
工房訪問篇 前原光榮商店
長年にわたり、東京・台東区で高級洋傘の製造と販売を手がけてきた前原光榮商店。職人たちが一本一本を手作業で仕立てる“手仕事の傘”
を守り続けてきた老舗です。生地の裁断から縫製、骨組みと布を繋ぐ仕立て、手元の取り付けに至るまで、すべての工程を自社内で完結。
伝統技術を大切にしながらも、現代のライフスタイルにも合うデザインや素材を模索し、多様な傘を提供しています。


ものづくりの街に佇む、
皇室御用達の傘店
ものづくりの街、台東区・浅草三筋町。賑やかな大通りから一本裏手に入ると、その一角に昭和23年創業の前原光榮商店があります。皇室御用達としてもその名を知られる前原光榮商店の洋傘は、一見すると格式高く伝統的。しかしその工房では、職人たちが日々改良を重ね、手と道具を駆使しながら現代の生活に合う一本を生み出している“進化し続ける工芸”でもあるのです。

工房に足を踏み入れると、整然と並んだ道具、生地の反物や骨組みなど、傘を構成するあらゆる素材が静かに出番を待っていました。ここで洋傘がどのようにつくられるのか、洋傘加工職人の小出水さんに案内していただきました。


繊細な作業の積み重ねが、
美しい傘をつくる
傘づくりの最初の工程は「裁断」。工房中央の作業台に生地が広げられると、そこに三角形の木型が置かれ、小出水さんが断ち包丁で“コマ”と呼ばれる三角形のパーツを切り出していきます。前原光榮商店で使用される生地は、山梨県富士山麓で織られた甲斐織物。先染めの糸で織り上げられているため、光の当たり方によって表情が変わる、奥行きのある風合いが特徴です。
「一度に切る枚数は4枚までです。これ以上重ねるとズレやすくなるので」(小出水さん)
傘の骨の本数に合わせて必要な“コマ”の枚数も変わります。16本骨なら16枚、10本骨なら10枚。わずかな角度の違いが、後の縫製の精度にも影響するため、切り手の集中力が求められます。裁断は、まさに傘の美しさの“根幹”を決める工程。大量生産では絶対に出せない、職人1人の感覚と姿勢までもが傘の表情に反映される繊細な作業とも言えます。
裁断された“コマ”は、ミシンで縫い合わせて傘布に仕立てられます。「中縫い」と呼ばれるこの工程では、生地の柔軟性を損なわないよう、下糸を使わない特殊なミシンを使用。ミリ単位の調整で縫い進めるため、ほんの少しのズレが後の開閉のしやすさ、張り、形の美しさに直結するそうです。


次に行うのが「ダボ付け」。傘の骨組みには、骨と骨を繋ぐヒンジとなる金属部分「ダボ」があります。ここは傘の開閉時に負荷が集中する場所であり、そこを保護するための布、通称「ダボ布」を縫い付ける作業です。そして、同じタイミングで行うのが「ろくろ付け」です。傘を開閉するときに指で動かす可動部分を“下ろくろ”と言い、そこに生地を巻いて縫い付け、安全性と美観を高める重要な仕上げの工程となります。
一本一本が、
美しい物語を紡いでいく。


そしていよいよ、骨組みに傘布を縫い付ける「穴かがり」という作業へ。最初に傘布の頂点を傘骨の先端に挿して、中棒の太さに合わせて締めつけた後に、それぞれの骨の先端部分に“先玉”と呼ばれる部品を取り付けて1箇所ずつ縫い付けていきます。要する時間は骨が16本の傘で1本あたり約15分。1時間に4本で1日30本くらいを仕上げることもあるそうです。
「コツが掴めなかった時は上半身が筋肉痛になりましたし、指が腱鞘炎のようになったこともあります」(小出水さん)

つづいて骨が左右に動かないように縫い付ける「中綴じ」を行い、骨に馴染ませるため必要に応じて生地をアイロン掛けします。最後に先端部分に“菊座”と呼ばれるパーツを付け、生地と骨格をしっかりと固定する“陣笠”を打ち付けます。
「あとは、お客様に選んでいただいた手元を取り付けて完成となります」(小出水さん)
傘の持ち手となる手元は楓(かえで)、寒竹(かんちく)、籐(とう)、もみじ、チェストナッツ、マラッカ、ヒッコリーなどから選ぶことができます。素材ごとに経年変化が異なり、使い込むほどに色艶が増していくそうです。こうして、一本の傘がようやく“道具”として命を宿します。

傍で真剣に作業を見つめていた三菱電機ホーム機器・内田龍一も、「ろくろ付け」を体験させていただきました。ショールームに移動し、指貫をつけて作業開始です。マンツーマンで教えてもらいながらの作業ですが、実は「ろくろ付け」は傘づくりの中でも難関と言われる工程だそうです。
「左手の親指で“下ろくろ”を押さえつけたら、生地の山折りの部分から2ミリくらいの所に糸を通してください」(小出水さん)
「ちょっと待ってください・・こうですか?」(内田)
「そうです。そして骨を跨いで締め上げたら、左手の指で生地を左に引っ張りながらまた針を刺してください」
難しいとは言えパターン化された作業なので、習得自体は1日もあればできるそうですが、綺麗に早くできるかは別の話ですと小出水さん。
「一応、1周縫えましたがシワの入り方が均一でなく全然違いますね」(内田)
「これが上手くできたら職人として任せられる、ひとつのボーダーラインです」(小出水さん)

縫い付け作業を終えた内田に感想を聞いてみました。
「とても難しい作業でした。やればやるほど、少しの誤差がどんどん広がっていって…パターン化されているとは言え、どうしたら手を綺麗に動かせるのか、そのコツがまったく掴めませんでした」(内田)
「エンジニアなので、ものづくりは得意ですよね」(小出水さん)
「つくるのは好きですが、上手くできるのとは話が別です(笑)」(内田)





引き続き、店舗ショールームで小出水さんと内田の対談を開催。それぞれの、ものづくりへの思いを語り合っていただきました。
- 取材・文/澤村泰之 撮影/魚本勝之
- 2026.02.12

