
対談篇 前篇丁寧の、その先へ
片岡屏風店のギャラリーにて、
同社・神戸優作さん、三菱電機ホーム機器・伊藤匡薫の対談を行いました。




芸と技、それぞれの出発点
神戸さんは、歌舞伎役者から職人へと異色のキャリアを歩まれているんですね。
はい。16歳で国立の歌舞伎俳優養成所に入り、5年半ほど歌舞伎の世界にいました。伝統芸能の世界に身を置いたことで、小道具や大道具をはじめとする「支える側の技術」の重要さに気付きました。そこからものづくりの道に惹かれて、片岡屏風店に入社し、職人としてもうすぐ10年目になります。職人フェチといいますか、小さい頃からお寿司屋さん、畳屋さん、庭師さんなど、“かっこいい手仕事”への憧れが強かったのです。歌舞伎を経て、今こうして屏風という伝統工芸に携わっているのも、手仕事に惹かれ続けてきたからだと思います。


伊藤さんはIHクッキングヒーターの開発に携わる技術者ですが、ものづくりへの興味関心を抱いたきっかけは?
小さい頃からモーター工作やプラモデルなど、ものをつくることが大好きでした。将来は、その中でも得意だった電気系のものづくりがしたいと考えるようになっていました。たしか当時の実家にあったのが三菱電機のレンジだったと思うのですが、ただのオーブンレンジではなくてパンを醗酵させる、こねる、焼くことまで出来るのが凄いなと印象に残っています。そういったこともありまして、ものづくりでユーザーに近い製品、つまり家電製品の開発に携わりたいと思うようになりました。
三菱電機ホーム機器を選んだ理由と、お仕事についてお聞かせください。
色々な企業を見ていく中で、ユニークで魅力ある製品を作っていたからです。2009年に入社をして、現在はIHクッキングヒーターの調理アプリケーション開発を担当しています。温度センサーやコイルの制御など、“どうやったら美味しく調理できるか”をひたすら探っていく仕事です。
また、私たちの部署ではIHコイルの火力制御や温度制御の技術開発を行っています。2001年には「ダブルリングコイル」、2007年には「トリプルリングコイル」という独自技術を開発し、従来は難しかった煮込み料理にも対応できるようになり、IH調理器の可能性が一段と広がりました。その後も大口径の鍋を加熱できる大きなIHコイル、「びっくリングシリーズ」などIHコイルの開発に力を入れています。本日お持ちしたのが、「トリプルリングコイル」です。一重と二重のコイル2つが繋がっていて、いちばん外側の三重コイルと個別に動作させることで鍋の中に対流を生む仕組みです。
生活に寄り添う美学
ものづくりを通して、どのようなやりがいを感じますか?
私が手掛けた屏風がお客様の生活に加わることで、日常が少しでも彩られる。それが、ものづくりの最大のやりがいですね。屏風はかつて日用品でしたが、現代では触れる機会が少なく、その価値をいかに伝えるかも課題です。でも、洋室に屏風を置くことで空間が引き締まるように、美しさと機能性を両立させたものづくりを追求し、お客様に喜んでもらえる瞬間こそが、職人としての一番の醍醐味だと感じています。

私たちは直接お客様と接する機会は少ないのですが、開発したIHクッキングヒーターが、テレビドラマのおしゃれな部屋で使われているのを見た時などは、自分たちの提案が受け入れられた喜びを感じます。製品が空間に調和し、その格を高める役割を果たす。白を基調としたキッチンに黒いIHクッキングヒーターが置かれることで、高級感をもたらすといった「美しさ」への追求も、私たちのものづくりにおいては非常に重要です。神戸さんの屏風と同じように、見た目の美しさと使いやすさという点で、共通の価値観があると感じています。
ここまでで、お互いのお仕事にどのような印象をもたれましたか?
先ほど工房で、温度や湿度によって糊の濃さや水の量を変えると伺いましたが、IHクッキングヒーターの開発においても数値だけでは決められない場面があります。工業製品であっても伝統工芸品であっても、感覚的な部分は重要なんだなと感じました。
そうですね。ゴールはまったく異なりますが、より良いものをカタチにしていこうという気持ちは、似ているところがあると感じます。

どうやったら美味しく調理できるか
ひたすら探っていく
数値では測れない職人の「勘」、
感覚がつくる「ちょうどよさ」
屏風とIHクッキングヒーター、まったく違うものではありますが「感覚的なものづくり」という点において、確かに通じる部分があるような気がします。
その通りですね。屏風は木枠に和紙を何層にも重ねて仕立てていきますが、材料の質や湿度、温度によって微妙に変化します。紙の張り具合、糊の濃さ…それらは一朝一夕では身に付きません。完成に至るまで、3つ前の工程を見直すこともあります。実際、工程全体を見渡しながら先読みしていかないと、最後の仕上がりに納得がいかなくなることもあります。
IHクッキングヒーターも同じで、理屈だけで設計はできません。例えばグリルの加熱で、魚を焼いたときに上だけが焦げたり、下が生焼けだったりすることがあります。その微調整のために、同じ調理を何度も繰り返します。特に魚は昨年と今年では品質も違いますし、数値で目標を決めても、やってみないと分からないことばかり。鍋の材質や形状の違いでも加熱具合が変わるので、ユーザー目線で細やかな検証が求められます。
開発にはかなりの試行錯誤が必要なのですね。
はい。時には1日に30個のコロッケを揚げたり、30匹の魚を焼いたりもします。数値には現れない“感覚的な差異”を体で覚えていくことが重要です。
我々もまさに同じです。紙や木の状態は日々変わりますから、湿度計や温度計の数値だけでは判断できないことも多い。最終的には、自分の手の感覚を信じて進めるしかない。数字にならない職人の“勘”がものを言う世界です。
想いが宿る一点もの、
誰もが使えるものづくり
お客様との印象的なエピソードがあれば教えてください。
亡くなられたご主人が奥様に贈ったヤマメの絵柄の帯を、屏風に仕立てたことがありました。その帯には、深い愛情と物語が宿っていて…。一点ものに刃を入れる時のプレッシャーはすさまじいですが、「頼んでよかった」と言っていただけたときの喜びは、言葉では表せません。
弊社には「らく楽IH」という、視覚障害者の方でも使いやすい製品があります。字が大きく弱視の方が見やすいような色を使っているのですが、まったく目が見えない方も料理をすると聞いて驚いたことがあります。目が不自由でも、料理を楽しむ方がいらっしゃる。想像以上にユーザーの幅が広いことを痛感し、どういうものが使いやすいのかということを日々考えていかなければと感じた出来事でした。
- 取材・文/澤村泰之 撮影/魚本勝之
- 2025.08.05

