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読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

ブラックホールの謎解く多彩なツール
—今天文学が面白い理由

「重力波が受かった!」のニュースには驚いた。なぜかと言えば、その約1週間前に天文学者に「ブラックホール同士が衝突するには、ものすごく長い時間がかかる」と聞いたばかりだったから。それが約13億光年の距離で発見されたとは!これだから天文学は面白い。宇宙の片隅で生まれ、天を仰いでわずか数千年の人類の知をはるかに凌駕する、新事実を次々と突きつけてくる。まるで挑戦状のように。

太陽質量の約30倍のブラックホール同士が合体する様子を描いたシミュレーション画像。(提供:The SXS (Simulating eXtreme Spacetimes) Project )

この宇宙の物質・エネルギーのほとんどはダークエネルギーやダークマターであり、星や私たちを作る通常の物質は4~5%に過ぎないと考えられている。しかし人類は、(自分たちにとって)見えない宇宙を探る手段を次々に獲得し、宇宙の姿を少しずつ炙り出している。重力波はその最新ツールだし、先日打ち上げに成功したJAXAのX線天文衛星「ひとみ」(アストロH)もそうなるだろう。

X線天文学が始まったのは1962年。わずか半世紀前だが「宇宙が(それまで人類が考えていたような)静的なものでなく、動的でダイナミックであることを明らかにし、人類の宇宙観を変えた」と「ひとみ」プロジェクトマネージャの高橋忠幸氏はいう。しかも宇宙で我々が観測できる物質の80%はX線でしか観測できないそう。だから「宇宙の全貌を知るためにX線観測は不可欠だ」と。

銀河中心の超巨大ブラックホールはどうやってできた?
—ブラックホールすごろく

「ひとみ」の観測ターゲットはたくさんあるが、注目の一つはブラックホール。すべての銀河の中心には超巨大なブラックホールが潜んでいると考えられている。私たちの銀河系の中心にも太陽の約300万倍の質量のブラックホールがある。しかも、面白いことに小さい銀河の中心のブラックホールは軽く、大きな銀河の中心のブラックホールは重い。つまり銀河とブラックホールは「共に進化」し、お互いに影響を与え合っていると考えられているのだ。だが、銀河を「地球」の大きさに例えれば、中心のブラックホールは「オレンジ」ほどの大きさに過ぎない。手の平におさまるほど小さいオレンジが地球全体に影響を与え、共に進化するなんて想像できるだろうか?

話が難しくなったけれど、そもそもブラックホールとは、太陽の10倍ぐらいの重い星が一生の最後に大爆発を起こした後にできるのではなかったっけ?しかし、銀河中心にあるブラックホールは太陽質量の数百万倍から数億倍にも及ぶ・・桁が違いすぎる。

「X線天文学は人類の宇宙観を変えた」という「ひとみ」プロジェクトマネージャのJAXA高橋忠幸さん。
可視光とX線で見たM82。左はハッブル宇宙望遠鏡(可視光)の観測画像、右がX線天文衛星チャンドラの観測画像。同じ天体でも見る波長によってまったく異なる姿が炙り出される。(提供:NASA/STScI/SAO)

「それは1980年代から長年抱いてきた謎です」と理化学研究所の牧島一夫博士はいう。牧島博士は「日本のお家芸」と言われるX線天文学を科学面で引っ張ってこられた方。また私が前職で宇宙の情報誌を作っていた時、ブラックホールに対する子どもたちの尽きない疑問にとてもわかりやすく、優しく、何より情熱をもって回答されていた、尊敬する博士であり、「ミスター・ブラックホール」だ。

「巨大ブラックホールがどうできるのか。考え方は二通りあります。わりに軽い多数のブラックホールが次々に合体して次第に大きくなったのか、最初にあった一つのブラックホールが、周囲の星やガスを吸血鬼のように次から次に吸い込んで巨大化したのか。1980年代にケンブリッジ大学のマルティン・リース教授が論文でブラックホールのすごろく(リース・ダイアグラム)を描いて、何通りかのでき方を示したのですが、その謎はまだ解けていません」。

