることを知っていれば、想像力で世界が広がる。そして知識は想像力を助けます。長い夜には昼間の宇宙旅行を思い出して、地上から宇宙へ視点を変えてほしい。そして広い宇宙の中の点のような惑星で生きている奇跡を感じてくれたら、と思います」。高橋さんはこれまでの活動で入院後、一度も笑ったことのなかった子がプラネタリウムの翌日に笑ったり、反抗的だった中学生が「明日もくればいいのに」とぽつりと言ったりなど、子供たちが実際に変化していく様を見聞きし、手ごたえを感じている。

そんな高橋さんの元には全国の病院から依頼が届いているというが、今後の課題は資金と人だ。2014年から企業の助成金などで無償で行っているが、長く活動を続けたい。そして人材。高橋さんは番組のプロデュースなどたくさんの活動のため全国を駆け巡り(本当に忙しそう!)一人では限界がある。今後1〜2年かけて資金やチーム作りなどのしくみを構築したいと考えているそうだ。

最後に個人的感想を。宇宙と日常はなかなか結びつかず、「どうしたら宇宙がより多くの人に貢献できるのだろう」と取材しながら感じていた。だが今回、子供たちやご家族、病院の皆さんとプラタリウムの小さなドームに入り、星々を見上げたとき、ドームという宇宙船に一緒に乗っているような、不思議な一体感と幸福感に満たされた。それがプラネタリウムの魔力なのか、高橋さんの語りによるものかわからないが(おそらく両方)、「宇宙の力」を何より実感できたのは事実だ。この力を必要としながら、届いていない人たちがたくさんいるはず。これは応援せねば、と強い思いがわきあがった。