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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

油井宇宙飛行士 142日間の宇宙の旅を終え、帰還!

誰よりも強く、優しく、涙もろい男が宇宙から地球に帰ってくる。2015年7月23日に打ち上げられた油井亀美也宇宙飛行士が12月11日22時12分(日本時間)に帰還。

11日の帰還当日は15時30分ごろ国際宇宙ステーション(ISS)でお別れの儀式。最後のハグをした後にソユーズ宇宙船に乗り込み、ハッチ(扉)を閉める。18時49分にISSから離脱して22時12分に着陸予定。わずか3時間半弱で地球に帰ってくる。その間、3人乗りの小さな宇宙船は、火の玉状態になりながら大気圏を潜り抜け、3つのパラシュートを開くたびにぐるぐると回り、ものすごい揺れと衝撃があると古川聡飛行士に聞いた。「まるでカプセルに乗ってナイアガラの滝を落ちるよう」と表現する宇宙飛行士もいるらしい。油井飛行士はどんな風に帰還を語ってくれるのだろうか。

2015年10月31日、ISS滞在100日目を祝う、油井飛行士。
(提供:JAXA/NASA)

どんな実験をやったの?滞在中のハイライト

142日間の宇宙滞在中には多岐にわたる実験を行った。まず8月には日本の貨物船「こうのとり」の打ち上げ・ドッキング成功。他国の貨物船打ち上げ失敗が続く中、日本の高い技術力を世界に示すことができた。また油井さんが宇宙到着直後、真っ先に着手したタンパク質の結晶成長実験の試料は、実験実施後、9月12日に早くも地上に帰還した。着陸約8時間後にはモスクワで待ち受けていたJAXA職員の手にわたり、9月15日にはサンプルを取り出し、顕微鏡観察を行っている。今回、とても興味深いのは人工血液の実験だ。現在、輸血はA型、B型など血液型別になっているが、どの血液型にも使える万能型の人工血液の開発を目指した実験なのだ。宇宙実験で大きなタンパク質結晶が得られたことが確認でき、現在はSPring-8でデータ取得進行中。大規模災害時の救急医療や、少子化による献血液不足を解決できる長期備蓄可能な人工血液実現につながると期待大だ。

9月17日には千葉工業大学などの超小型衛星の放出にも成功。国連の宇宙部と協力し、発展途上国等に超小型衛星の放出機会を提供することも発表され、利用の幅がますます広がりそうだ。

日本だけでなく、油井さんは世界の宇宙実験も行っている。たとえば数々の医学実験。頻繁に行っていたのがNASAの眼に関する実験(Ocular Hearth)。ISSミッションクルーの20%で目の焦点の調整がうまくいかない症状が報告され2011年から話題になっていた(JAXA油井飛行士ISS長期滞在プレスキットより)。そこで超音波検査や眼底、眼圧検査などからデータを集め何がこの問題を引き起こしているかを解明しようとするもの。その他には「頭痛実験」も。宇宙では頭痛が一般的に見られるという。欧州宇宙機関(ESA)の実験で、どんな時に頭痛が起きたか状況を記録し、原因を調べ対策を探ろうというものだ。眼については聞いていたが「宇宙頭痛」とは・・。今後の実験や研究に要注目だ。

ユニークな実験では、宇宙のレタス。NASAの植物栽培装置で育てられたレタスを、油井さん達が食したのだ!宇宙産レタスは赤いロメインレタス。長野県川上村のレタス農家で育った油井さん。実は野菜が苦手らしいが「非常においしかった」と太鼓判。将来の火星探査では、宇宙船内で新鮮な野菜を自給自足しなければならず、その準備が進んでいることを実感したそうだ。

