FA業界コラム
「異物」であり続ける。名古屋製作所の「変な組織」が仕掛けるイノベーション炭崎竜平氏
2026年5月公開【全2回】
第1回 面白さ×アセットで挑む「新結合」——「変な組織」の実践哲学
中核事業が生んだ「変な組織」の正体
名古屋製作所が牽引するFA(ファクトリーオートメーション)システム事業は、三菱電機の中核事業のひとつだ。シーケンサ、サーボ、産業用ロボット……世界中の製造現場を支える製品群は、長年にわたって高い競争力を維持してきた。しかし、成熟した市場には転換点が訪れる。既存製品の改良だけでは成長が難しくなる局面で、次の柱となる事業をいかに生み出すかが課題となっていた。
名古屋製作所が100周年(2024年)を迎えるにあたり、「このままでは次の100年が危ないかもしれない」という危機感が共有され、変革への機運が高まった。その追い風を受け2024年4月に部に昇格したのが、FA領域における新規事業の創出を担う「オープンイノベーション推進部(以下、名OI推部)」である。取材時点(2025年11月)では約30名が在籍し、「0→1」でアイデアを生み出す事業企画グループと、「1→10」を担う2つの事業開発グループ(生成AI事業、モビリティプラットフォーム事業)で構成されている。北米・欧州の開発拠点とも連携し、国内外を合わせると約60名規模の組織だ。既存の製品を持たず、売上目標に追われることはない。求められるのは、まだ誰も見たことのない価値を生み出すこと、会社の次の柱となる事業の種を蒔くことだ。
かつての三菱電機は、完成した製品を市場に届けるのがビジネスの定石だった。信頼性を重んじる企業文化の表れでもあるが、時に新しい挑戦においては障壁にもなり得る。それに対し、名OI推部の合言葉は「作る前に売る」。まだ形になっていない段階から社内外に発信し、仲間を集め、パートナーとの共創を通じて事業の種を育てていくのだ。従来とは異なるアプローチをあえて採り、「変な組織」として意図的に「異物」であり続けることで、社内に刺激を与える存在になろうとしている。
そんな「変な組織」を率いるのが、2024年に部長に就任した炭崎竜平だ。炭崎自身も、異色のキャリアを歩んできた。組込みシステムやソフトウェア基盤の研究開発からスタートし、社会インフラプロジェクトのマネジメント、ボストンオフィスの立ち上げ、中国市場へのソリューション事業展開、北米開発拠点のセンター長までを経験。研究開発からソリューション販売の最前線まで幅広い領域を渡り歩いてきた。決まった型にはまらない組織には、型破りなリーダーがよく似合う。
ニーズからイノベーションは生まれない。「新結合」で価値を創る
炭崎のイノベーション観は、北米開発拠点のセンター長として新規事業創出を牽引した経験から形成された。現地のスタートアップやパートナー企業との共創を重ねる中で、ひとつの確信に至ったという。イノベーションとは、ゼロから何かを生み出すことではない。既存の要素を新しく組み合わせることで、価値が生まれる。経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(オーストリア出身の経済学者。イノベーション理論の先駆者)が提唱した「新結合」という概念が、その根底にある。名OI推部では、この「新結合」をイノベーションの定義として掲げている。
「新結合」はどうすれば起きるのか。炭崎は、多くの大企業は「静態的で、均衡を保ち、合理的」な組織だと捉える。安定していることは強みだが、反対に変化や偶発性を生みにくくする側面もある。むしろ、「動態的で、離散的で、非合理的」な動きをする「変な組織」こそが、偶然の化学反応を引き起こす。大企業がイノベーションを起こすには、既存の均衡状態を揺さぶる「異物」が必要なのだと炭崎は考えている。
「新結合」の考え方は、事業開発の手法にも表れている。一般的に、新規事業開発ではお客様のニーズの把握が重視される。お客様が何に困っているのか、どんな課題を抱えているのか。それを丁寧にヒアリングし、解決策を提案するのが、教科書的には正しいアプローチだ。しかし炭崎は、あえて「ニーズ」という言葉を避ける。「困りごとは何ですか?」と聞いて返ってくる答えは、すでに顕在化した課題であることが多い。たとえば「人々に『何が欲しいか』と尋ねていたら『もっと速い馬がほしい』と答えただろう」というヘンリー・フォード(米国の実業家。フォード・モーター創設者)の有名な言葉にもあるように、お客様が言語化できるニーズだけを起点にすると、既存の延長線にとどまりがちだ。また、顕在化した課題への対応は、長年の経験と実績を持つ既存の事業部門が得意とする領域だ。その確かな力があるからこそ、名OI推部は別の領域に挑める。
では、名OI推部が向き合うべきは何か。炭崎はそれを「ニーズとも認識されていないもの」と表現する。お客様自身もまだ気づいていない、「こんなものがあったらいいのに」とすら思っていない領域だ。だから炭崎は、ニーズの代わりに「アセット(資産)」という言葉を使う。お客様、パートナー企業、三菱電機。それぞれが持つ技術、データ、現場、ネットワークといった資産を新しく組み合わせることで、誰も想像していなかった価値が生まれる。これもまた「新結合」である。
