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読む宇宙旅行

2013年8月27日

「ものづくり天文学者」が牽引、すばる望遠鏡の「世界最高性能」デジカメ

新型デジカメで捉えたアンドロメダ銀河M31。従来の地上大型望遠鏡ではその姿を一度に捉えることができなかったが、HSCは広い天域を一度に撮影できる。また星一つ一つも鮮明に捉えられるのが特徴(提供:国立天文台)

新型デジカメで捉えたアンドロメダ銀河M31。従来の地上大型望遠鏡ではその姿を一度に捉えることができなかったが、HSCは広い天域を一度に撮影できる。また星一つ一つも鮮明に捉えられるのが特徴(提供:国立天文台)

 10年以上の開発期間を経て、日本の技術を結集して完成した「世界最高性能」の新型デジカメ(ハイパー・シュプリームカム=HSC)が国立天文台のすばる望遠鏡で開眼、観測を始めた。最大の特徴は「広い視野」で「高い解像度」を持つこと。大口径のすばる望遠鏡にこのデジカメを取り付けることで、宇宙の「遠く」まで「広い視野」を捉えながら星一つ一つを「鮮明に」撮るという、3拍子そろった観測が可能になった。

 HSCの製作は一人の天文学者の熱い想いがきっかけになっている。国立天文台の宮崎聡准教授だ。宮崎さんはHSCの一世代前のカメラ「シュプリームカム(SC)」の製作に携わっていた。SCは2001年4月から使われ、当時世界最高の探査能力で、宇宙の果てに近い銀河や暗黒物質の観測など様々な成果をあげている。

 その後、宇宙の膨張が従来の予想と異なり「加速度的な早さで膨脹している」ことが発見された。原因はわからず「ダークエネルギーで関係しているのでは?」と大問題になる。そこで宮崎さんは、SCを使ったダークエネルギーの謎に迫るための観測計画を検討する。しかし観測に50年以上かかることがわかった。50年は長すぎる。せめて5年にならないか。「それなら約10倍の効率、つまり10倍の視野を一度に見られるカメラを作るしかない!」と決断。2002年から新型カメラの技術検討に入ったのだ。

HSCは高さ3m、重さ3トン、8億7000万画素の巨大なデジタルカメラ。その全体を髪の毛よりも細い精度でコントロールし安定した観測姿勢を保つための主焦点ユニットを三菱電機が担当(提供:国立天文台)

HSCは高さ3m、重さ3トン、8億7000万画素の巨大なデジタルカメラ。その全体を髪の毛よりも細い精度でコントロールし安定した観測姿勢を保つための主焦点ユニットを三菱電機が担当(提供:国立天文台)

 宮崎さんは自らの手足を動かしながらHSC開発を率いてきた。例えば、遠い宇宙から届いた光を受け電気信号に変換する光センサー(CCD)は以前は米国製を使っていたが、HSCでは国立天文台と浜松ホトニクスなどが共同開発。国立天文台・先端技術センター内のクリーンルームで、116枚のCCD素子を1枚ずつ台座に並べていく作業を3人で行った際には、宮崎さんはその一人として約1週間にわたり1日約8時間、ち密な作業を行った。

 約10年の開発でもっとも大変だったのはこの時期だったという。CCD素子は感度が高いことが「売り」だが、それはセンサーを厚くすることで実現されている。厚くなると体積が増え、雑音となる暗電流が増える。この暗電流が観測の邪魔になるため、マイナス100度の真空容器に入れなければならなかった。搭載前の試験では問題ないのに、実際に真空容器にCCDを搭載すると、かなりの確率でCCDを壊してしまうのだ。試験の環境と組み立ての環境が異なることが原因だと推定されるが、最初はなかなか原因がわからなかった。

CCD素子を並べ真空装置に搭載が完了したところ。大仕事が終わり安堵する宮崎聡准教授

CCD素子を並べ真空装置に搭載が完了したところ。大仕事が終わり安堵する宮崎聡准教授

 何度も搭載の予行演習を繰り返し、搭載の方法を検討しなおすことで2011年11月、すべてのCCD素子を並べ真空容器に搭載することに成功した。これら様々な困難を乗り越えて、ついに満月約9個分、SCの約7~8倍という驚異的な視野を持つ世界最高性能の新型カメラは完成した。

 しかし、ここまで自作にこだわるのはなぜだろう。宮崎さんは「ダークエネルギーの残す信号は微小であり、信号の真偽を確信をもって判別するには、観測装置を自分たちで作り、評価し、その特性を完全に理解する必要がある」と言う。

 歴史的に見ても科学者、特に物理学者は知りたいことを知るための道具を自ら作り、独創的な発見を成し遂げてきた。宮崎さんは物理の研究室育ちであり、観測の手段である道具を自分で作るのは自然なことだという。だが天文台でそこまでやる人は多くはない。またプロジェクトが大型になり、技術がハイテク化するにつれて、科学者が装置製作に関わるのは難しいのでは?と宮崎さんに問うと、興味深い答えが返ってきた。

いよいよ、すばる望遠鏡搭載前の待機状態。カメラと並ぶ宮崎さん。

いよいよ、すばる望遠鏡搭載前の待機状態。カメラと並ぶ宮崎さん。

 「規模によります。予算が1000億円を超すNASAの火星探査機のような大型ミッションでは、あらゆるリスクを回避する対策を講じるために予算が大きくなり、体制が組まれます。いち天文研究者がモノづくりに貢献することはほぼないでしょう。しかし米国の大学では、小規模だけれど最先端のプロジェクトがいくつもあり、研究者が観測・実験装置作りをしています。学問が一流の先生は、モノづくりのセンスや技術力も一流であることが多く、とても感動します」

 宮崎さんは「HSCのカメラ作りは、ぎりぎり大学流の物作りが成立する規模だと思う」という。ご自身もモノづくり・学問の両方において一流を目指し邁進されているに違いない。

 道具はできた。いよいよ念願の観測が始まる。宮崎さんは2014年2月から5年計画で観測を始める。ダークエネルギーの正体に迫る観測に期待したい。