重力波観測から言えることは?「今回の重力波の検出は、太陽の30倍程度のブラックホールが2つ合体した結果と解釈されるので、ブラックホールは確かに合体することがわかりました。それによって、リース・ダイアグラムのうち、合体を通る道筋は、かなり有力であることが判明しました」と牧島博士。

冒頭にブラックホールの合体にはものすごく長い時間がかかると書いたが、それは銀河中心の超巨大ブラックホール同士の合体の話であり、星質量程度のブラックホールの合体はもっと簡単に起こるという。 いぜれにせよ、ブラックホールの合体現場、さらに言えばブラックホールから出た重力波の直接観測は人類初!ブラックホールサイエンスは面白くなりそうだ。

更なる解明に期待されるのが、「ひとみ」の観測。これまでの日本のX線天文衛星より最高で100倍近い感度で観測することによって、遠く(約80億光年先)の若い銀河の中心にあるブラックホールを観測。近くの銀河と成長の仕方を比較しようというのだ。

すばる望遠鏡でも銀河中心の巨大ブラックホールの活動を観測

今、天文学が面白いのは、一つの観測手段だけでなく、様々な手段を組み合わせてターゲットを多角的に探ることが可能になったことだ。たとえば銀河中心で活発にガスや塵を吸い込む超巨大ブラックホールについては、すばる望遠鏡でも赤外線を用いて画期的な成果をあげている。

すばる望遠鏡で撮影した合体中の銀河の赤外線画像。右肩にLと書かれている画像で活動的な超巨大ブラックホールが輝く様子がとらえられている。(提供:国立天文台)

すばる望遠鏡と言えば可視光で観測するイメージが大きく、ブラックホールが観測できるの?と不思議に思うかもしれない。超巨大ブラックホールが吸血鬼のようにガスを吸い込んで巨大化するのは、ガスをたくさんもつ銀河同士が衝突・合体するときだと考えられている。合体銀河中の超巨大ブラックホールを可視光で直接観測するのは確かに難しい。

なぜなら超巨大ブラックホールが物質を飲み込む際、すぐそばの塵が摩擦熱で明るく輝いても、その周囲には大量の塵があるため可視光では塵にさえぎられて観測できないからだ。しかし、赤外線なら塵を透過できる。すばる望遠鏡は赤外線の観測装置(IRCS:近赤外線分光撮像装置)を使い、超巨大ブラックホール近くの塵が温められている様子を観測。さらに、銀河同士が合体する合体銀河を数十個観測し、超巨大ブラックホールが活性化し明るく輝く様子を画像としてとらえている。合体銀河の奥に数多く存在すると予想されながら、ほとんど見つかっていなかった活動的な超巨大ブラックホールが存在する観測的証拠を、赤外線を使った手法で系統的に得たのは、世界初だ。

これらの観測を率いてきた国立天文台ハワイ観測所の今西昌俊さんは、赤外線で観測した超巨大ブラックホールをさらに様々な手法で観測したいと考えている。その一つがX線。「『ひとみ』は高エネルギーの領域で感度が高いため、これまでの日本のX線衛星で観測できなかった超巨大ブラックホールが観測できるかもしれない」と期待する。さらに、電波望遠鏡アルマを使った観測も行っている。赤外線は塵を透過すると書いたが、塵が大量にある場合はさすがに遮られてしまうことがある。だが(赤外線より波長が長い)電波ならその塵も透過できるからだ。「多波長の天文学で銀河中心の巨大ブラックホールの正体を正しく明らかにしたい」と今西さんは言う。

科学や技術の発達によって様々なツールを手にし、見えない宇宙が少しずつ、解き明かされていく。これからも想像を超える宇宙の姿が解き明かされるだろう。私たちは今、とても面白い時代に生きているのではないだろうか。

アルマ望遠鏡で観測した、NGC1097中心部。総合研究大学院大学の大西響子氏らの研究グループは、アルマ望遠鏡を用いて棒渦巻銀河NGC 1097を観測し、その中心にある超巨大ブラックホールが太陽の1億4000万倍の質量をもつことを明らかにした。(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Onishi (SOKENDAI), NASA/ESA Hubble Space Telescope)