情熱ボイス
より高みを目指せ!ロボット愛あふれる技術者たちの挑戦の物語~キーワードは「インテリジェンス&
インテグレーション&セーフティ」~
2018年3月公開【全3回】
第1回
多くの人々は、ロボットに対して通常の機械とは少し異なる愛着を抱くようだ。
工場のロボットに人間と同じような名前を付けたり、
まるでペットに接するかのように掃除ロボットに話しかけたり――。
そんな人々以上にロボットを愛してやまない開発者たちが、ここ名古屋製作所には数多く在籍する。
これまでロボット化が
進まなかった分野を開拓

三菱電機が2017年3月に発売した産業用ロボット「MELFA FRシリーズ」は、生産現場におけるより高度な自動化を実現するための新機能をいろいろと盛り込んだ意欲的な新製品だ。工場内のさまざまなFA機器と連携するとともに、データの見える化を進展させるため FA-IT 統合ソリューション e-F@ctoryにも対応。さらにはロボットが人と同じ場所で安全に協働することを目指し、安全性にも十分すぎるほど配慮した。
これまでも産業用ロボットは、電機・電子業界や自動車業界などで広く使われているが、FRシリーズはその用途をいっそう拡大し、これまで自動化が難しかった精密な組み立て工程などへの導入を意図して開発したものだ。さらには、食品製造などロボットがあまり普及していない業界にも市場を広げる。これもまた開発の目的の1つである。

ソフトウエア出身では
初のプロジェクトリーダーが誕生

前モデル「Fシリーズ」の後継機種として「FRシリーズ」のプロジェクトが動き出したのは2014年のことだった。
「プロジェクトリーダーをお願いしたい」
名古屋製作所ロボット製造部開発第二課専任の村田健二はその言葉を聞いて、大きなプレッシャーを感じた。名古屋製作所においてロボット開発を一手に担うロボット製造部。現在、ハードウエア開発は開発第一課、ソフトウエア開発は開発第二課と分かれているが、当時は全員が同じロボット開発課に在籍していた。とはいえメンバーはハード担当とソフト担当に分かれて仕事をしており、これまでのロボット開発プロジェクトでは、例外なくハード担当がプロジェクトリーダーに任命されてきた。
つまり、ソフト畑の人間がプロジェクトリーダーとなるのは、三菱電機のロボット開発史上初めてのこと。村田にプレッシャーがかかるのも当然だった。

村田は2000年に入社以来、一貫してソフト畑を歩んできた。これまで「Sシリーズ」「SD/SQシリーズ」「Fシリーズ」などのロボット開発プロジェクトに携わり、今回が5シリーズ目だ。「Fシリーズ」では、キーポイントの一つとなっていた知能化のためのソフト開発を担った。
「プロジェクトリーダーの役がソフト担当に回ってきたのは、ロボット開発においてソフトの重要性が高まってきたことの表れでしょう。私がプロジェクトリーダーに選ばれたことで、会社の姿勢が開発チームメンバーにも浸透したと思います」と村田は強調する。
このプロジェクトに参加したのは、「子供のころに『ガンダム』にあこがれてロボット好きになったメンバーが多い」(村田)。稀代のロボットアニメの影響を強く受けた“ロボット好き”たち十数人は、さっそく新製品の企画検討会議が重ねた。そして年が明け、2015年1月に開催された方針会議で「FRシリーズ」開発の正式なゴーサインが出る。
この会議で打ち出された開発コンセプトが、「インテリジェンス(次世代知能化)」「インテグレーション(FA-IT連携)」「セーフティ(安全・人協働用途)」だ。その決定を受けて、本格的な開発がスタートした。

コントローラを
ハード、ソフトとも全面刷新

村田は「FRシリーズ」全体のプロジェクトリーダーに加えてソフト開発の取りまとめも担当したが、ソフト開発の現場において重責を背負ったのは開発第二課専任の宮本昌和だ。2006年に入社した宮本は、最初の1年こそロボットアームの開発に関わっていたが、2年目以降はソフト開発に移り、村田と苦楽を共にしてきた。
村田、宮本の2人とも、学生時代は機械系学科でロボットを専攻した。「子どものころから、ラジコンなど動くものを制御することが好きだった」と言う村田は、大学では竹馬のような二足歩行ロボットを効率的に歩かせる研究に従事。宮本の研究テーマもやはり、移動ロボットの歩行支援に関するものだった。ともに希望通りロボット製造部に配属された。