ところで油井さんの打ち上げはそもそも5月23日の予定だった。だが4月のロシア・プログレス補給船の打ち上げ失敗により、打ち上げは2か月延期。帰還も12月22日の予定が10日ほど早くなった。相次ぐ貨物船打ち上げ失敗により、実験機器・試料の到着が遅れ、実施できなくなった実験もあり、計画変更を余儀なくされた。例えば注目の実験装置の一つ、小動物飼育装置はまず装置を貨物船こうのとりで打ち上げた後、ドラゴン貨物船でマウスを打ち上げる予定だった。だが装置は打ち上げたものの、ドラゴン貨物船打ち上げ失敗により、マウスは届かなくなった。JAXA関係者によると、宇宙で装置の検証が終わり動物実験に使える状態。あとはマウスを待つばかりだが、来年春ごろドラゴン宇宙船でマウスを打ち上げ予定で準備中とのこと。来年飛行する大西飛行士がマウス実験を行うことになるかもしれませんね!

9月11日、宇宙で実験した高品質タンパク質結晶生成実験の実験試料が入った回収用バッグを手に写真撮影する油井、パダルカ両宇宙飛行士。このバッグは9月12日に地上に帰還。解析作業真っ最中だ。(提供:JAXA/NASA)
9月17日、超小型衛星(流星観測衛星「S-CUBE」)の放出の成功を伝える油井宇宙飛行士。
(提供:JAXA/NASA)

ツイッターで人気沸騰

そして油井さんはツイッターでも熱心に情報発信を続けた。世界中の街並みや自然現象、星空、そして宇宙開発について、ご自身の悩みや喜び、考えを真面目に率直につづるツイッターは共感を呼んだ。たとえば印象的だったのが11月28日の投稿。ヒマラヤ山脈の谷間に小さな光が見えている写真と共に「『こんなところにも人が住んでいるんだ!でも、不便だろうなぁ』と思いました。でも、不便=不幸ではないですよね。ISSも不便はたくさんありますが、幸せ!」と綴っている。この投稿を見て、以前、油井さんに伺った話を思いだした。ロシア語を学ぶために数週間ロシアに滞在したときのこと。暮らしぶりは質素ながら日常の中で芸術を楽しんでいる老若男女を見て芸術先進国だと感じた。お金や物があること=幸せと思っていた価値観がガラッと変わり、自分が大切なことを忘れていたことに気づいたと話して下さった。同じ眼差しをこの投稿から感じたのだ。

また、11月22日「いい夫婦の日」は、油井さんご夫妻の結婚記念日だそうで、富士山の写真を投稿。宇宙から奥様にラブコールを送っている。「富士山より高い、日本の最高地点から贈る妻へのプレゼント」。見ているこっちが照れるほど・・。宇宙飛行士に応募する際、躊躇した油井さんの背中をおしてくれた奥様への最大級の感謝。宇宙飛行士である前に「妻を愛する夫」であり、「素敵な宇宙夫婦」なんだなと伝わってくる。

11月22日、結婚記念日に奥様に贈った富士山の画像。油井さんのツイッターより。(提供:JAXA/NASA)
こちらは夜の富士山。こんな富士山は初めて!(提供:JAXA/NASA)

帰還後も続く医学実験

さて、帰還してお仕事終了!ではありません。帰還直後から、将来の有人火星探査に向けたとても興味深い実験が行われるのです。2013年9月のソユーズ宇宙船着陸からは、着陸直後のメディカルテント内でいくつかエクササイズが課されている。たとえば椅子に座った状態から立ち上がる(火星に着陸した宇宙船から出られるか?を想定している)とか、横たわった状態から立ち上がり少しジャンプする等。地上では帰還後に医師が待ち受けているけれど、火星着陸後は誰も助けてくれない。自力で宇宙船から出て作業をしなければならないのだ。

ロシア人宇宙飛行士はさらに難易度の高い作業を行っている。着陸の翌日、「星の街」の遠心加速器に乗り、重力のある天体に手動操縦で着陸させる事を模擬した試験が行われているそう。また、火星と同じ0.38Gの重力を模擬できるようワイヤーで吊り下げ、宇宙服を着て船外へ出る試験も着陸から約4日後に行っている。ISSの次の段階の探査を見据えて、様々な準備がすでに始まっている。

油井さんのお土産話が今から楽しみですね!