情熱ボイス
【有圧換気扇篇】コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」
2022年8月公開【全3回】
コロナ禍による初めての緊急事態宣言が首都圏などに発令され、日本中が今まで経験したことのない生活を強いられ始めた2020年春。岐阜県中津川市の三菱電機中津川製作所では、まとまりかかっていた次期新製品の仕様の見直しを迫られていた。見直すきっかけは、やはりコロナ禍だった。
中津川製作所
中津川製作所は換気扇や送風機、ジェットタオルなどの開発や製造を行っている拠点だ。風に関連した製品を一手に担当していることから、三菱電機社内では「風の中津川」とも呼ばれている。中津川製作所で作られる製品は住宅用や産業用を問わずあらゆる分野で使われており、熱交換機能を持つ換気扇「ロスナイ」や、従来比マイナス5dBを実現した低騒音羽根「ダブリュキューブファン」の開発など、業界に大きなインパクトを与える製品を相次いで実現してきた。
50周年記念コンセプトファン ダブリュキューブファン
特に2010年に発表したダブリュキューブファンを搭載した有圧換気扇は、低騒音化に大きな道筋をつけた製品として中津川製作所のフラグシップに位置付けられている。騒音に対する規制強化にいち早く対応し、換気によるIEQ(Indoor Environmental Quality)の向上を追求してきた。近年では、換気扇のさらなる基本性能向上のため、小型大風量化に取り組んでいる。小型大風量化のためには、従来よりも小さい羽根径で風量を増大させる必要があり、風量を増やすには羽根の回転数を上げなくてはならない。その基本的な方針は、2020年初頭に始まった新しい有圧換気扇の開発にも引き継がれた。
「高速回転に今の羽根は耐えられない」
しかし回転数を上げるのは単純なことではない。現状の製品でも十分高速回転している羽根の回転数をさらに引き上げると、羽根にかかる遠心力が増大し、羽根が耐えきれずに破損する恐れがあるのだ。新製品の開発リーダーを任せられた大野俊也は、現在の製品で羽根の素材として使っている鉄の強度から、鉄が耐えうる最大の回転数を計算した。だが強度的には既に上限に達していることが判明。鉄を使っている限りこれ以上の高速回転はできないことが分かった。
回転数を上げても破損の原因である遠心力の増大を抑える手段はある。素材を変えて「羽根を軽くする」ことだ。大野らが真っ先に思い浮かんだのは樹脂だった。実際、一部のダクト用換気扇では採用実績もある。しかし工場では換気扇を屋外に向けて設置するため、紫外線による樹脂の劣化が起こりうる。排熱の量も工場はケタ違いであり、熱に対する強さも必要になる。もちろんコストも重要だ。果たしてそんな好都合な樹脂があるのだろうか。
「今度の新製品のカギは
最適な樹脂探しになりそうだ。」
大野がそう予感している中、突然新たな課題が降ってきた。
国が示した具体的な換気の量
「一人あたり毎時30立方メートル」。
厚生労働省は2020年4月、商業施設など向けに新型コロナウイルス感染症対策の指針を発表した。その中で適切な換気の量を具体的な数字で示し、換気扇などの機械で実現することを施設の管理者に求めている。
その指針に、高橋努をリーダーとした産業用換気扇の開発メンバーは当惑した。
「産業用の有圧換気扇は基本的に『建物』で要求仕様が決まるもの。『人』という要素はそれほど考える必要がなかった」(高橋)からだ。
工場での有圧換気扇の設置目的は、建物の中にある機械から出る熱や湿気を排出し、そこで働く人や機械、製品に適した環境を守ること。熱や湿気は人からも出るが、工場の場合は圧倒的に機械からの排出量の方が大きい。
つまり機械を基準に考えれば事足りるというのが、今までの工場換気の常識だったのだが、さらに人の存在も考えなくてはならなくなったのだ。
もっとも厚労省の指針の対象は商業施設「等」とされており、工場が適用対象とは明記されていない。
しかし「顧客の現場をまわると、工場も厚労省の指針を満たしたいという声が大きいのに気づいた」と濱村康義は言う。
中津川製作所所属ながら東京・秋葉原に拠点を置き、顧客と常に接触していた濱村は、前線でいち早く顧客のニーズの変化を感じ取っていた。
これから開発する新製品が工場をターゲットの一つとする以上、指針に明記されていなくても対応しなくてはならない。
オンとオフだけでは済まない
厚労省の指針に対応するためには、モータの回転を制御する必要がある。
工場の換気扇は、動作中の機械から出る熱や湿気を排出するために動いている。逆に言えば機械の動作が止まっている時は換気扇を回す必要はない。つまり羽根を回すモータの回転はオンかオフかの二択で済む。しかし厚労省の指針に対応しようとすれば、機械が動いていない時でも人がいる限り動かさなくてはならない。そのような状態に今までの産業用の換気扇は対応していなかったのだ。
もちろん機械の動作に関係なく換気扇をいつもどおり動かせば、人に必要な換気は実現できる。しかし人だけの環境には大きすぎる風量であり、省エネに反してしまう。換気扇の回転数を適度に調整できるのが理想で、実際インバータを外付けして周波数や電圧をコントロールし、回転数を調節できるものもある。それらは夜間も換気を行いたい環境などで受け入れられているが、
「複数台を制御するようなシーンを想定したもの。
現場で個々に調整したいようなシーンには不向きで、提案しづらい」(大野)
のが実情だった。
回転数を現場で容易に調整できる方法がないわけではない。有力な方法の一つは、インバータを内蔵した「DCブラシレスモータ」を使うことだ。住宅用の換気扇などで実績のあるDCブラシレスモータだが、産業用ではこれまで採用したことはない。住宅用とは使用環境に大きな差があるためだ。産業用でDCブラシレスモータを使うならば、その使用環境の問題を解決しなくてはならない。
樹脂製の羽根とDCブラシレスモータの採用。新製品開発の主題はこの2つに絞られた。この2つを乗り越えないことには、コロナ禍に求められる新しい産業用換気扇を実現することはできない。
- 要旨 コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」
- 第1回 コロナ禍にひっくり返された開発方針
- 第2回 新素材は本当に使えるのか?
- 第3回 壊れるまで実験して安全性を確認

