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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.28

ふたご座流星群がやってくる

僕は冬の夜の冷え冷えと澄んだ空気が好きだ。星を余計に美しく見せてくれるからである。子供のころ、冬の空にオリオンの三ツ星や北斗七星を探した思い出があるのは、僕だけではないだろう。夢だった天の川は、ついに子供のときには見ることが叶わなかった。

その冬の夜空、12月4日から17日まで、三大流星群の1つに数えられる「ふたご座流星群」が出現する。この時期、ふたご座はほぼ一晩中見えており、ふたご座が東の地平線近くを離れる夜9時くらいから流れ星が見えやすくなり、深夜2時には天頂付近に位置するふたご座から流れ星が降るようになる。極大時には1分間に1回程度、流れ星が流れると予想されており、その数の多さも「ふたご座流星群」の魅力である。

流れ星は、地球の大気中に突入する塵が燃える際に放つ光の筋である。

宇宙塵と呼ばれるこれらの小さな塵は、宇宙空間にたくさん飛び交っている。もともと宇宙塵は、彗星など重力の小さな小天体から放出された砂粒である。宇宙塵が地球に突入する方向は決まっておらず、様々な方向からやってくる。しかし、塵が彗星から放出したてのときには、その彗星の軌道の近くに塵が多くばらまかれている。この彗星の軌道を地球がたまたま横切れば、これらの塵が地球大気に一時に降り注ぎ「流星群」となる。

流星群は、地球に降り注ぐ星の欠片である。

今回は、「ふたご座流星群」にまつわる流星群余話をお話ししよう。

小天体フェートン

流星群には、母天体と呼ばれる塵の放出源の天体がある。「ふたご座流星群」の場合、母天体はフェートンと名づけられた小天体である。

あえて彗星と書かずに小天体と書いたのは、実は、このフェートンの素性が明らかでないことによる。

フェートンは現在、彗星であれば必ずある長い尾も、コマと呼ばれる彗星を取り巻くぼんやりした光も存在しない。その意味で、フェートンを彗星と呼ぶことはできず、厳密には小惑星に分類される。

しかし、フェートンの軌道と、「ふたご座流星群」を作る宇宙塵たちの軌道は、極めてよく一致しており、この塵たちがかつてフェートンから放出されたことは間違いない。

おそらく、フェートンは比較的最近まで、彗星のように塵を宇宙空間に放出する活動的な天体だったに違いない。その活動が今は止んで、見かけ上、小惑星のように活動の見られない天体になっているが、活動的だった時代に放出された塵は、まだその名残としてフェートンの軌道に多く残っているのである。

プエルトリコにあるアレシボ天文台が、2017年撮影したフェートン。直径は6キロメートルほどと推定されている。(提供:Arecibo observatory/NASA/NSF)

なぜフェートンは、その活動を終えてしまったのであろうか。

実は、この理由は定かではない。活動を終えたのか、あるいはちょっと気まぐれに休憩しているだけなのかもわからない。

枯渇彗星という天体

フェートンはなぜ活動を止めてしまったのか。有力な説は、フェートンはもともと彗星で、その表面近くの氷が今は蒸発し切ってしまったというものである。

彗星はもともと太陽系の外側、低温の領域からやってくる。太陽系の外側では水も二酸化炭素のようなガスも凍り付いてしまう。彗星は、そのような氷と岩石の砂粒がまざった“汚れた雪玉”のような天体である。

あるとき、この“汚れた雪玉”の1つであったフェートンは、彗星たちの巣からひょんなことではじき出され、太陽に近い軌道に入ってしまった。太陽に近づくとその光で暖められて”汚れた雪玉”の氷の部分が蒸発する。氷が蒸発してガス化する際に、いっしょに含まれていた砂粒の一部を宇宙空間に放り出すのである。

実際、NASAの探査機ディープ・インパクトは、テンペル第1彗星に370キログラムもの衝突体を人工的に衝突させ、彗星の内部を掘り返した。2005年のことである。そのとき、掘り返された内部に含まれていた氷が太陽にさらされて蒸発し、そのガスで表面の砂粒が加速されて宇宙空間に放り出されたことが観測されている。

フェートンでは、しばらくの間、表面付近の氷が蒸発を続けていたが、太陽の周りを何度も周るうちに、表面付近の氷は完全に蒸発して失われてしまう。すると表面は、残った砂粒が薄い層となりこれで覆われてしまう。すると、太陽の光は内部に差し込むことができず、氷の蒸発がなくなり活動が止まってしまう。

