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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.39

木星のカフェラテと塩

マルセイユは170万の人口を抱えるフランス第2の都市であり、古代ギリシャやローマ時代から地中海における交易中継地として栄えた歴史深い港町である。

先月、僕はこのマルセイユに数日滞在した。当地にて「ガリレオ衛星の起源と生命存在の可能性」と銘打った国際会議が開かれたためである。僕はその会議に招待され、講演を依頼された。

会場は、ナポレオン3世が建てたファロ宮殿内にあるエクス=マルセイユ大学の本部であった。街の中心にあるホテルから、ファロ宮殿までは歩いて20分ほどの距離である。途中、マルセイユ旧港に浮かぶ美しいヨット群を横目に見ながらしばらく歩く。朝夕は、歩くのにちょうどよい気候である。海から風が吹けば、日々の業務で煮詰まった僕の頭から、いろいろなものが吹き飛ばされていく感覚になる。

湾から眺めたファロ宮殿。(提供:Georges Seguin (Okki) CC BY-SA 3.0

参加者は5、60人といったところだろうか。国際会議としては、中規模の大きさといってよい。こういった規模の会議は、実は、科学者にとって重要である。期間中にたいていの参加者と話をすることができる規模であり、数日の間に何人かと夕食とワインを共にすれば、それだけで研究のネットワークが広がるからである。

とはいえ、「ガリレオ衛星」を愛してやまずに研究する科学者の数は、世界中から集めても、それほど多いわけではない。会議出席者のおよそ3分の1から半数はすでに知り合いであり、久しぶりに再会する懐かしい顔へのあいさつで初日の午前中は終わってしまう。

ジューノと木星の起源

僕の講演は初日の午後に予定されていた。

その初日の午前中にいくつか興味深い講演があったのでご紹介したい。それらは、ジューノ(JUNO)という木星探査機がもたらした成果についての講演であった。

ジューノはNASAの探査機であり、2016年以来、太陽系最大の惑星である木星にきわめて近い位置を周回し、その大気や磁場、重力を観測している。特に、地球からは見ることのできない木星の北極や南極を観測し、そこに隠された吹き荒れる嵐や妖艶な渦といったエキゾチックな姿を、僕らに届けてくれていた。

ジューノが撮影した木星南極の嵐。巨大な低気圧の渦があちこちに見える。(提供:NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Betsy Asher Hall/Gervasio Robles)

しかし、木星の大気の運動を探ることがジューノの最大の目的ではない。

ジューノの真の目的は、木星がどうやって形成したのか、その起源を探ることである。木星は太陽系最大の惑星であり、これが太陽系の最初期に形成し、原始太陽系内で移動したことで、現在の太陽系の惑星の全体像がデザインされた。

あるとき木星は、その強大な重力によって、原始惑星の軌道を乱して地球に衝突させる。このジャイアント・インパクトで地球に月がつくられる。また、別のときは、太陽系外側の低温領域にある無数の小天体群を重力で吹き飛ばす。これらが地球に衝突して水や大気が持ち込まれる。

これまでこのコラムでも何度か取り上げてきた、地球を“生命の惑星”たらしめた、これらのイベントを引き起こした張本人は、この木星だとされる。とはいえ、僕らが歩きながらも足もとの砂を蹴とばすのに気がつかないように、当の木星はおそらくジャイアント・インパクトを引き起こしたことも、小天体群を吹き飛ばしたことも意識していないに違いない。

カフェラテのコア

ジューノの真の目的である木星の起源について知りたければ、その内部深くを探る必要がある。というのも、木星は、その形成初期には、まず岩石や氷からなる原始惑星ができあがり、その後、そこに周囲の原始太陽系円盤のガスが大量かつ急速に集まり、現在のようなガスをまとった巨大ガス惑星に成長したと考えられている。したがって、木星がその最初期にどう形成したかを知りたければ、後で集まってきたガスのベールをすべて剥がして、かつて原始惑星だった、ガスのはるか奥に潜む岩石や氷の裸のコアを調べなければならない。

とはいえ、そんな木星の深部は恐るべき高圧と高温の世界であり、直接探査機が突入していくことは不可能である。探査機がいけない深部の情報は、木星の重力を精密に調べることで探ることになる。木星のコアはどのくらい大きいのか、その岩石と氷はどのくらいの割合なのかといったことは、重力場を測定することによって物理的に推定できるのである。

ジューノは、木星の起源について何を明らかにしたのだろうか。

長年の観測の結果、ジューノは、これまで提案されてきた木星の形成理論では、現在の観測を説明することができないということを明らかにした。つまり、どの理論も何かしら現実とは違うということがわかったのである。木星の内部には、岩石や氷の中心コアとそれを取り巻く水素といった明瞭な境があるわけではなく、ガスの成分である水素と岩石や氷とが、まるでミルクとエスプレッソのようにまじりあった、カフェラテのような奇妙なコアが存在していたのだった。

そのような木星のカフェラテのようなコアができるためには、これまでのような原始惑星をつくった後にガスを集めるのではなく、原始惑星がゆっくりと成長しながら、それと同時にガスも緩やかに集まることが必要かもしれない。つまり、最初からミルクとエスプレッソがゆっくりと混ざりながら木星ができるというものである。しかし、そんなにゆっくりと木星を作ることは、物理的に難題であるだけでなく、実は、リュウグウ試料や隕石が示唆する太陽系初期に木星が素早くできたという描像とは一致しない。