方針会議では、ロボットアームはFシリーズをベースとし、コントローラはハード、ソフトとも全面刷新することも決まっていた。「今回は、3つのコンセプトを実現するのが最優先事項です。そのためには新たなコントローラの開発が欠かせません。それもFシリーズのコントローラを改良するのではなく、将来性を踏まえて、アーキテクチャまで一新させることが不可欠でした。そこで人的資源を集中させるためにも、今回はコントローラの新規開発に絞ったのです」と村田は背景を説明する。

「インテリジェンス」「インテグレーション」「セーフティ」。いずれのコンセプトを具現化するためにも、宮本たちが開発しなければならないソフトは多岐にわたった。
例えば「インテリジェンス」では、「導入時の位置キャリブレーションをユーザーの手を煩わせず簡単に実現したり、ロボットアームの熱膨張を計算して温度補正により位置精度を向上させたりといった新機能向けのソフトを、先端技術総合研究所とも協力しながら開発を進めていきました」と宮本は新たな機能の一部を紹介する。このうち「キャリブレーション支援機能」は食品工場といった、これまでロボット操作にあまり慣れていない業界に普及させるためには不可欠な機能だ、また「ロボット機構温度補正機能」は、より高度な組み立て作業を行うため位置精度を向上させるのに重要な機能である。これらの新機能はいずれも「MELFA Smart Plus」として、FRシリーズにオプション搭載することになる。
「インテグレーション」では、「シーケンサやGOT(グラフィック・オペレーション・ターミナル=タッチパネル方式の表示器)などと連携し、生産性・保守性を向上しTCO(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ=総保有コスト)を削減するために、いくつかの新しいソフトを開発しました」と宮本は語る。シーケンサ「MELSEC iQ-R」をはじめとする三菱電機のFA製品と連携することで「e-F@ctory」に対応し、工場の見える化・スマート化をサポートする。
そして、宮本たちを最も悩ませたのが、「セーフティ」を実現するためのハード変更への対応だった。

「協働ロボット」実現のために
CPUも変える

FRシリーズのコントローラ「CR800-R」と「CR800-D」は、CPUも刷新することになっていた。Fシリーズのコントローラ「CR750-Q」「CR751-Q」はシングルコアのCPUを採用していたが、「FRシリーズ」では自社開発のデュアルコア※1CPUを2個、すなわちクアッドコア※2構成とすることが決まっていたのである。これは性能向上もさることながら、3本のコンセプトの1つである「セーフティ」を より高めることが大きな理由だった。
ロボットを柵などで隔離するのではなく、人と協力しながらより高度な作業をこなしていく「協働ロボット」は、これまでも主に欧州などで活用されてきた。日本でも2013年の規制緩和により、安全性などの条件を満たせば人と協働で作業するロボットの導入が可能になった。このため人手不足を背景に、今後は協働ロボットの普及が急速に進んでいくことが十分予想される。「高いセーフティは、どうしても実現させなければならなかった機能」と村田は強調する。

人とロボットが協働作業を行う場所では、人が周囲に近づいたことを感知したらロボットが自動的に動作速度を落としたり、あるいは動作を止めたりといった対応をしなければ、安全性は確保できない。このときCPUが故障していたり、処理を間違って異なる指令を出したりしたら、すぐに事故につながってしまう。
デュアルコアCPUを2個搭載するのは、こうした事故を防止するためだ。CPU同士がお互いの動作をチェックし合うことで、一方が故障したり、異なる対応を指示したりした場合は、ロボットを停止させることで安全を担保する。
その構成が、宮本たちソフト開発のメンバーを苦しめることになる。
「シングルコアがクアッドコアになるということは、単純に4倍のソフトを開発しなければならないということになります。また、従来1つのCPUでやってきたものを4つにどう分散すれば効率的に動くのか考えながら、ソフトを作り込んでいきました。何しろ開発しなければならないソフトが膨大で、まさに時間との戦いでした」。
宮本は当時の状況をこう振り返る。
- ※1
デュアルコア:CPUの核部分(演算処理回路)を2個搭載しているもの。それぞれが並行処理することで処理効率・性能がアップ。
- ※2
クアッドコア:デュアルコアCPU×2個。4個のコアで並行処理を行うため、処理効率・性能はさらにアップする。


