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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

ニュートリノは「あの天体から!」—日本チーム世界初発見の舞台裏

2004年の建設開始から約13年。南極の地下数km、氷の中でじっと待ち構える5160個の「目」がついに「待ち望んでいたシグナル」をとらえた。宇宙の遥か彼方から届いた、高エネルギーニュートリノを世界最大のニュートリノ観測所IceCube(アイスキューブ)が観測したのである。

南極にある世界最大のニュートリノ観測所IceCube(アイスキューブ)。氷の下に5160個の検出器が設置されている。(提供:IceCube/NSF)
2017年9月23日(日本時間)にアイスキューブで検出されたニュートリノ事象 。水平に検出器内を突き抜けた。速報を見た時から吉田教授は「これは筋のいい、美しい(事象)」と感じていたそう。(提供:IceCube Collaboration)

どのくらい遥か彼方か、と言えば40憶光年先。ニュートリノと言えば思い浮かぶのがカミオカンデで観測された超新星1987Aからのニュートリノだ。超新星1987Aの距離は約17万光年。銀河系近くにある大マゼラン雲で発見された天体だ。一方、今回観測された天体(TXS0506+056)は私たちの銀河系の外にあり、40億年もの長い時間をかけて地球に届いた計算になる。40億年前と言えば地球誕生から間もない頃。よくぞ長旅の途中、南極を通ってくれたものだ。

そして、放射源が遠いだけでなくこのニュートリノは「爆裂的」、エネルギーが非常に高いことも特徴だ。今回のニュートリノのエネルギーは可視光エネルギーの約100兆倍。超新星ニュートリノと比べても8桁ほど高い。それほどエネルギーの高いニュートリノを放つ天体の正体はいったいなんだろう?「ブレーザー」と呼ばれる銀河の一種で、中心に超巨大ブラックホールをもつ。ブラックホールに物質が落ち込む際に大量のエネルギーがジェットとして放出されるが、そのジェットが地球方向を向いているため、ガンマ線や高エネルギーニュートリノが出やすいとされている。

宇宙ニュートリノを放つブレーザー天体のイメージ。(提供:IceCube/NASA)

「宇宙は静的なものでなく、ものすごくダイナミックであり、非常にエネルギーが高い破壊的な現象が起きているという予想はあった。今回の観測で初めて(あの天体だ)と特定できた」と千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター長の吉田滋教授は喜びを隠さない。

実は私は2004年、南極のニュートリノ観測施設アイスキューブ計画について吉田先生に取材した(過去コラム:あわせて読みたい!参照)。同計画は世界12か国49機関が参加する国際プロジェクトで日本では唯一、千葉大学グループが参加している。「2004年は建設が始まるころで、モノづくりや解析、シミュレーションのプログラム開発で忙しかった。このような結果が出るかはわからなかったが、宇宙ニュートリノ自体は絶対に見つかるだろうし、見つけるなら絶対に僕らのグループから最初に見つけると誓っていた」。南極は1年で約2ヶ月しか建設期間がとれないため、アイスキューブが完成したのは2011年。長い期間がかかったわけだが吉田教授の発言中「絶対」(×2)、「誓った」という強い言葉が象徴するように、強い意志と戦略が今回の成功を引き寄せた。

千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター長の吉田滋教授。建設初期には南極にも滞在。

「文化の壁を超える」方針変更と、戦略が呼び寄せた快挙

今回のニュートリノ観測成功は、太陽と超新星以外の3例目であり、世界中で大発見!と報道された。実は、これまでもアイスキューブで宇宙ニュートリノが観測されたことはある。最初の観測は2012年。日本グループの仕事だった。しかし「どの天体から」そのニュートリノが放たれたかを特定することはできなかった。その反省をふまえ、日本チームは大きな方向転換に舵を切る。

一つは、ニュートリノが観測されたら、即座に測定情報をアラートとして送信すること。世界の観測施設が追観測できるようにするのが目的だ。今回のニュートリノの情報も、検出後わずか43秒でアラート情報として発信されている。このアラート作成には「コミュニティの壁を破る」必要があった。今でこそ「マルチメッセンジャー天文学」が広まり、ある天文現象が観測されると多波長の電磁波、ニュートリノ、重力波など多様な手段で観測する手法が常識になりつつあるが、「ニュートリノ業界では(観測データは)知的財産であり、論文を書かずに外部に公表する文化はなかった」(吉田教授)。しかし、マルチメッセンジャーというアプローチを使えば、宇宙の理解は格段に進む。文化の壁を越え、千葉大学は高エネルギーニュートリノのアラートシステムの開発や実装を担当。2016年に稼働し始めた。

