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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.34

エンセラダスと地球のシンクロニシティ

話は、突然1本のメールが僕に届いたことから始まる。

ドイツ、ベルリン自由大学のフランク・ポストバーグ教授が連絡をくれたのである。

ポストバーグと僕は、10年来の共同研究の間柄にある。彼は、NASAのカッシーニ探査機に搭載された、ダスト分析器チームの中心人物である。土星の氷衛星エンセラダスの地下海から噴き出す海水を、このダスト分析器で分析し、海水成分を明らかにしてきた世界的な宇宙科学者である。

「最近、エンセラダスからの海水の粒子に奇妙なものを見つけたんだ。何だと思う?リンだよ。リンが海水に異常に濃集しているんだ。この話、興味あるかい?」

時を同じくして、僕らの研究室でも、全く独立にエンセラダスの海にはリンが高濃度で存在しているのかもしれないという実験データを得つつあった。

エンセラダスの海底にある岩石は、地球に落下する隕石のような組成だと推定されている。僕らは高価な隕石を購入して、惜しげもなくそれを粉末にした。これをエンセラダス模擬海水—アンモニアが溶けた炭酸水—と高温で反応させると、大量のリンが隕石から水に溶け出てきた。

発見と実験のシンクロニシティ。科学には、まれにこういった偶然の符合が起きる。

「何という幸運な偶然だろう。僕らもちょうど実験でエンセラダスではリンが豊富にあるかもしれないというデータを得ていたんだ!興味があるどころではないよ。なぜリンが濃集しているか、そのメカニズムを知りたいかい?」

そうして、僕らは論文を共同で執筆するに至った。内容は、「土星衛星エンセラダスの海にリンが異常に濃集している」というものであり、6月15日に科学誌ネイチャーに掲載された。今回は、このリン発見とその意義についてお話ししよう。

リンはなぜ重要か?

リンとは、実に奇妙な元素だといってよい。

その自然界での存在量の貧しさに比して、地球生命にとって重要でありすぎるのである。

「自己の複製」、「自己の維持」、「自己と外界との隔離」の3つが、生命を生命たらしめる要素だと古典的にはいわれる。地球生命において、これら3つの要素を担う物質全てにリンは使われている。いや、使われているというレベルのものでなく、リンを中心にこれらの物質が出来上がっているというべきであろうか。

「自己の複製」に必要な遺伝情報の保存や伝達を担うDNAやRNA(リボ核酸)、「自己の維持」のためのエネルギー源としてのATP(アデノシン三リン酸)、さらには「自己と外界との隔離」を行う細胞膜を構成するリン脂質。これら機能をもつ生体分子の根幹を成すのが、他でもないリンである。

他方、海洋でも湖でも、今の地球においてリンは極めて枯渇している。海洋であれば、1キログラムの海水に10万分の1グラムしか含まれていない。

当然、リンを必要とする地球生命は、この痛ましいほどに乏しい元素を、熾烈に奪い合っている。地球上どこにでもいる光合成生物にとっても、これは同様である。太陽光や水や二酸化炭素は豊富にありすぎるくらいにある。しかし、リンはそうはいかず、これを得られなかったら光合成生物の生存は立ち行かない。結果的に、地球上の多くの場所で、リンの量がボトルネックになり、そこに生息できる生物の量が規定される。

宇宙から知的生命が、僕らの地球を観察すれば、まず真っ先に思うだろう。

—なぜ、地球生命は乏しいリンをわざわざ使っているのだろうか、と。

DNA(デオキシリボ核酸)の構造の模式図。A、T、G、Cは核酸塩基、Sは糖、Pはリン酸をあらわす。リン酸と糖がDNAの二重らせん構造の骨格を成している。(提供:National Human Genome Research Institute

同じ疑問は、数多の生物学者や地球科学者たちも抱いてきた。これに答える仮説の1つとして、原始地球の生命誕生の場にはリンが濃集しており、その場に豊富にあったリンを使って生命の材料ができたというものがある。40億年以上経った今もなお、そのときの名残ともいうべき性質が、生命に濃厚にしみついているというのである。

