三菱電機技報

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三菱電機の優れた技術・製品、技術開発活動を広く紹介しています。

2025年09月号

特集 「持続的な事業成長を牽引するデジタル技術(後編)」

2025年09月24日発行

三菱電機技報 2025年07月号

特集論文

全9編

特集概要

三菱電機は、社会や事業に大きなインパクトを与えるフォアサイトテクノロジーの開発に注力し、社会課題の根本的な解決と革新的なアイデアによる新たな価値創出に挑戦します。
本号では、“AI・生成AI技術”と“フォアサイトテクノロジー”について紹介します。
三菱電機グループは、「イノベーティブカンパニー」へと変革し、持続的な事業成長を牽引するデジタル技術や革新技術の研究開発を推進し、多様化・深刻化する社会課題の解決に取り組むことで持続可能な社会の実現に貢献していきます。


特集論文(全9編)

安藤圭理/加茂芳幸/坂東龍司/村上浩章/和田敏裕

電気機器の高性能化や高信頼化,環境負荷低減を支える材料技術の開発では,原料の化学組成や製造プロセスなどの設計パラメーターを調整する必要がある。しかし,設計パラメーターの変更によって材料の微細な構造や状態が劇的に変化するため,望ましい構造や状態を持つ所望の材料の開発には試行錯誤に膨大な時間を要する。
そこで,既知の実験データを用いた機械学習によって有望な設計パラメーター範囲を推定した上で,予測の不確実性が高く,かつ実験データの少ない条件を次の実験点に選定することで,有望な設計パラメーター範囲を効率良く明確化する手法を開発した。さらに,この手法をエポキシ系接着材料の開発に適用し,所望の材料が得られる原料組成比の明確化に必要な実験回数を従来比約80%削減した。この技術は新規材料の開発だけでなく,既存材料や製造プロセスなどの改善といった様々な用途への適用が期待できる。

内出隼人/斉藤辰彦/追立真吾/平森将裕/田口進也

大規模言語モデル(Large Language Model:LLM)の進展によって,自然言語処理技術(Natural Language Processing:NLP)の実用化が急速に進んでいる。一方,モデルの大規模化に伴う計算コストやエネルギー消費の増大,データプライバシーの懸念,リアルタイム応答性の制約など,製造現場で運用する上で様々な問題が顕在化している。特に,生産ライン停止時の原因特定や対処手順の即時提示といった,生産性に直結する緊急性の高い場面では,限られた計算環境でのモデルの安定動作と高い応答性が求められる。
そこで三菱電機は,FA分野をはじめとする製造業ドメインに特化した小規模言語モデル(Small Language Model:SLM)を開発した。今回,継続事前学習,指示チューニングに加えて,限定されたデータ環境下でも効果的に学習できるアライメントを新たに検討した。その結果,パラメーター数18億個という,エッジデバイス上で動作可能なコンパクトなモデルでありながら,FA分野の知識の正誤を問うタスクで,正解率77.24%を実現できた。これによって,製造現場などの制約がある環境での生成AI活用範囲の拡大が期待できる。

菅原直樹

ラダー言語はPLC(Programmable Logic Controller)で制御する内容を記述するプログラミング言語であり,様々な設備の制御に使用されている。制御設計者が設備を改修する際にはラダー言語で記述された制御プログラム(以下“ラダープログラム”という。)を解読して処理内容を理解する必要があるが,この作業は負担が大きい。
そこで三菱電機は,LLM(Large Language Models)を用いてラダープログラムを解析し,処理内容の説明を生成する技術を開発した。ラダープログラムだけでなくPLCのログデータも合わせて解析し,信号の変化順にラダープログラムの処理内容を説明することが特長である。これによって設備内の機器の制御順序が分かりやすい説明になり,設計者のラダープログラム解読の負担を軽減できる。

