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情熱ボイス

情熱ボイス【グローバルPMモータ篇】第3回 9機種中1機種だけに残された問題情熱ボイス【グローバルPMモータ篇】第3回 9機種中1機種だけに残された問題

社内のベクトルががっちり合った時の総合力はすごかった 社内のベクトルががっちり合った時の総合力はすごかった

開発の目標は常に「センサレス」の実現だった。効率向上も不可欠とはいえ、初期の目標のIE4は既にクリアしている。一部機種でその上のIE5までクリアしたことは、センサレスという主目的の中ではあくまでも「副産物」に過ぎない。しかしその副産物が、全機種必須条件となってしまったのだ。

2019年5月、綿野は再び先端総研に協力を仰いだ。現状IE4の3機種がIE5を満たす可能性を調査してもらうためだ。しかし先端総研からの回答は非情にも「大幅な再設計」を迫るものだった。2018年12月の現品会議どころか、2018年1月の方針会議以前のレベルにまで差し戻しとなったわけだ。

開発現場では再び設計と実測、評価を繰り返す日々が続いた。やがて3機種のうち5.5kWと7.5kWはIE5のメドがついたが、最後まで難関として立ちはだかったのが3.7kWだった。これがIE5に到達しないと全ての機種が量産に進めない。そこで谷川は「最終手段」を繰り出すことにした。これまで5.5kWや7.5kWより小さいサイズで設計していた3.7kWを5.5kWや7.5kWと同じモータ体格で再設計することにしたのである。ただし、条件としてモータ径寸法は上げてもモータ全長は最大限短くして製造原価を上げないという目標を新たに定めた。

モータの効率に影響する要素はさまざまであるが、その一つが巻線の抵抗であり、その抵抗を小さくするには太い巻線を使うのが効果的だ。しかし設計試作の段階で3.7kW は5.5kWや7.5kWよりも小さいサイズを目指しており、小さいモータでは太い巻線は使えない。それが5.5kWと7.5kWと比べて3.7kWのIE5対応が困難な理由の一つだった。

いつの時代も機器の小型化は装置メーカーのニーズである。それに応えるべく、谷川は3.7kWについて小型化を工夫してきたが、このままではらちが明かない。3.7kW も5.5kWや7.5kWと同じサイズにすればIE5に近づくはずだ。5.5kWや7.5kWのサイズは3.7kWにはなかった当社ACサーボと取付の互換性があり、3.7kW でもそのメリットを提供できるとなれば市場も納得してくれるだろう。谷川は自らを納得させる形で3.7kWを再設計し、その結果3.7kWもIE5を満足。全長と原価の目標も達成でき、2020年3月、全機種がIE5クリアに至った。

解決を前提に課せられたミッション

3.7kWの機種はそれ以外にも開発者を悩ませることがあった。その「厄介者」に対峙したのが、量産技術を担当した山本雄仁だ。2019年4月に出向先の三菱電機関西支社からMFKの技術部GM設計課に戻ってきた山本に課せられたミッションが、センサレスサーボの量産立ち上げだった。

山本はそれまで誘導モータしか担当したことがなく、センサレスサーボで使用する永久磁石モータの量産を担当するのは初めて。しかも山本の帰任以前に行われた現品会議の段階で、「量産技術で解決すること」が決まっていた課題があった。つまり現品会議の通過は、山本が解決することを前提としたものだったのだ。

その課題とは、磁石の磁力が衰える「減磁」対策だ。フェライト磁石は低温下で減磁しやすい性質がある。三菱電機では品質管理のために、磁石を製品に使う際に許容できる減磁の基準を設けている。この基準を、センサレスサーボに使うフェライト磁石が満たせるのかどうかが、微妙だったのだ。

設計試作の段階では、先端総研の見立ては「問題なさそう」というものだった。しかし実際に量産試作して実験すると、基準を満たさない機種がある。厄介者の3.7kWだ。

「通常、減磁は磁石の中央で起きやすいのですが、
突極形コアでは突極部に近い磁石の端部が減磁し、
精度に直接影響してしまうのです。盲点でした」(山本)。

社内は既に山本による解決を前提に動き出しており、もたついている暇はない。山本は磁石そのものを変えることにした。再度先端総研へ依頼し実機試験結果をフィードバックさせた解析を行い、採用するフェライト磁石の形状および磁気特性の見直しを図った。結果、減磁の問題を解消し、3.7kWを含め全機種が基準をクリア。製品名はエコ(Eco)なモータ(Motor)という意味で「EM-A」に決まった。

