第一にユーザーを中心に考えて、革新的なアイデアや解決策を生み出すことを目指すデザイン思考。デジタル技術の発展とともに、複雑化する問題を柔軟に解決する方法として着目する企業が多い。
アート思考と比較して、ユーザーを起点とする分、その取り入れ方にプロセスも確立しているといわれるデザイン思考。では、実際の仕事にはどのように取り入れていくべきなのか。商品のマーケティング業務に携わりながらデザイン思考を学ぶために米国に留学。現在は、デザイン思考を用いながら企業の戦略策定などを支援するBIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナーの佐宗邦威氏に話を聞いた。

BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー
佐宗 邦威(さそう くにたけ)
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手掛ける。ソニークリエイティブセンターにてソニー全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、共創型戦略デザインファームBIOTOPEを設立。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授を経て、多摩美術大学特任准教授。著書に『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(日経BP、2019年)、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社、2019年)、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由、2015年』(クロスメディア・パブリッシング)等。
INDEX
最初にすべきことはユーザーの徹底的な理解
――デザイン思考との関わりを教えてください。
新卒で入ったP&Gでは、商品企画や広告宣伝などのいわゆるブランドマーケティングを担当していました。その後転職したソニーで、商品企画のプロセスを立ち上げ直すタスクフォースに参加し、顧客視点の商品企画プロジェクトを行う中、デザイン思考に出会ったのです。社内公募で米シカゴにあるイリノイ工科大学(ID)という老舗のデザインスクールに留学し、商品開発やサービス開発のプロセスともなるデザイン思考を学びました。帰国後、新規事業創出部を立ち上げ、新規事業を形にしていくプロセスの中に研修としてデザイン思考を取り入れました。その後、戦略デザインファームBIOTOPEを創業しました。
デザイン思考は制作物を創り出すにあたってデザイナーが使う思考のプロセスを、ビジネスの世界にも落とし込み、新しい事業や商品を創り出すことに使えるようにしたフレームワークです。よく比較されるアート思考との違いは、デザイン思考がユーザーの徹底的な観察から出発するという点。アート思考は自分たちがどうしたいのかという自らの内面から出てくるものを出発するという点です。
デザイン思考の基本は、「リサーチ」「分析」「統合/課題の再定義」「プロトタイピング」の4つです。まず、一般的にはグループでユーザーを観察することにより徹底的に理解する。それをもとに、KJ法※などを利用して気付きを1つひとつ分解する。これらを統合しながら、改めてユーザーの本質的な課題は何なのかを再定義する。こうすることでユーザーのインサイトを浮き彫りにし、これを解決するソリューションを、実際に手を動かしてプロトタイプとして形にする。このリサーチ、分析、統合/課題の再定義、プロトタイピングを回していくのがデザイン思考の基本的なサイクルです。
※KJ法は、川喜田二郎氏が考案した情報やアイデアを効率的に整理する手法。情報やアイデアを紙に書き出したうえで、意味の近いものをグループ化して、全体の構造やテーマを見つけていくのが特徴である。
デザイン思考を実践するためには、5つの要素があります。「マインドセット」「思考法」「プロセス」「ツール」「環境」です。簡潔にいうと、マインドセットは、その場でプロトタイプを作る「作り手魂」のようなもの。思考法は、出会ったバラバラなものを統合する右脳思考。プロセスは、現場の人への共感を中心に共創するための羅針盤。ツールは、いつでもどこでも知的生産をするために持ち運ぶ道具。環境は、どこでもプロトタイプを作ることができる環境作りです。
「手で考える」ことが新たな気付きを生む
――5つの要素の中でも特に大切なものはありますか。
マインドセットと思考法は、特に大事なエッセンスです。マインドセットは「Think by Hands」、すなわち「手で考える」ことです。手元にあるものだけを組み合わせて、10分なら10分、30分なら30分といった時間の中で、とにもかくにも手を動かして試しに作ってみます。まず作ってみて、そこから議論するというマインドセットです。
