Factory Automation

情熱ボイス

【MELSEC iQ-R篇】1か月にわたった“会議室での日々”
ちゃぶ台返しを乗り越え、新コンセプトを探求

2016年3月公開【全3回】

第1回 この企画じゃダメだ

この企画じゃダメだ

 2011年夏。三菱電機 名古屋製作所FAシステム第一部長は、シーケンサの新製品開発プロジェクトチームのメンバーを自室に呼び、企画書をかざしながらこう言った。

 「この企画じゃダメだ。パンチが足りない」

 新製品の発売時期は2014年1月に決定していた。2009年には企画書も完成し、それに基づいた技術開発もすでに始まっている。しかし、FAシステム第一部長は改めて企画書に目を通し、熟考したうえで、再考を決断したのだ。

この企画じゃダメだ

 発売まで、残り2年半足らず。「時間がない」。新しいシーケンサのハードウェア開発のリーダーを務めていたFAシステム第一部FA開発第一課専任(現・FA開発第二課長)の小林民樹は危機感を覚えた。

 部長が続けた。「革新的なアピールポイントがないと、お客様もワクワクしないぞ」。

しばらくどこかにこもって考え直せ

しばらくどこかにこもって考え直せ

 結局、企画書はイチから練り直しとなる。

 当時、開発チームの中心メンバーは、小林のほかハードウェアの設計開発担当であるFA開発第二課担当(現・専任)の生山知、OSなどファームウェアの開発担当を務めるFA開発第一課専任の谷出新、エンジニアリングソフトウェアの開発担当、FAソフトウェアエンジニアリング部第三グループ専任(現・FAシステム事業本部機器フィールドエンジニアリング部第2グループ主席技師)の坂本憲一など計7人ほど。メンバーは従来の企画書を前に、どう改善すればいいか、連日のように議論を重ねたが、いい知恵は浮かばない。

 なかなかアクションを起こさないメンバーを見て、部長が命じた。

 「こんなところで議論をしても、いいアウトプットは生まれない。しばらくどこかにこもって考え直せ」

 すでに部長は、名古屋市内の協力会社に要請して、会議室を借りる手はずを整えていた。このままの状態では斬新なアイデアなど出てこないと自覚していたメンバーは、10月中旬から1カ月ほど、三菱電機(株)名古屋製作所ではなく、その会議室と自宅とを直行直帰する日々を重ねる。

しばらくどこかにこもって考え直せ

決まっていたのは「フルモデルチェンジ」のみ

 のちに「MELSEC iQ-Rシリーズ」と名付けられるシーケンサの新製品の開発がスタートしたのは2008年のことだった。

 1997年の入社以来、ずっとシーケンサのハードウェア開発を担当してきた小林は、1999年発売の「Qシリーズ」以来2度目のフルモデルチェンジを経験することになる。FAの最適化を実現する統合プラットフォーム「iQ Platform」を打ち出した2006年発売の「QnUシリーズ」で大きなマイナーチェンジは経験したが、フルモデルチェンジとなると気合もまた違う。今回はCPU開発チームを取りまとめるリーダー的な役割を担うため、自ずと力が入った。

 新製品のコンセプトは、「フルモデルチェンジ」のみ。それ以上は何も決まっていない。小林たちへの指令も、白い画用紙へ自由に絵を描けという曖昧模糊としたものだった。

 開発チームのメンバーは、それぞれ各自が顧客から寄せられたさまざまな要望を、具体的な機能に落とし込んでいった。汎用品ゆえに、多様な顧客の要望を取り入れ、満足させなければならない。

「MELSEC iQ-Rシリーズ」の開発記録。膨大な資料が残されている。「MELSEC iQ-Rシリーズ」の開発記録。膨大な資料が残されている。

 「シーケンサは誰に売る機器なんだ?」

 メンバーからそんな声も上がった。シーケンサを組み込んだ生産機器を開発する装置メーカー、シーケンサを工場で使うエンドユーザー。それぞれの要望も微妙に違う。どこにフォーカスすべきか、メンバーは悩んだ。

 さらには “革新と継承” のバランスにも悩まされる。「シーケンサという製品自体はすでに確立されたもので、そこから全く外れた革新的なものを作れといわれても、それは不可能だろう。ブレイクスルーは必要だが、従来シリーズのお客様もいる。そんなお客様が新しいシーケンサを導入しても、従来のプログラムも問題なく動かなければならない。過去との互換を保ちながら進化を生み出そうというのは厳しかった」。小林はこう振り返る。

「MELSEC iQ-Rシリーズ」の開発記録。膨大な資料が残されている。
「MELSEC iQ-Rシリーズ」の開発記録。膨大な資料が残されている。

打ち出したコンセプトは「生産性の向上」

シーケンサの品質保証部門が勤務するフロアシーケンサの品質保証部門が勤務するフロア

 こうした困難を乗り越えながら、メンバー全員で知恵を絞り、ようやく新製品のコンセプトが2009年に固まったのだった。それが「生産性の向上」だ。

 エンドユーザーの工場における生産性向上に加え、プログラム開発の生産性向上、メンテナンスの生産性向上―――。さまざまな思いをこの言葉に込めた。

 そしてその思いを「4つのE」というキャッチフレーズで表わすことにした。プログラム開発が容易なことを表す「Easy to develop」、導入しやすいという意味の「Easy to install」、メンテナンスの容易さを示す「Easy to maintain」、そして高機能を標榜する「Excellent performance」の4つの頭文字から採用したものだ。全体像はまだ完全には見えないまでも、開発は静かに動き出していた。

シーケンサの品質保証部門が勤務するフロア
シーケンサの品質保証部門が勤務するフロア

 2010年、新製品開発プロジェクトのファームウェア開発チームに谷出が加わる。2001年の入社以来、ずっとシーケンサのファームウェア開発に携わってきたスペシャリストだ。iQ-Rシリーズのファームウェア開発はすでに2008年から始まっており、谷出が加わったのは開発が本格化し始めた時期だった。

打ち出したコンセプトは「生産性の向上」

  さらに2011年の春から夏にかけて、エンジニアリングソフトウェア開発チームに坂本、ハードウェア開発チームに生山が参加。2006年にパソコンソフト会社から中途入社した坂本は、エンジニアリングソフトウェアの開発を手がけたあと、2009年からは関連会社でそのエンジニアリングソフトウェアのセールスエンジニアを務めていた。このときに顧客からさまざまな要望を聞いた経験が、エンジニアリングソフト「GX Works3」の開発に役立つこととなる。一方、生山はカーエレクトロニクスメーカーから2007年に中途入社した生粋の電子技術者で、高速カウンターユニットなどの開発に腕を振るうことになった。

 主要メンバーがそろい、これからiQ-Rシリーズの開発が急加速する―――。FAシステム第一部長から「インパクトがない!」と“ちゃぶ台返し”を食らったのは、その矢先のことだった。

打ち出したコンセプトは「生産性の向上」

*所属名や役職などは取材時(2016年1月)のものです

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