こうして見つけた価値の種を、どこまで育てるか。多くの企業の新規事業部門は「0→1」までは担えても、その先の受け皿がなく、せっかく生み出したものが宙に浮いてしまう。炭崎は北米でのセンター長時代から、その課題をずっと感じていた。だから名OI推部では、探索から事業開発までを一気通貫で担う。実際にお客様に使ってもらい、「お金を払ってでも欲しい」と言ってもらえる状態まで育てる。炭崎はこの「1→10」の部分にこそ、自分たちの存在意義があると考えている。

「私たちは0→1に留まらず、1→10までやります。プロダクトマーケットフィットを確認してから、事業部門に渡していきたい」
「面白さ」を最優先に。組織方針の大転換
「新結合」を起こし、さらに「1→10」まで育てる。それを実現するために、炭崎はどのような組織づくりを行っているのか。炭崎が着任当初に感じたのは、これまでの成果に対する素直な驚きと、ある種の物足りなさだった。秩序立った形でイノベーションに取り組んでいた、当時の名OI推部は、外から見ていた以上の成果を出していた。しかし一方で、「何かが足りない。もっと大きなうねりを起こせるはずだ」という感覚が拭えなかった。炭崎はそれを「面白さ」という言葉で表現する。
炭崎が言う「面白さ」とは、ファニーであること、キャッチーであることだ。これは「新規事業においては、仲間を集められるかどうかが最も重要」との考えに基づく。どれだけ優れたアイデアがあっても、人を巻き込めなければ前に進まない。社内の協力者、経営層の理解、お客様の共感、パートナー企業との連携。すべては「この人と一緒にやりたい」「このプロジェクトに関わりたい」という気持ちから始まる。面白さがないと、仲間は寄ってこない。そして、仲間が集まらなければ、事業は成立しない。だからこそ炭崎は、事業性の判断より先に「面白いかどうか」を見るのだ。その結果、それまで整備されていた「誰でもイノベーションができる効率の良いプロセス」をあえて止めた。「あなただけのやり方、あなたしかできないこと」を優先するようメンバーに伝え、個人の自由度を最大限に高める方針に振り切った。
炭崎は着任当初から「方針は変える」と明言してきた。常に変化する環境に応じて方針を見直し、そのたびにメンバーと方向性を共有している。ついていく方は大変かもしれないが、炭崎はそれを「スパイラルアップ」と呼ぶ。
「たとえ元の方針に戻ったとしても、1周目と2周目では立っている高さが違う。山をまっすぐ登るのは無理なんです。ぐるぐる回りながら、でも確実に高度は上がっている」
着任から1年、炭崎は意図的に「自由」に振り切った。そして今、次のフェーズへ移行しようとしている。自由から、再び秩序へ。ただし、それは元に戻るという意味ではない。試行錯誤の中で見えてきた成功のパターンを言語化し、「誰でもできる」状態に近づける。スパイラルの2周目が始まろうとしている。
成長の「微分値」を最大化せよ——人を育てる哲学
組織づくりにおいて、炭崎が大切にしていることがもうひとつある。人を育てることだ。成果は出せと言っても出るものではないが、人を成長させると、自然と成果が後からついてくる。北米でセンター長をやっていた時代に得た実感である。組織の成果とは、個人の成長の総和にほかならない。
個人の成長を測る上で、炭崎が重視しているのが「微分値」という考え方だ。メンバーが今どの位置にいるかという絶対値ではなく、今どれだけ伸びているか、成長の角度がどれくらい出ているかという変化率に目を向けている。個人も組織も、成長はS字カーブを描く。新しい領域に飛び込めば急角度で立ち上がるが、加速期の後には必ず停滞期が訪れる。そこで動けるかどうかが、次の成長を左右する。だからこそ炭崎は「成長の角度が鈍ってきたら、新たな領域に踏み出しなさい」とメンバーたちに伝えている。名OI推部に所属する限られた期間で最大限の成長を促すべく、微分値の最大化に集中するのだ。
部のメンバー構成にも、こだわりがある。名OI推部には、さまざまな製品の設計者だけでなく、研究所、生産技術など、異なるバックグラウンドの人材が集まる。均一でバランスの取れた人材ばかりではない。既存の評価軸では測りきれなかった「尖った強み」を持つ人材こそが、この組織の原動力となる。「新結合」を起こし続けるには、多種多様で非凡な個性が欠かせないのだ。
では、個人のセンスや自由を起点とした組織は、どのように成果を生み出し続けるのか。この問いに対するひとつの答えが、「部長日記」である。炭崎は、部内のチャットツールを通じ、自身の行動と思考を日々オープンに発信している。どこで誰と会ったか、何を話したか、そこから何を考えたか。経営層の発言、業界の動向、現場の声など、部長にしか知り得ないことも含めながら、メンバー全員と共有している。「メンバーそれぞれに同じことを30回言わなくて済むようになった」と炭崎は笑う。なぜ今この判断をしたのか、何を見てそう考えたのか。炭崎の思考の文脈を追体験してもらうことで、「部長ならこう考えるはず」との共通認識が育ってきた。
意思決定において、炭崎は「論理よりセンス」を重視する。社会の流れ、経営層の発言、現場の声。そうした要素を総合して、「今このタイミングだ」と判断する。そのセンスは、経験を通じてしか磨かれない。だから炭崎は、自分が見ている景色を共有して、メンバーにも同じ感覚を身につけてほしいと考えている。リーダーの頭の中を可視化することで、組織全体の判断力を底上げしようという目論見だ。炭崎は、「自分は永遠にリーダーではない」とも語る。トップダウンで引っ張るフェーズは、組織の立ち上げ期に限られる。一定の成熟を迎えたら、次世代に任せていく。そのためにも、自分がいなくても回る組織を、はじめから目指している。