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第10回 製造・流通・小売業界のゲームチェンジ
〜モジュール化によって低コストで擬似チェーンを構築〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.10 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

日本のコンビニエンスストアはたいへん優れもので、いまや私たちの生活になくてはならないインフラとなっている。その一方、日用品や食品を扱う昔ながらの個人商店は、全国チェーンのコンビニやスーパー、ドラッグストアとの競争にのみこまれ、都市部を中心に姿を消しつつある。

だが、目を東南アジアやインドに転じれば、モダンなビルが立ち並ぶ都心の目抜き通りから徒歩数分の裏路地に入るだけで、いまも家族経営の「パパママストア」が残っていて、地元住民の日々の生活を支えている。

2022年9月30日公開

スマホで発注、近所の倉庫からバイク便で商品仕入れ

経済発展にわく東南アジアやインドは二極化していて、大型ショッピングセンターに行けば、そこに並ぶのはインターナショナルブランドばかりで、日本とほとんど変わらない。便利に、きれいになっていけば、ローカル色は希薄になり、どの国に行っても代わり映えのしない景色が広がることになる。現地を訪れた観光客が目にするのは、たいていこうした近代化された都市の姿だ。

だが、地元の人たちが日用品を買うのは、昔ながらのパパママストアが中心だ。あまりに急速に近代化されたため、淘汰されずにバリバリ現役で稼働していて、クリーンでモダンなビル群と同じ街で共存しているのだ。

  • ジャカルタ市内の日用品店(著者撮影)

これまでメーカー各社は、地元の個人商店でも売りやすいように、紙おむつを個包装にするなど、パッケージのしかたを工夫したり、各店舗を巡回しながら商品を補充し、仕入れ代金の一部を立て替えたりして、手厚い販売体制で売上を伸ばしてきた。ところがいまは、こうしたお店の店主もみなスマートフォンを持っていて、アプリで足りない商品や売れ筋商品を発注できる。その結果、在庫切れがなくなり、個人経営のパパママストアが一気に便利になってきた。

発注した商品を運ぶのは、バイクタクシーのドライバーたちだ。東南アジアやインドでは、自動車のライドシェアよりもバイクタクシーが普及し、街中の至るところをバイクタクシーが走っている。かれらは人も運ぶが、出前のように料理もデリバリーするし、バイク便のように店が仕入れる商品も運ぶ。

さらに、自宅や店舗の余ったスペースを倉庫として利用すれば、簡単に卸売業務を始められる。小さな店がたくさんあって、商品を運ぶ人たちもたくさんいて、あちこちに小さな倉庫があって、受発注と決済をつなげるスマホアプリがある。在庫が切れる前にアプリのボタンを押せば、近くにいるバイクタクシーのドライバーが最寄りの倉庫に行って、必要な品物を運んできてくれるという仕組みだ。

モジュール化によって全部を自前で用意しなくてもよくなった

それが可能になったのは、小売・物流・卸売というリアルな世界がモジュール化され、大きな資本がなくても、誰でも参入できるようになったからだ。本来、人を運ぶことで始まったバイクタクシーが、コロナ禍もあって料理を運ぶようになり、商品も運ぶようになった。もともと地元にあった個人商店がスマホによってつながり、経営主体はバラバラのまま、あたかもチェーンストアのような働きを見せるようになった。

インドネシアのワルンピンター(https://warungpintar.co.id/)は、そうした個人商店を50万店舗以上束ねている。日本の最大手コンビニチェーンでも2万店舗強ということを考えると、その数の多さが実感できる。ジャカルタに行けば、黄色い看板のキオスクがあちこちに見つかるはずだ。

  • ワルンピンターのユニットを導入した店舗。上に看板広告がある。こうした個人商店が50万店舗以上ある(著者撮影)

昔ながらの個人商店が立地も建物もそのまま、ワルンピンターが用意した黄色のキャビンをガチャンと置くだけで、それらしく生まれ変わる。元手がほとんどかからないから、商圏は小さくてかまわない。

商品をおいてもらうメーカーやサプライヤーにしてみれば、どの商品がどこでどれだけ売れているか、ダッシュボードで管理できる。いままでセールスが足で稼いできた情報がアプリ経由で簡単に入手できるので、浮いたお金を商品開発やプロモーションに積極投入できる。写真にある看板広告もそのひとつだ。

新商品を出すときに、こちらの5店舗とあちらの5店舗は条件が似ているから、別々のパッケージの商品を並べて、どちらが売れるかを調査する。リアルなABテストで商品開発を加速し、勝ちパターンが見えたら、それを一気に50万店舗に横展開するといった使い方も可能だ。

お店側にもさまざまなメリットがある。ポップや看板で広告収入があるだけでなく、この商品を多く売った上位何店舗にはインセンティブをプレゼント、ポイントを貯めると旅行にご招待、といった協賛パートナーのキャンペーンが並ぶ。他店と売上を競うゲーミフィケーションの要素が取り入れられているから、店主も自然と商売に熱が入るしかけだ。

モジュール化で日本の地方を活性化する

商品開発から在庫管理まで一気通貫で垂直統合された日本のコンビニは、圧倒的に便利で効率的だが、チェーンストアが成り立つためには、かなりの資本力が必要だ。新興国で、それと同じ仕組みをいまから構築するのは手間もコストもかかりすぎる。だから、各機能をモジュール化し、パーツを組み合わせて最適化する水平分業的なモデルが普及した。そしてそれは世界の趨勢でもある。

垂直統合は、系列と高度なすり合わせによってジャパンクオリティを実現し、世界を席巻したかつての日本メーカーの得意なビジネスモデルだった。だがその後、各パーツがモジュール化され、それぞれのレイヤーで圧倒的勝利を収めるグローバルプレイヤーが登場して、水平分業型のモデルが世界のスタンダードになった。それと同じことが、流通・小売の世界でも起きつつある。

コンビニを筆頭に、POS(販売時点情報管理)という高度な垂直統合システムが普及した日本は、スマホによるモジュール化という社会変革に出遅れた。チェーンストア網とPOSシステムを持たなかった新興国が、一足飛びにモバイル革命の恩恵を受けたのは、リープフロッグ現象そのもので、必然でもある。

このまま日本は取り残されてしまうのか。いや、希望はまだある。

ひとつは、地方の活性化だ。コンビニは、システムコストが高いため、ある程度の商圏人口がないと成り立たない。だが、田舎で暮らす高齢者にとって、数キロ先にしかないコンビニは、本当に「便利」な存在といえるだろうか。

細々と営業を続けている地元の商店や自宅の軒先で、近所の人たちを相手に商売するのに、大掛かりなシステムは必要ない。スマホがあって運ぶ人(近所の人がマイカーで出かけるついでにやればいい)がいれば、誰でも商売できるのだ。日本の田舎を豊かに守るのは、実はこうした水平分業の仕組みではないか。

もうひとつは、タクシーが便利かつ規制の問題でライドシェアがあまり普及しなかった日本でも、コロナ禍でようやく出てきた料理デリバリーの自転車やバイクの存在だ。運ぶ部分がモジュール化されれば、次に必要なのは、何を運ぶか、という視点だ。調理済みの料理を一般家庭に運ぶだけでなく、お店の仕入れにかかわる部分を担えないか。介護用品、レストランの食材、コーヒーショップ、クリーニング店などなど、さまざまな業態が考えられそうだ。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。