マインドセットが重要なのは、形にして作ってみることで、自分が創造していなかったものができるからです。考えて作るのではなく、作りながら考える。「こんなものができたけど、これって何だろう」といったように、手を動かして作ることで、創造していなかったものや、より具体的なものが出てくるのです。
新しい商品を作るにあたって行う要件定義では、議論をすることに時間をかけすぎてなかなか前に進んでいかないことが起こります。そうではなく、「とにかく手を動かして形にしていくスピードを上げようよ」という発想です。マインドセットのことを「作り手魂」といいましたが、まさに哲学ですね。
ただ、デザイン思考は魔法ではないので、手を動かしたからといって、いきなり自分が想定していたものができるわけではありません。ぐるぐる探索をして、手を動かしながら形にして遊んでみることを繰り返しているうちに、徐々に作るべきものが見えてきます。
発散、飛躍、収束で完成度を高める
――もう1つの重要な要素の思考法のポイントはどんな点でしょうか。
本当に必要なもの、大事なものだけを厳選、凝縮していくために行うもので、デザイン思考の特徴的なプロセスだといえます。ここでは「インプット(発散)」「ジャンプ(飛躍)」「アウトプット(収束)」を繰り返します。そして、インプットするのは左脳を使う文字情報ではなく、右脳を刺激する動画や画像など、非常に大量のビジュアルだというのがデザイン思考の特徴。文章よりも実は絵の方が圧倒的に情報量は多いからです。
例えば、「まったく新しい時計を作る」というテーマが出たとします。デザイン思考ではここで、ネットや雑誌で時計の写真を100枚単位で集めたり、実際に現場を訪れて画像や映像を撮影したりします。メンバーがこれらを持ち寄ってブレーンストーミングに臨みます。ホワイトボードや机、モニタの上に写真や画像などを並べて、大量の情報を自分の中にインプットしていく。浴びるようにイメージに触れて情報の幅を広げる、すなわち発散します。
次に、集めたものを組み合わせたり、ずらしてみたりしながら議論します。多くの具体的なイメージや、自分が知らなかった世界のイメージに大量に触れることで発想が広がり、思考を飛躍させられます。
ある程度議論できたらまとめに入りますが、ここで大事なのは、大きさをぐっと絞ること。パワーポイント1ページ、ポスター1枚、雑誌の表紙1枚にまとめる、あるいは新聞記事の見出しや本のタイトルにするなど、とにかく凝縮します。作る時間も短く区切るのが望ましい。たとえば「10分で1ページのパワポにまとめてください」という感じです。
このようにして、情報もスペースも時間も凝縮することで、本当に必要なものだけが残せます。100枚の写真を集めてみようなど、とにかく情報量を増やして発散させていくフェーズと、限られたフォーマットに凝縮して一気にまとめていくフェーズのメリハリを付けることがポイントです。発散と収束、凝縮のプロセスを繰り返していくことで、どんどんと具体的なものになっていきます。
チームに向くデザイン思考、個人に向くアート思考
――マインドセットと思考法は、アート思考にも共通する要素のように思えます。
その通りです。繰り返しになりますが、ユーザーの課題からスタートする思考法がデザイン思考。自分たちは何をしたいのか、自分たちはどういうことをしたいのかからスタートするのがアート思考です。
例えばピカソの絵の描き方を分析した結果があるのですが、最初に描いた設計図そのままの形にはなっていません。描きながら、どんどん形が変わっています。つまりは、「手で考える」というマインドセットと、手を動かして描いていくプロセスの中で発散、飛躍が起きて、アップデートされるという思考法の要素があることが分かります。もちろんピカソはユーザーの声を聞いているわけではなく、どちらかといえばアート思考です。すなわち、マインドセットと思考法は、アート思考、デザイン思考のどちらにも共通する、有効な要素だということです。
デザイン思考とアート思考の使い分けですが、ニーズが顕在化している商品やサービスを作りたい場合はデザイン思考が向きます。家電のように一定の機能を満たすことが求められるようなものの新製品を考えるような場合です。一方で、今まで見たことがないものを作るというように、イノベーションを起こしたいときにはアート思考が適しています。今の世の中に出してすぐに売れるものではないが、今後こういう世界観があったらいいなど、現在から激しくジャンプさせたいものを作りたい場合に向きます。
またアート思考は個人で行う場合、デザイン思考はチームで行う場合に向いていると思います。個性のようなものはアート思考の方が出てきやすいです。一方でデザイン思考は、どちらかというと、皆で作るプロダクトに向いています。
ユーザーの声をもとに開発した街のSNSアプリ