もう1つこのカフェラテのようなコアをつくる方法は、木星が従来理論のようにしてできあがってから、別の巨大な惑星が木星に衝突し、その岩石と氷のコアと水素のベールをひどくかき混ぜてしまうことである。こちらはいったん木星ができてから、エスプレッソとミルクを外的な要因でかき混ぜる方法である。しかしこちらも、そのような巨大な惑星を、木星形成後に衝突させることは容易ではないし、木星のガリレオ衛星たちも無傷ではいられないだろう。何らかの痕跡が衛星にも残るはずだが、そのような証拠はいまのところない。

ガニメデの塩

計画時、ジューノは2016年に木星の観測を始めて、2018年には探査を終了する予定であった。しかし、探査機や観測機器が健全であったため、期間を延長して観測が続けられた。2021年からは、その軌道を徐々に木星本体から遠方に広げてガリレオ衛星たちを観測し始めている。

ガニメデは、太陽系最大の衛星であり、ガリレオ衛星のなかでは、イオ、エウロパに次いで内側から3番目を周回している。日本もジュニア・パートナーとして加わるJUICE探査機が向かっているのもガニメデである(参照:第32回コラム「JUICE打ち上げ雑話」)。

ガニメデには、その内部に地下海があると考えられている。ジューノはガニメデに近づき、これまでにない近距離でその地表面を観測した。そして、表面の比較的新しい割れ目に、アンモニア塩や炭酸塩、有機物を発見したのである。

新しい氷の割れ目にこれらの塩があるということは、アンモニアや炭酸(二酸化炭素)がガニメデの内部、おそらく地下海に溶存していることを示唆する。そのような海水が氷地殻の割れ目を伝って地表に噴出した際、溶存成分がアンモニアや炭酸を含む塩となって残ったのであろう。

これは、木星やその衛星の起源を考えるうえで、新たなミステリーとなるだろう。

というのも、このことは、木星とその衛星が形成したのは、今よりずっと遠方の低温の領域だったことを示唆するからである。アンモニアや二酸化炭素がガニメデの地下海に含まれるということは、ガニメデをつくった材料物質にこれら分子が含まれていたと考えるのが自然であろう。しかし、アンモニアや二酸化炭素は、今の木星系の温度よりもずっと低温でなければ氷になってガニメデの材料物質に加わることができない。つまり、ガニメデに残っていたこれらの塩は、木星は今よりずっと遠方の低温領域で形成したことの痕跡だということになる。

しかし、なぜ木星が太陽系の外側遠方でできたことが問題になるのであろうか。実は、リュウグウ試料や隕石が物語るのは、太陽系の初期には、岩石質と炭素質の小天体群という明確な2つのグループがあり、それらがあまり混合されずに保存されているということである。多くの科学者は、木星が両グループの間に存在して、巨大な関門のように、重力的に両者の混合を妨げていたと考えている。もし、木星があまりに遠方で形成したのだとすると、関門の役割を果たすことができなくなってしまう。

カフェラテのようなコアといい、ガニメデの塩といい、従来の理論は大幅な修正を余儀なくされそうである。

ジューノが撮影したガニメデと木星。(提供:NASA YouTubeチャンネルより)

ジュピターとジューノの夫婦関係

僕は、自分の発表もさておき、ジューノの成果に聞き入っていた。

これまでの理論と矛盾する観測というのは、科学者を沸き立たせる。自分がそのミステリーの一端を解き明かせないかと考えを巡らせるのである。休憩時間や夕食時には、別の専門家に自分の考えをぶつけてみる。そうして、たくさんのアイデアが夜に生まれ、朝になって消えていく。

こういった研究会らしい研究会も、久しぶりかもしれない。コロナ禍では、こういった機会も限定的であった。

マルセイユでは、うれしい再会もあった。土星衛星エンセラダスの地下海にリン酸が濃集していることを、いっしょに突き止めたベルリン自由大学のフランク・ポストバーグ教授と、久しぶりに会うことができた(第34回コラム「エンセラダスと地球のシンクロニシティ」参照)。論文が出版された折、近いうちにビールでお祝いをしようと言い合っていたが、実現できていなかった。マルセイユでは、彼とビールを酌み交すことができた。

ジューノとは、古代ローマの神話の女神の名に由来するそうである。ローマ神話における主神であるジュピター(ユピテル、ギリシャ神話ではゼウス)の妻が、ジューノ(ユノ)である。ジュピターは、彼の悪心を覆い隠すために、自らの周りを雲のベールで覆い隠したらしいが、妻であるジューノだけは、そのベールを脱がして、ジュピターの本性を見ることができたという。

探査機の方のジューノは、果たして木星(ジュピター)の本性を見ることができたのであろうか。ベールを脱がしても、そこには新たな謎が潜んでいたとすれば、カフェラテと塩のように、現実はそんなに甘くはないのかもしれない。しかしむしろ、そちらの方がいかにも本当の夫婦の関係らしいともおもわないでもない。

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