営業現場の関心は別のところに

ようやく製品化が見えてきたことを受けて、販売戦略の立ち上げも始まった。GM営業部の中尾侑吾は説明資料を揃えて、全国の各支社の営業担当者を招いた会議でリリース間近のセンサレスサーボを説明したが、その反応は意外なものだった。

「『センサレス』よりも『高効率』の方が顧客には響くのではないか?」
「セールストークになるとしたら『高効率』の方ですね」

確かに「センサレス」という言葉自体から、顧客は直接的なメリットを想像しにくい。むしろ全機種グローバル基準で最高効率のIE5を達成していることの方が、顧客にとって分かりやすく提案もしやすい、というのが全国の営業担当者の共通した意見だった。

先行開発したセンサレスサーボの「S-PM」では、カタログの表紙に大きく「三菱センサレスサーボ S-PMギヤードモータ」と打ち出している。新しいセンサレスサーボのカタログもその形で作り始めていたが、営業担当者の反応からしてそれは適当ではないのかもしれない。中尾はカタログの構成を作り替えることにし、その案を綿野たち開発メンバーに提示した。

「こういう形でいこうと思います」。

その新しいカタログ表紙を見て、綿野たちは苦笑せざるを得なかった。新しいカタログは、タイトルを「グローバルPMモータ EM-Aシリーズ」とし、「センサレスサーボ」という言葉は小さく肩に追いやられていたからだ。さらにカタログ内部では、特徴のトップに「小型・省エネ」が掲げられる一方で、センサレスに由来する「高性能」は一番下に置かれている。

「あれだけセンサレス、センサレスと迫られていたのに、この扱いか」。

センサレス実現にずっと苦戦していた開発メンバーにとって、いい思いがするはずがない。しかし営業担当者の意見ももっともなことである。表紙や特徴に残してくれただけでもよかったのかもしれないと割り切ることにした。

中尾も開発メンバーの気持ちは十分理解していた。彼らの苦労を隣でずっと見てきたからだ。そこで彼らの気持ちに報いるために、カタログにはモータのカットモデルを掲載。モータの断面図やさまざまなデータと合わせて、苦労の成果生まれた機器であることを表現した。

社内のベクトルが合った時の総合力

2021年春、EM-Aシリーズはやっと200Vクラス全ラインアップがリリースされた。リリースまでプロジェクトチーム発足から9年、それ以前にMFKと名古屋製作所が独自に研究していた時期も含めると、14年を要したことになる。

苦労の甲斐あってか、EM-Aは順調な立ち上がりを見せている。発売から数カ月間行ったモニターキャンペーンには予想以上の応募があり、工作機械や搬送機器、送風機やポンプなどで評価や採用が始まっている。あるメーカーは、開発中の洗浄機でEM-A採用に向けた評価を行っているという。搬送物を180°回転させる工程があるために位置決めが必要だが、それをセンサ不要で安価、さらに省配線かつ小型のモータで実現できる点が評価されているらしい。センサレスを追求してきた開発メンバーの努力が実った形だ。さらにカーボンニュートラルへの関心の高まりで、全機種IE5対応という高効率性も顧客を引きつけている。

「社内のベクトルががっちり合った時の総合力はすごかった」

と綿野は振り返る。構想段階から14年間、そのベクトルを合わせ続ける求心力があるメーカーでなくては、EM-Aのような製品は実現できなかったはずだ。それは発売から1年以上経った2022年段階でも、「センサレスサーボ」というコンセプトを明確に実現できている競合メーカーがいないという事実にも表れている。

今津湾にほど近いエリアにあるMFK本社。
10分も歩けば長垂海水浴場として地元の人々に親しまれている海が姿を現す。
ここ長垂海岸から小戸海岸にかけては「元寇防塁跡」が
残る場所としても知られている。
蒙古軍が来襲した文永の役(1274年)の後、約半年間かけて築かれた防塁は、
当時、今津から香椎まで、約20kmの長きにおよんだという。
海岸沿いの道には、それを記した石碑が立ち、
現代の私たちにその歴史を語りかけてくるようだ。

海岸沿いの道に立っている石碑

IE5をクリアした省エネ・高精度PMモータ EM-Aモータ

EM-Aシリーズは、三菱独自の突極形コアを開発、センサレスで「位置決め」「速度制御」が可能な高性能磁石モータです。

*特許第5646119号

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