――デザイン思考の分かりやすい事例を紹介してください。
東急が提供する地域の情報の投稿や閲覧ができる「common」(コモン)というSNSアプリがあります。弊社は構想の段階から参画しました。例えば、いらないものが出たときに、いらないものをお互いにマッチングして物々交換ができるような機能や、「この街でこんな面白いことが起こっています」ということを地図上でパッと表示する機能などを搭載しています。
このアプリでは「街づくりをDX化しよう」というテーマがあって、ではそれをどうしようかというところからスタートしました。「住んでいて困っていることは何か」、「もっとあったら良いものは何か」といったことを住民にインタビュー。そこで顕在化したテーマを、いったんプロトタイプのアプリに落とし込んでみて、最初は二子玉川の街で実証実験を行いました。
――発散、飛躍、凝縮のプロセスですね。
そこは、何度も何度も繰り返し行いました。二子玉川は住みやすい街ですが、話を聞いてみると、街の中で何があるのかは皆さん案外知らないし、検索しても引っかかってこないというのです。それなら、アプリを使って街で起こっていることを知らせて、人と人とのアナログなつながりが作れないかと考えました。街に何が起こっているかを投稿したり、ものを譲渡しあったりするという、昔はあったご近所での助け合いを現代のアプリで行おうというサービスです。2020年に実証実験をして、今では東京、神奈川、千葉、茨城で展開しています。
ただアプリのアイデアがいきなり出てきたのではありません。チームのメンバーが1人あたり20個ぐらいのアイデアを出して、どのような機能があったら良いかを凝縮して形に落としていきました。アプリに実装しているよりはるかに多くのアイデアが出たのですが、「手で考える」というマインドセットと、「発散、飛躍、凝縮」という思考法を繰り返す中で今の形にまとめました。
デジタル化の進展が可能にした「人間中心デザイン」
――デザイン思考が求められるようになった背景にはどのような状況があったのでしょうか。
2つあります。1つはテクノロジーがデジタル化する中で、ユーザーに合わせたものやサービスを作れるようになったこと。かつては、基本的にはユーザーに合わせて椅子や家電製品等のプロダクトを作ることが難しかった。それが、テクノロジーの変化、進化によって、ユーザーが求めているものに対して、それに合わせたサービスを作るということが、柔軟にできるようになってきました。
ユーザーインターフェース開発の中で「人間中心デザイン」という考え方が成熟していた米国では、インターネット化・デジタル化が進み始めた1990年代後半ぐらいから、デザイン思考によるデザイン戦略コンサルティングが産業として成り立ち始めました。その後、2000年代、2010年代と、ウェブインターフェースの形が飛躍的に広がる中で、ユーザー体験を作るという部分で、デザイン思考のプロセスが拡大してきたのです。
もう1つは、デザイン思考がものやサービスを作るための思考法という枠を超えて、自分自身の創造性を自分自身で解放することを可能にするツールとして広がってきたこと。テクノロジーの変化によって、ユーザーが自分にとって最適なものを求めるようになり、自分自身が作ることを通じて幸せになれるようになった。スムーズで気持ちの良い体験を享受するのが当たり前の世の中になったのです。半面、ものやサービスを提供する側は、デザイン思考を取り入れないと対応できないようになったともいえます。
デザイン思考の訓練はビジュアル化
――デザイン思考の能力を個人で高めていくためには、どのような取り組みや視点が必要ですか。
私がお勧めしているのは、自分の中の発想力を高めていくこと。機械が考える発想力ではなく、自分自身の頭で創造できるものを広げていくことがとても重要です。
そのために有効なのは、自分が考えていることや聞いたことを、ノートに書く。しかもビジュアルで描いていくこと。話していることを図や絵にしながらノートをとっていくことで、頭の中をビジュアルにしていくことが、デザイン思考を日常で鍛える手段です。
――たとえば、実際の自分の業務で、企画を立てる際にデザイン思考を取り入れてみようとした場合、何から着手すべきでしょう。
企画をする機会があったら、想定するユーザーは誰なのかを考えて、該当する人たちにまず30分でも1時間でもインタビューをする。これを何件かやってみて、そこから考えてみようとするだけでも全然違うと思います。そして、そこから出てきたアイデアを、とにもかくにも手を動かして短期間で作り上げ、人の前に出す。紙とペンで絵を描いても良いし、100円ショップで売っている粘土で作ったものでもいい。それを人に見せることが重要です。プロトタイプを作って形にすることで、チームのメンバーも具体的な課題等が見えてくるようになり、物事が前に進みやすくなります。