しかし、そのリンが濃集した場とは、具体的にはいかなる環境だったのか。そのような環境が実際に見つからないかぎり、仮説は仮説にすぎない。

実際、今の地球をいくら眺めても、そのような環境は見つかりにくい。仮にそのような場があれば、生命はそこに大量発生し、根こそぎリンを使い倒してしまうだろう。

僕らは、リンが異常に濃集した環境を、なんと地球外の海に見つけたのだ。それはとりもなおさず、地球生命誕生の場に対して重大な示唆を与える発見である。

ハビタブル氷衛星—エンセラダス

リンが発見された舞台は、土星の衛星エンセラダスである。アストロバイオロジーに興味があれば、あるいはエンセラダスをご存知の方もおられよう。

エンセラダスは、直径500キロメートルほどの小さな土星の月である。土星には数多の氷の月があるが、そのうちの1つである。この月の氷の地面の下には、液体の地下海が存在する(参照:第8回コラム「オーシャン・ワールド — 太陽系外側の多様な海の世界」)。そして、その海水が表面の氷の割れ目の間を伝って、宇宙空間に噴水のように噴き出している。

土星の氷衛星エンセラダス地下海の想像図。氷でできた地殻の下に広大な地下海が広がる。地下海は岩石の海底と接し、氷の割れ目を通じて宇宙へと放出されている。(提供:NASA/JPL)

NASAのカッシーニ探査機は、2017年までこのエンセラダスを調査した。噴き出す海水のなかに何度も突入し、海水を採取してその場で分析を行った。人類にとって初めての「地球外海水」の採取である。

地下海には、何が含まれていたのか。それは地球の海と同じような塩分のほか、高濃度の炭酸(二酸化炭素)やアンモニアなどの溶存成分、さらには複雑な高分子の有機物が含まれることがわかった。海水のpHは10程度とアルカリ性の海であることもわかった。一方で、有機物の正体を明らかにする装置を搭載していなかったので、見つかった有機物が果たしてエンセラダスの微生物なのか未だわかっていない。

2015年には、僕はポストバーグらと一緒に、エンセラダスの海底に熱水噴出孔が現存することを明らかにした。熱水噴出孔とは、深海底の温泉のような場であり、高温の熱水が噴出し、周囲の岩石と化学反応している。地球において熱水噴出孔は生命誕生の場の有力候補であり、化学反応で生まれた成分は微生物の食糧、つまりエネルギーとなる。エンセラダスにおける熱水噴出孔の発見は、生命を育みうる環境が地球外に存在することの初めての実証であった。

僕がポストバーグに初めて会ったのは、2011年の灼熱のシンガポールで開かれた国際会議であった。彼はその会議で、エンセラダスの地下海から噴き出した粒子のなかに、シリカと呼ばれる鉱物を見つけたと講演した。シリカは、地球上では比較的ありふれた鉱物だが、宇宙においては極めてまれである。というのも、地球上では温泉や熱水噴出孔といった、岩石と水が高温で反応する場で作られるためである。

僕らが行っていた熱水実験の結果を使えば、エンセラダスの熱水噴出孔の温度を決められるかもしれない—そう直感して、講演後、その場で彼に話をした。すぐさま意気投合し、2015年に一緒に論文を出版し、その後も10年に及ぶ共同研究を続けている。

なぜリンは濃集しているのか

ポストバーグたちは、2017年にカッシーニ探査機が土星に突入し、ミッションが終了した後もデータ解析を続けていた。

驚くべきことに、彼らのダスト分析器は、エンセラダスの海から噴き出した粒子一つひとつについて、どのような成分が含まれているか明らかにすることができる。噴水まわりの無数の飛沫を思い浮かべれば容易に想像されることだが、これまでデータが取られた粒子の数は数百から数千と膨大にあり、一つひとつのデータに丁寧な解析を必要とする。そのため完全な解析に時間がかかる一方で、今でも思わぬ新発見がある。

彼らは地道なデータ解析の結果、エンセラダス海水には、地球海水の数千倍から数万倍の高濃度でリン酸が含まれていることを明らかにした。同時に、この異常濃集がどのような要因で起きたのかが、次なる問いとしてただちに立ち上がった。