そしてもう一つが観測側の戦略だ。たとえば今回、高エネルギーニュートリノが「どの天体からやってきたか」を世界で最初に突き止めたのは、広島大学の田中康之特任助教(当時)が率いるグループだった。その戦略とは「ブレーザーカタログ」を準備していたこと。

ニュートリノアラートでは、ニュートリノ天体の方向やエネルギー、発生時間などの情報が記されているが、実際に観測するとなると範囲はかなり広い。銀河が無数にあり、どこから手をつけていいかわからない。そのために過去は発生源を特定できずに終わった。そこで高エネルギーニュートリノの発生源の一つとして考えられ、比較的観測しやすい「ブレーザー」に的を絞って、あらかじめ「ブレーザー(天体)カタログ」を準備しておいたのだ。

ブレーザーカタログの候補天体から、広島大学のかなた望遠鏡、東京大学木曽観測所、国立天文台のすばる望遠鏡が観測を実施。広島大学の田中康之特任助教(当時)が率いるグループは、今回のニュートリノの発生源はTXS0506+056であることを世界で最初に発見した。(提供:東京大学/広島大学)

実際、2017年9月23日朝5時54分に高エネルギー宇宙ニュートリノ事象が検出されたあと、広島大学の田中氏が率いるグループは夜が訪れるや否や同大学のかなた望遠鏡で観測を開始。アラートの範囲にある7つの天体中、TXS0506+056が増光していることを当時、大学院生の森裕樹さんが発見した。

ブレーザー天体が高エネルギーニュートリノを放射すると明るさが変動し、同時にガンマ線が出ることも知られている。田中氏はガンマ線衛星「フェルミ」グループとも仕事をしていたことから、同天体のガンマ線の明るさを調べた。「フェルミでも増光していることを見つけた時は震えました」(田中康之さん)。その明るさは通常の約6倍。この発見は田中氏らによっていち早く世界に速報として流れ、世界中の天文台が一斉に追観測を実施。大きな成果につながった。人類の宇宙の理解に日本が大きな貢献を果たしたのだ。

吉田教授は「建設を始めたころは、他波長での後追い観測は想定していなかった。しかし途中で戦略を変えてマルチメッセンジャー天文学の方向に行ったのが正解だった。ガンマ線でも増光した観測結果を見たとき『やった!』と思った」とふり返る。

アイスキューブはさらなる挑戦へ

アイスキューブ観測所は南極点近くの1km×1km×1kmにわたって作られた世界最大のニュートリノ観測施設だ。約125m間隔で2.5kmの深さの穴を86本あけ、その中を球形の光検出器を縦に連なるように設置している。

今後の目標は、より観測数を増やし、確実なニュートリノ天文学を増やすこと。そのために現在の検出器の周りにさらに120本の穴をあけ、それぞれに100個の光検出器を設置。コストを上げずに有効検出体積を7倍に増やす計画「Ice Cube-Gen2(ジェンツー)」に向かっている。最初の段階、フェーズ1は2021~2022年冬頃を目指す。光電子増倍管を2個つなげた形の光検出器を千葉大学でデザイン、生産し現在のアイスキューブ検出器の中心部に埋設する計画だという。

実は高エネルギー宇宙ニュートリノを出す天体について吉田教授は「ブレーザーが最有力候補とは思っていなかった」という。見つけやすい天体だから最初に見つかったが、ブレーザーが高エネルギーニュートリノを出す天体の多数派かどうかはわからないと。では何が高エネルギー宇宙ニュートリノの本命なのか?

「例えばガンマ線バースト。ただし光の観測では暗くて見つけにくい」しかし不可能ではないと思っている。アイスキューブでは年に3~4回、高エネルギーニュートリノを観測しているという。次の発見は何か、そして宇宙のどんな天体から飛来するのか。南極の氷原深くにある数千個の目が、今も静かにその時を待ち受けている。

ニュートリノが光の速度で氷河に飛び込んでくるとチェレンコフ光という青い光を出す。光検出器がその光を検出する(イメージ) 。(提供:Nicolle R. Fuller/NSF/IceCube)
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