情熱ボイス
【有圧換気扇篇】コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」
2022年8月公開【全3回】
羽根とモータ、お互いの開発を待たないと先に進めない状態の打開に動いたのはモータ側だった。PPS樹脂の代わりにアルミの削り出しで羽根を試作し、それを新しい産業用換気扇で使用するDCブラシレスモータに取り付けて実験することにした。
アルミのブロックから換気扇の羽根という薄い部品を作るためには、相当な量を削り出さなくてはならない。つまり大きなコストがかかることを意味する。しかし検証なしにPPS樹脂決め打ちで高額な金型を起こすよりはマシだ。
羽根とモータ、お互いの開発を待たないと先に進めない状態の打開に動いたのはモータ側だった。PPS樹脂の代わりにアルミの削り出しで羽根を試作し、それを新しい産業用換気扇で使用するDCブラシレスモータに取り付けて実験することにした。
アルミのブロックから換気扇の羽根という薄い部品を作るためには、相当な量を削り出さなくてはならない。つまり大きなコストがかかることを意味する。しかし検証なしにPPS樹脂決め打ちで高額な金型を起こすよりはマシだ。
ただしアルミとPPS樹脂では素材の特性が異なる。硬さが異なる素材を使って実験した結果は、そのままでは説得力を持ち得ない。そこで大野はアルミとPPS樹脂の硬さの差をもとに、高速回転時にかかる力を受けた時の変形量の差を計算。アルミの羽根を実際に回転させたときの変形量をその差で補正することで、PPS樹脂を使った時に羽根がどう変形するかをシミュレーションした。それをもとに、採用しようとしているPPS樹脂製の羽根とDCモータで必要な風量を出せることを確認。風雨対策と合わせてDCモータを採用できることが決まった。
DCモータ採用により、現場で容易に風量を切り換えることが可能になる。しかし実際に製品を使用する現場ではアルバイトのスタッフなどさまざまな人が作業する。彼らにも簡単に使えるものではなくては、風量切替えの機能は意味をなさない。そこで大野は敢えて、モータの回転数を4段階にプリセットすることにした。DCモータが内蔵するインバータを使えば、実際にはもっと細かく調整は可能だ。しかし操作をごく簡単にするために、敢えて自由に調整できるようにはせず、扇風機のように使えるシステムにしたのである。
200回以上の試作で見つかった最適な成形条件
モータが決まったことで、羽根も本格的に実機でテストできる体制は整った。羽根を作るための金型製作への投資についてもゴーサインが出て、いよいよ実際にPPS樹脂による羽根の製作にとりかかることができるようになった。しかしそれでもすぐに羽根を製作できるわけではなく、乗り越えなければならない大きな問題が残っている。PPS樹脂の成形の困難さに起因する問題だ。
PPS樹脂は結晶性のため、温度によって結晶化のレベルが異なる。必要な強度を確保するためには、その結晶化のレベルを適切に制御しなくてはならない。しかも熱に強いという特徴を持つPPS樹脂は、通常の樹脂より高い約150度で流し込む必要がある。微細な温度のコントロールを、通常より高い域でしなくてはならないという難しさがPPS樹脂にはあるのだ。
成形の条件を決めるために新井や大野が取った手段は、成形する金型に温度センサを埋め込むという方法だった。金型の中に流し込む樹脂の成形温度をリアルタイムで監視し、条件を変えながら最適な成形条件を追求していく。十分な品質を確保できる条件を見つかるまでには、200回を越える試作を要した。
これでようやくPPS樹脂による羽根の試作品が完成した。いよいよ実際に回転させて、自分たちが机上で計算した強度が本当にあるかどうか検証する段階だ。
実験のため外部の検査機関の特殊な設備を使用し、試作したPPS樹脂製の羽根を高速回転させた。新製品の要求仕様は毎分2200回転で実現できることは検証済みだが、検査設備の羽根の回転数はそれを大きく越えてさらに上がっていく。羽根が遠心力に耐えきれずに割れたのは、回転数が通常の数倍にまで達したところだった。根元から割れた羽根を前に、新井と大野は安堵した。
「計算どおりでしたね」。
2人とも羽根が壊れるとしたらこのぐらいの回転数だと予測していたのである。必要な回転数の倍以上の性能があるというデータを持って、2人はPPS樹脂採用を不安視していた社内を説得に回った。

羽根を鉄から樹脂に替えた効果は、高速回転が可能になった点だけにとどまらない。鉄とは違い、射出成形では流し込む金型次第で自由な形状にすることができる。その特性を生かし、羽根の端面を丸くすることで、換気扇の騒音のもとである渦を低減できたのである。
仕様が確定して製品開発にメドがつき、製品化が一気に前に進み出した一方で、開発全体の取りまとめ役である高橋は、営業部門と販売戦略について話し合った。今回は新型コロナウイルス感染症対策として体育館や避難所をメインターゲットとした新商品であるが、今回のPPS製の羽根とDCブラシレスモータの2つの技術をさらにブラッシュアップして、幅広い業界で活用できる見込みはないか、業界へのヒアリングと開発準備を進めていくことで一致した。
「本当は2021年中に発売を間に合わせたかった」と大野は嘆く。
2021年は三菱電機が有圧換気扇の事業を始めて60周年に当たる年だったためだ。しかし今回の有圧換気扇が採用したDCモータとPPS樹脂は、使いやすさと小型大風量化に大きな前進をもたらした点で、有圧換気扇開発の歴史に残るブレークスルーであることは間違いない。ブレークスルーにより、中津川製作所が追求してきたIEQ(Indoor Environmental Quality)の向上は、新たなステージに移った。
- 要旨 コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」
- 第1回 コロナ禍にひっくり返された開発方針
- 第2回 新素材は本当に使えるのか?
- 第3回 壊れるまで実験して安全性を確認
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ご回答いただきありがとうございました