INTERVIEW
インタビュー
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変わりゆく大気を測る研究が、
より良き未来に活きる


変わりゆく大気を測る研究が、
より良き未来に活きる
先端技術総合研究所
センサ情報処理システム技術部
部長 亀山 俊平
地球を、そして私たち人間の暮らしを包みながら、常にその姿を変える大気。この大気の状況を正確にモニタリング・分析するためには、高精度な遠隔計測(リモートセンシング)が求められています。亀山俊平さんは大気環境計測分野において、風速や二酸化炭素(CO2)濃度の遠隔計測を安定的に可能とする光ファイバー型ライダー(LiDAR:Light Detection And Ranging)の技術開拓と普及に大きな役割を果たし、IEEEフェローに認定されました。亀山さんの取り組みは、生活の向上や安心・安全の強化への貢献に加えて、最大の課題といえる地球温暖化の解決向けた重要なキーとしても期待されています。
そこで開発したのが、光ファイバー型光回路を用いたライダーです。光部品間を光ファイバーで接続することで、従来必要だった光部品の精密な設置調整が不要になり、装置としての信頼性と製造性が高まる上、光ファイバーであれば装置内で柔軟に取り回せるため装置の小型化も実現できます。この装置開発に加えて、三菱電機独自の光制御技術に大気科学の高度な知識も融合し、安定的な遠隔計測を実現しました。
────認定においてはどのような点が評価されたのでしょうか。
風計測用ライダーに光ファイバー型光回路を用いる技術の開拓および製品化への貢献、さらには国際標準化活動で普及に向けた貢献と、イノベーション(創新・普及)における一連のプロセスで一翼を担ったことが評価されたと思っています。
光ファイバー型光回路のライダーにより、風計測はこれまで主流のカップ式風速計を利用した技術から高精度に遠隔計測できるライダーの技術へと進化し、風力発電の発電効率向上、航空の安全確保などに活用することが可能になりました。さらには風計測だけでなくCO2濃度計測にも適用し、温室効果ガス計測の高度化に向け貢献した点も、同様に評価されたと考えています。
IEEEフェロー認定に際しては、技術はもちろん社会実装への貢献も重要なポイントだったと思われます。私はこれまでライダーに関するさまざまな国際標準化活動に携わり、米国航空無線技術委員会(RTCA)における航空機搭載ライダーの標準化活動ではJAXA、NASAや国内外の機関・企業が集結するワーキンググループで国際議長(Co-Chair)を務めました。このRTCAを含め、当時動いていたライダーに関わる4件の国際標準化活動すべてに携わった点も評価されたのでしょう。
────この研究で難しかった点や苦労した点を教えてください。
風計測は対象が大気なので、状況は日に日に、いえ時々刻々と変わっていきます。ですから、開発した装置で測れたと思っても、1時間後には測れなくなる事態がよく起きました。塵の反射も極めて微弱で、状況が変わりゆく中での緻密な信号処理が求められます。そこで、まずは大気のことをもっと知らなければと考え、大気中の塵の量だけを地道に1年間測り続けて、変化する大気の実態を体感した上でより安定的な計測方法を考えていきました。
またCO2を計測するライダーについては、CO2が吸収する光の量が気温や気圧により変わってしまうため、吸収量の変化が少ない波長を選び出すのが非常に難しい作業でした。
────IEEEフェローに昇格した際の気持ちを教えてください。
昇格が決まったときはもちろんうれしかったのですが、私だけの力で認定に至ったわけではありませんし、一つひとつの貢献は社内外の関係者の方々と協力した結果です。よりうれしかったのは、この研究の意義を著名な研究者に認めていただき、候補としてノミネートされたときでした。
三菱電機におけるライダー研究は50年以上前に始まっており、風計測用ライダーだけでも25年を超え続いています。三菱電機に科学技術を大切にする風土があり、ここを起点に社会実装に向け成果を積み重ねた結果、大気環境計測のシーンを変えるところにたどり着いた、そう思っています。私は肩の上に乗る形で役割の一端を担い社内外で活動し、この活動を認めてもらえた、今回の昇格に関してはこれが実感です。
────三菱電機に入ったきっかけを伺えますか。
大学時代は電磁波のレーダーにつながる研究に携わっていました。三菱電機がレーダーの事業を展開していることは知っていたので、大学で学んだことを少しでも役に立てられればと考え、入社を志望しました。
結果として、入社後は超音波、続いて光を用いたセンシングの技術に携わるようになり、電磁波とは異なる世界で研究を行ってきたのですが、「波」を扱う点では類似性もあるため、大学時代に電磁波で身につけた感覚は超音波や光のセンシングでも活かすことができました。
────三菱電機の研究環境はどのようなものですか。
三菱電機は保有する学術分野に偏りがなく、物理、数学、自然科学、情報科学など幅広い学問全般を大切にする風土があるのが強みで、それが研究に不可欠な独自性を生みやすいと思っています。また、今回認定いただいた業績のように研究を社会実装につなげた事例が数多くあり、研究のやりがいも感じやすい環境ですね。
研究者としてはやはり、より開拓的な、先進的な研究をしたいとの思いも持ちますが、三菱電機には先進的研究に専念できる環境もあり、社会実装に対するさまざまな距離感の中でキャリアを積める組織と土壌があります。加えて、知的生産性向上のため研究環境を改善する活動が多くある点もありがたく感じています。
────今後の展望を教えてください。
私は研究の実務者時代、研究に軸足を置きつつイノベーションを生み出すことを意識してきました。今はマネジメントする側の立場として、イノベーションを生み出すための基盤を作ることが目標です。
イノベーションには本当にさまざまな、かつ不可欠な要素があります。技術や製品の研究・開発およびこれに関わる知財はもちろん、学会発表や広報を通じた周知、市場開拓・事業牽引、そして普及に向けた標準化活動もその一つです。私は幸いなことにこれら一連のプロセスにおいて、時に思うようにいかないことも含め経験できました。これからはこの経験をベースに、イノベーションの一つひとつの要素に対して貢献できる人財を数多く輩出していきたいと考えています。
────若い研究者たちへのメッセージをお願いします。
30歳代前半の頃に考案したあるアイデアに関し、当時の私としては自信満々で、自分はこれに賭けようと考えていました。しかし結局はうまくいかず、研究者人生が終わったと思い込むほどに落ち込みました。ただ、うまくいかなかったことで得た知見が、次の研究開発における救いとなって成功につながる経験をしました。
人間万事塞翁が馬。自分にとって何が良く、何が悪いのかなど、その瞬間には分からないと思っています。ですから、研究活動の中で望んだ結果が出なくても、とにかくその時その時で最善を尽くしてほしい。その上で“Everything Starts from Idea”。すべてはアイデア、つまり新奇な工夫から始まるということを、ぜひ伝えたいですね。
PROFILE
1995年に三菱電機入社。情報技術総合研究所に配属され、超音波センサ(非破壊検査など)の研究開発に携わる。2000年頃から大気環境計測用ライダー開発に着手。2011年工学博士を取得。2007年頃から3Dイメージングライダーなど光学センサー開発に広汎に関わる。2023年国際標準化グランドマスター(社内資格)取得。2024年にはIEEEフェローに昇格。現在、先端技術総合研究所 センサ情報処理システム技術部部長。IEEE、Optica、応用物理学会、レーザセンシング学会各会員。


