職る人たち—つかさどるひとたち—

これからの暮らしを彩る、
ものづくりの若い力

片岡屏風店・屏風職人 神戸 優作 × 三菱電機ホーム機器 IH技術課 伊藤 匡薫 まさのぶ

#10 TSUKASADORU HITOTACHI

工房訪問篇 片岡屏風店

(東京都墨田区)
SUMIDA

戦後間もない1946年の創業以来、片岡屏風店は、奈良時代から受け継がれた日本の伝統美を現代に伝える都内唯一の屏風専門店として
歩み続けています。工房では、代々培われた技を守りつつ、着物や帯を屏風に仕立てるメモリアル屏風や、斬新なデザインのコラボレーショ
ン屏風なども製作。伝統の枠を超えた新しいスタイルに挑戦し、屏風の可能性を広げています。

風を屏(ふせ)ぐ、
その向こうに

多くの観光客で賑わう東京スカイツリーの麓、墨田区向島に佇む片岡屏風店。1階はギャラリーを併設した店舗、2階は工房となっています。ギャラリーには大小様々な屏風が並び、製作道具などを陳列した小さな屏風博物館も設けられています。取材中にも海外からの観光客が訪れ、興味深く屏風に見入っていました。

屏風とは「風を屏(ふせ)ぐ」という言葉の通り、中国の漢時代には風を防ぐものとして使われていました。日本で独自の発展を遂げた屏風がどのようにつくられるのか、片岡屏風店の工房を訪ねました。

木と紙が織りなす構造美

神戸さんが手に持っているのは、屏風の骨格となる木枠。障子の桟と同じ構造で、釘を使わず木と木を互い違いに組み合わせる組子になっています。桟には国産の秋田杉などが使われています。木枠と木枠を繋げるのが、屏風の特徴である羽根と呼ばれる和紙の蝶番。中国大陸から調度品として伝わってきた時は金属や革の紐の蝶番でしたが、日用品として使われるようになると、空間を仕切る時に面と面の隙間をなくすことができる和紙の蝶番へと変わっていきました。隙間風を防ぐことができるので、江戸時代には枕屏風という名で、特に寒い冬の就寝時に重宝されたそうです。

木枠に下地となる和紙を貼る作業を下貼りと呼び、次のような工程を経て気温や湿度の変化に強い屏風をつくっていきます。

①「骨縛り」
四季の変化で木が動いてしまうのを防ぐために基礎となる紙を貼り、枠の骨を固定していきます。木枠に貼ることを「太鼓貼り」とも呼ぶそうです。

②「みの貼り」
空気の層をつくるために、薄手の和紙の一辺に糊をつけず重ねて貼っていきます。その様子が雨具の「蓑」に似ていることが名称の由来とも言われています。

③「みのおさえ」
「みの貼り」の上に薄い糊をつけた和紙を丁寧に貼り、空気を含んだ部分を全体で閉じ込めます。

④「袋貼り」
四角い和紙の淵だけに糊をつけて、空気の層を閉じ込めるように貼っていきます。これにより、強度が増すだけなく本紙を貼った時に、ふっくらとした感じを出すことができるそうです。

⑤「清貼り」
最後の仕上げに、再び全体を薄い和紙で覆います。空気の層を何層にも重ねることで、外気からの影響を減らすだけでなく、屏風としての強度も保たれます。

乾かないと次の工程に進めないため、下貼りは1日1工程。この後は蝶番のついた枠同士を組み合わせ、ようやく本紙貼りとなります。

地道な積み重ねが
強く美しい屏風をつくる

職人の手に宿る道具たち

貼る作業が多い屏風職人にとって、刷毛がいちばん重要と語る神戸さんに、道具の紹介をしていただきました。

「紙を貼ったあとに表面を撫でながら伸ばしていくので、『撫で刷毛』とも言われます」(神戸さん)

刷毛には用途に応じて様々な毛の種類があります。動物では本熊毛と呼ばれる馬の尾毛やイタチ、タヌキ、ヒツジ、ヤクなど、植物ではシュロなどがあります。片岡屏風店では着物や帯を屏風に仕立てるメモリアル屏風も製作しており、布の裏側に和紙を貼る「裏打ち」という作業の時は、糸と糸の間に和紙を圧着させるように硬い刷毛で打ち込んでいくそうです。

和紙を剥がす時など、ペーパーカッター代わりに使う竹べらは、職人が自分で削ったもの。プラスチックと違って、しなりがあるので手馴染みが良いそうです。他には羽根を切る時や面を慣らすために使う革包丁、尺寸金尺も欠かせない仕事道具です。

「屏風製作は紙を裁断するところからはじまるので、まずはものを測ることが大事。金尺は手放せません」(神戸さん)

「私たちも試作する食材の大きさや鍋の水の深さを測るために、いつも金尺を持っています」(伊藤)

興味深く作業を見つめていた三菱電機ホーム機器・伊藤匡薫も、「みのおさえ」を体験させていただきました。まずは神戸さんが手本を見せます。使用するのはでんぷん糊で、貼る物や、貼る日の気温や湿度で糊の濃さや水の量を調整します。まさに経験と勘頼りの世界で、最初は失敗を重ねながら会得していくしかない。そこが伝統工芸の難しいところだと神戸さんは言います。

糊の準備ができたところで、作業台に広げた和紙に噴霧器を使って水をかけます。水を打って紙を伸ばして落ち着かせてから糊づけすることで、乾いた時に皺になりづらくなるそうです。そして、糊づけ作業へ。「かすれることなく、まんべんなく」「止まらず、かすれず」「厚くならず、かすれず」と説明しながら、紙に均等に糊が馴染むまで手際よく刷毛を動かす神戸さん。最後に「掛け板」と呼ばれる板を使って左手で紙を持ち上げ、右手の刷毛で皺を伸ばしながら屏風表面に優しく丁寧に貼り付けていきます。つづいて、伊藤も糊づけ~貼り付け作業に挑戦します。

「最後は皺になってしまいました。やはり難しいですね(笑)」(伊藤)

「でも上手にできていますよ。紙を持つ左手の角度、左手をおろしていくスピードと右手で刷毛をなでるスピードを三位一体にするのがコツです」(神戸さん)

貼り付け作業を終えた伊藤に感想を聞いてみました。

「糊づけは思ったように伸ばすことができず、苦労しました。貼り付けは最後の最後が難しいです。どうしても真ん中あたりに皺が入ってしまいました。中腰でかがむ姿勢になるのも大変でした・・この作業を1日に何度も行う神戸さんは凄いですね」(伊藤)

工房から場所を移し、1階ギャラリーで神戸さんと伊藤の対談を開催。それぞれの、ものづくりへの思いを語り合っていただきました。

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