森 敦弘/高品信秀/南口比呂/深井哲人

三菱電機では,製品の高性能化・高機能化の要になるLS(I Large Scale Integration:大規模集積回路)を社内開発している。近年,LSI製造プロセスの微細化やチップレット技術の進化によって,LSIに内蔵される回路は急激に大規模化の一途を辿(たど)り,増大する開発コストの削減が急務である。LSI開発はこれまでも自動化による開発効率化が進められてきたが,依然として熟練技術者の経験やノウハウが必要な工程が残っている。そこで熟練技術者への依存を解消するため,自然言語処理AIを活用することで,社内の膨大な設計資産を効率的に活用できる設計支援システムの構築に取り組んでいる。また,LSI開発に生成AIを活用できる技術者も育成している。

氏家達浩/横堀祐芽/高阪 翔/榊原正朗

生産現場でのAI運用は,生産性向上と品質安定化に大きな社会的意義を持つ。世界の製造業では,データ駆動型の意思決定やプロセス最適化にAIを導入する取組みが加速しているが,実際の生産ラインへの実装には課題が残る。
三菱電機は,加工・組立て・検査などの工場ライン作業への高効率AI運用技術を開発している。具体的には,樹脂成形の条件導出技術,機械加工パラメーターの自動最適化,溶接パラメーターの自動最適化など,製造プロセスの各段階でAIを適用することで,生産効率と品質の向上に取り組んでいる。これらの技術によって,製造業のデジタル変革を加速させて,持続可能な生産体制の構築に貢献する。

石橋祐太郎/宮下修治/深井哲人/中野智晴

三菱電機は,ものづくり領域での業務効率化を目的に,ECM(Engineering Chain Management),SCM(Supply Chain Management),DCM(Demand Chain Management)の各業務領域で,生成AIを活用した社内技術文書検索システムの構築とその全社展開に取り組んでいる。具体的には,RAG(Retrieval-Augmented Generation)を基盤とした検索プラットフォームをはじめとして,ソフトウエア開発での類似障害検索システム,LSI開発を支援するRAGベースの検索システム,AIを活用したコンタクトセンター基盤などの様々なソリューションを開発し,展開を推進している。これらの取組みによって,情報探索時間の削減,手戻りの抑制などの業務効率化を実現している。

尾﨑紀之/小森裕之/梅原友幸/長峯 基

近年,事業環境が大きく変化し,需要予測に基づく見込み生産から市場環境の変化に追従できるフレキシブルなものづくりへの変革が求められており,開発リードタイムの短縮が重要な事業課題の一つになっている。しかし,多くのソフトウエア開発現場では技術的負債の蓄積や開発環境の陳腐化が足かせになり,現場独力では改善が進まない現状があった。そこで三菱電機は,DevOps(注1),生成AI,セキュリティーなどに関する各種ツールを備えた当社グループでの統一したソフトウエア開発基盤“MelSecOps”を構築しグループ全体に展開することで,開発リードタイムの短縮を推進している。

(注1) ソフトウエアの開発リードタイム短縮・品質向上等のために,開発担当者と運用担当者が協力する手法や仕組み

鶴丸豊広

量子暗号(Quantum Cryptography)は,量子技術を利用した暗号方式であり,絶対に破れない暗号方式として知られる。
三菱電機は2000年前後から量子暗号の研究を開始し,装置実装と理論の両面で様々な成果を上げており,現在は理論研究に注力している。理論研究というと,実験結果を後追いで述べるだけと思われがちだが,量子暗号の場合は必ずしもそれにとどまらず,現実の量子暗号装置の性能向上やコスト削減に直接役に立つものである。

白尾瑞基/大畠伸夫

近年,LLM(Large Language Model)を代表とする生成AIの登場によって,マシンラーニングに必要な演算量が爆発的に増加し続けている。演算量の増加に伴って,AIデータセンターの電力も増加の一途をたどっており,大きな社会課題になっている。この課題に対する一つのソリューションとして,光電融合技術が注目を集めている。電気ICと光デバイスを小型に集積する光電コパッケージは,従来の光トランシーバーでは実現が難しい大容量通信と低消費電力化を実現できて,次世代のAIデータセンターでの導入が期待されている。