Factory Automation

情熱ボイス

【有圧換気扇篇】コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」

2022年8月公開【全3回】

情熱ボイス 有圧換気扇篇 コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」 第2回 新素材は本当に使えるのか? 情熱ボイス 有圧換気扇篇 コロナ禍が開発メンバーに課した「2つの挑戦」 第2回 新素材は本当に使えるのか?

「金食い虫」―――社内ではそう揶揄やゆされることもあったという。換気扇の羽根に使える新しい素材の研究は2018年から本格化していたが、具体的な成果にはなかなか結びつかない。それがそのように呼ばれた原因でもあった。

新素材の研究など換気扇の要素開発に携わる新井俊勝も、そうした引け目を感じていたという。新井は入社から送風機の先行開発を担当することが多く、さまざまな開発実績を残してきたものの、こと羽根の新素材の開発に関しては難航していた。

「金食い虫」―――社内ではそう揶揄やゆされることもあったという。換気扇の羽根に使える新しい素材の研究は2018年から本格化していたが、具体的な成果にはなかなか結びつかない。それがそのように呼ばれた原因でもあった。

新素材の研究など換気扇の要素開発に携わる新井俊勝も、そうした引け目を感じていたという。新井は入社から送風機の先行開発を担当することが多く、さまざまな開発実績を残してきたものの、こと羽根の新素材の開発に関しては難航していた。

新しい産業用の有圧換気扇で羽根に新素材を適用しようという動きが始まった時、新井は社内の評判をひっくり返すチャンスが来たと実感した。大野と同様、新井もやはり樹脂に目を付けた。鉄と比べて大幅な軽量化が行えると同時に、曲げ加工で形作らなくてはならない鉄と違って樹脂は自由な成形が可能だ。今までになかった価値を生み出し、「金食い虫」の異名を返上できるだろう。

しかし樹脂は一部の製品では既に採用されていても、今回開発する産業用はそれらとは比較にならないレベルの耐久性が求められる。実質、一から新しい素材を発掘するのと変わらないことが予想された。

駆動部品に使った実績はない

新井らは三菱電機の研究開発部門である先端技術総合研究所と協力し、樹脂に限らずさまざまな素材のテストを始めた。各種の試験片を素材メーカーから取り寄せ、曲げ強度や難燃性、耐熱性などを評価する作業を繰り返した。試した素材は樹脂を中心に全部で14種類。その中にはコスト的には非現実的と思われるカーボンファイバーまでもが含まれていた。

「これなら使えるのではないか」。

評価の結果、新井らが新しい産業用換気扇の羽根に使える素材と結論付けたのは「PPS」(ポリフェニレンサルファイド)樹脂だスーパーエンジニアリングプラスチックの一種で、安定した素材で強度が高く、熱にも強いのが大きな理由だった。モータの絶縁材や自動車部品、高温の流体を流すバルブなどに使われており、耐久性については実績十分といえる。質量も鉄の約5分の1で、羽根に使用して高速回転させても遠心力は抑えられるだろう。鉄に比べて形状の自由度が大きく、形状を工夫することで一層の低騒音化にもつながるかもしれない。

ところがPPS樹脂を羽根に採用することについては、社内から疑問視する声が出てきた。長年使われてきて実績も十分な鉄に置き換わる存在になりえるのか、不安に感じる向きが社内でも少なくなかったのだ。

東京で営業の前線に立つ濱村も
「正直言うと自分も少し心配だった。
家庭やオフィスと違って工場は使用環境が千差万別
使用条件を付けても現場でそれが常に守られるとは限らない」

と不安視していたという。

中津川製作所で設計の経験もある濱村でさえ不安に感じるのだから、製作所外の関係者が不安に思うのは当然だ。

メンバー集まっての熱い協議が続く日々

彼らの不安の理由が何であるかは、新井には想像がついていた。PPS樹脂は熱に強いことはさまざまな採用実績で証明されているが、駆動部品に使われた実績はほとんどないという点だ。強度にも優れているとはいえ、換気扇の羽根のような高速回転に耐えられるのか、誰も実証したことがないのである。

もちろん新井たちのチームは、試験片で強度のテストを繰り返し、PPS樹脂に十分な強度があることは確信している。しかし所詮は机上の計算であり、周囲の不安を一掃できる情報にはなりえない。やはり実機を作って動かしてみなくては十分な説得力は持てないだろう。

だが実機の羽根をPPS樹脂で作るには羽根の金型が必要になり、それは高額な投資を伴う。可否を検証できていない段階では投資できない。しかも羽根を動かすためのモータもまだ開発中なのだ。

1時間240ミリの雨の中でテスト

そのモータは、大野らによってDCブラシレスモータの採用を前提に開発が進んでいた。ここでも羽根同様に安全性に対する不安が指摘されていた。DCモータは回転制御のための電子部品を内蔵しているからだ。

従来DCモータの採用はダクト内に設置されることの多い住宅用に限られていた。しかし工場などで使用される産業用の換気扇は壁面や天井に設置されるため、強い風雨の際は雨が入り込んでしまう。そこで産業用の換気扇はこれまで電子部品を内蔵しないACモータを使ってきた。ACモータでインバータを組み合わせて回転数を制御する場合でも、インバータは換気扇から離れた場所に設置できるので、雨に濡れる恐れはない。

しかしDCモータの場合はインバータを内蔵している。それを雨が降り込む外に近い位置に設置するならば、インバータを構成する電子部品を水から守らなくてはならない電子部品が水に濡れれば機器の不具合だけでなく、感電事故が起こる恐れがある。それが安全性に対する不安を指摘される理由だった。

電子部品が取り付けられた基板を完全にコーティングすれば水に濡れる心配はなくなるが、コスト的に到底見合わないだろう。そこで基板を覆うケースに水抜きの穴を開け、ケースに水が入ってもすぐに抜けるようにしたが、それでも大野は不安だった。

「施工の現場でどのように取り付けられるか分からない」(大野)
という不安からだ。

施工のマニュアルに正しい取り付け方を明記していても、現場で正しく取り付けられないことは十分起こりうる。それが原因で不具合が起こった場合、本来は施工者の責任に帰することはできるが、一方で施工の現場では人手不足などもあり、技術の伝承がうまく進んでいないという実態がある。施工者の多少のミスは許容できるフールプルーフの設計が理想だ。

基板をケースの中で浮かせた構造

そこで大野は、基板をケースの中で浮かせた構造にすることにした。雨がケース内に溜まることがあっても、基板にまで到達しないようにしたのだ。単純に基板を置くよりも作る工数が増えるかもしれないが、安定した動作を続けられるようにするためには仕方がない。

さらに基板を浮かせて配置したケースに対し、試験装置を使って雨を吹き付けて耐久性をチェックすることにした。吹き付ける雨量は1時間240ミリ1時間雨量の日本最高記録を大幅に上回る量だが、十分な安全を保証するために、敢えて現実を越えた雨を吹き付けた。それでも基板は想定通りに、水を中に溜めこむことなく排出していく。

大野たちの設計の工夫により、産業用換気扇へのDCモータ採用にとって最大のハードルだった水対策はクリアできる見込みは立った。後は実機の羽根を取り付けて回転させた時に必要な大風量を実現できるかどうかのテストだ。しかしPPS樹脂で羽根を作るには金型を製作する必要があり、それは実機のモータで回すテストを行わなくては投資の可否を判断できない。羽根とモータ、双方が相手の開発待ち状態になったのである

第3回 壊れるまで実験して安全性を確認第3回 壊れるまで実験して安全性を確認

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