そのような氷成分を失ってしまった彗星を“枯渇彗星”と呼ぶ。ただし、枯渇彗星はあくまで想像上の天体であり、その実態が探査機によって調べられた例はない。

2005年、テンペル第1彗星に探査機ディープ・インパクトが衝突体を打ち込んだ瞬間の画像。明るい塵が放出されたあと、しばらくして氷が蒸発するガスで塵が加速されている。(提供:NASA/JPL)

ディスティニー・プラス

果たして、フェートンの活動は完全に止まっているのだろうか。フェートンは枯渇彗星なのだろうか。枯渇彗星とは、どのような姿かたちをしているのだろうか。

この謎多きフェートンに、日本の探査機が訪れることになっている。2024年に打ち上げが予定されているJAXAの探査機ディスティニー・プラスである。

ディスティニー・プラスは、「はやぶさ」のようにサンプルを地球に持ち帰るわけではない。代わりに、フェートンに最接近して詳細な写真をとり、今もわずかに放出されているかもしれない塵があれば、それを宇宙空間で採取して分析する。ディスティニー・プラスについては、打ち上げが近づいたころに改めてこのコラムで紹介するとしよう。

塵は岩石の成分でできているだろうが、ひょっとしたら有機物も含まれているかもしれない。彗星には、氷と同じように有機物も豊富に含まれている。このような有機物の多くは、フェートンが太陽に近づいたときの温度で変性してしまっているかもしれないが、それでも少しは残っているかもしれない。

宇宙塵は静かに降り積もる

フェートンのように太陽系の彼方の彗星の巣から地球の近くにやってきて、塵をまき散らかした天体は、太陽系の歴史のなかで見れば、数えきれないほど無数に存在していた。フェートンはそういった無数の天体の1つに過ぎない。しかし、そのような天体が、地球の近傍でどういう運命を辿るのか、また地球や生命にどういう役割を果たしたかを知る典型として、フェートンはきっと多くの知見を与えてくれるだろう。

地球の成層圏で回収された宇宙塵の電子顕微鏡写真。(提供:Donald E. Brownlee, University of Washington CC BY 1.0

彗星から宇宙空間に放出されて地球に突入した宇宙塵は、完全に大気中で燃え尽きるわけではない。燃え尽きる前に十分に減速され、大気を漂いながら、最終的に燃え残った一部が地上に到達する。

地球の成層圏では、飛行機でこのような大気を漂っている宇宙塵を捕まえる研究プロジェクトもある。成層圏に漂う宇宙塵には、有機物の量が30%にもなる超炭素質な宇宙塵もあるらしい。

南米チリ、アタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡では、生まれたての原始の星たちの周りに存在する円盤、そしてそのなかに含まれる有機物を観測することができる世界最高の電波望遠鏡である。

これまでのアルマ望遠鏡による円盤観測の結果、アミノ酸の前駆体や糖の材料となる有機分子も見つかっている。これら有機物は、おそらく原始の太陽系円盤にも同様に含まれ、彗星たちにも含まれていたであろう。そして、おそらくそこから放出される宇宙塵にも含まれていたに違いない。

南米チリ、アタカマ砂漠にあるALMA望遠鏡。パラボラアンテナは66台のうちの16台、電波をとらえる受信機は10種類のうち3種類を日本が開発している。(提供:国立天文台 CC BY 4.0

現在でも、宇宙塵は年間100万トンも地球上に降ってきている。単純に、地球全体の表面積で割ると、1平方メートル当たり数個から十個程度の宇宙塵の粒子が降り積もっている計算になる。

皆さんの頭や肩にも、宇宙塵は年間数個程度降り積もっている。僕の家のベランダはさして広くないが、それでも十数個くらいが年間で降り積もっていることになる。約40億年前の原始の地球には、現在の量の100万倍もの宇宙塵が降り注いでおり、これがもたらす有機物も生命の起源にとって重要であったと考える科学者もいる。そんなことを考えながら、僕は年末にもなればベランダを容赦なく掃除する。

余話が過ぎたようである。12月の「ふたご座流星群」、皆さんもこの美しい流れ星たちを観てみてはいかがだろうか。流れ星を見つめる皆さんの肩に、宇宙を旅したフェートンの粒子がそっと舞い降りてくるかもしれない。

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