この問いに答えたのが僕ら日本の研究チームである。冒頭に述べた実験の結果、リン濃集を引き起こした要因が、pH 10というアルカリ性かつ高炭酸濃度のエンセラダスの水環境にあることを突き止めた。

リンは、岩石中にリン酸塩という鉱物で含まれる。このリン酸塩がやっかいで、鉱物として極めて化学的強度が強いため、容易に水には溶けださない。ここに地球上でリンが枯渇する理由がある。

しかし、アルカリ性かつ高炭酸濃度というエンセラダス特有の水環境では話が変わる。この水環境ではリン酸塩が不安定になり、鉱物中のリンが溶けだして海水中の高濃度を実現するのである。このような水環境は、エンセラダスのみならず、天王星・海王星の衛星、冥王星の地下海、あるいは探査機「はやぶさ2」の訪れたリュウグウの母天体も含めて、ことごとく起きていると予想される。太陽系外側では、pHをアルカリ性にするアンモニアや、炭酸(二酸化炭素)も氷天体を作る材料に豊富に含まれ、海をアルカリ性かつ高炭酸濃度にするためである。

生命誕生の場とは?

エンセラダスが僕らに教えてくれたのは、アルカリ性かつ高炭酸濃度という水環境があれば、リンが海水に濃集することである。厚い二酸化炭素大気を持つ原始地球では、高炭酸の水環境は自然に実現されるだろう。しかし、アルカリ性の実現は多少難しい。

実は、現在の海洋においてもアルカリ性の水環境が実現する場所が、ローカルに存在する。それは「アルカリ熱水噴出孔」という場所である。一言で熱水噴出孔といっても、地球上には色々な種類のそれがある。有名かつ最もありふれたものは、「ブラックスモーカー」と呼ばれる黒い煙をもうもうと噴き出すものだが、そのような場のpHは極めて強い酸性であり適さない。

一方で、「ロストシティ」と呼ばれる熱水噴出孔では、「ブラックスモーカー」とは岩石の成分が異なり、水質はアルカリ性を呈する。見た目として、煙を噴き出すこともなく、いたって静かな熱水噴出孔である。「ロストシティ」のような場が原始地球に存在すれば、アルカリ性かつ高炭酸濃度という環境が実現し、必然的にリンも濃集しているだろう。

面白いことに、「ロストシティ」のような場は、進化生物学的にも有機化学的にも、生命の誕生に適した環境だと言われている。それは、現在でも原始的な微生物が生息し、かつ生命の材料になるような有機分子もそこで生成されやすく安定なためである。

地球の海底熱水噴出孔の画像。ブラックスモーカー(上)とロストシティ(下)の比較。鉄と硫黄に富む煙を噴き出すブラックスモーカーと、9メートルにもなる炭酸塩のチムニー(煙突)を持つロストシティ。(提供(上):W.R. Normak, USGS/(下):Susan Lang, U. of SC. / NSF / ROV Jason / 2018/WHOI CC BY-SA 4.0

エンセラダスの探査と、進化生物学・有機化学とのシンクロニシティ。宇宙と地球の知見が偶然にも符合した。あるいは、これは必然か。必然であるならば、僕らは、アルカリ熱水噴出孔で生まれた生命の末裔に他ならない。

一方で、エンセラダスの生命についてはどうであろう。リンが濃集した水環境と熱水噴出孔の存在は、エンセラダスでも、地球に似たリンを使った生命の誕生を期待させる。物質的に地球に類似した生命を宿しているかもしれない点、そして、その海水が宇宙に噴出し、探査機で捕獲可能である点、エンセラダスの魅力は他の天体に類を見ない。

しかし、もし生命がいるならば、なぜリンが濃集したままなのかという問いは残る。地球にリンが濃集する場があれば、生命が大量に繁殖し、これをたちどころに消費してしまうだろう。いわば、会議室のテーブルに豪華な料理が残っている状態だとも言える。それを見て、僕らはその会議室に人がいると考えるだろうか。

果たして、エンセラダスは生命のいない「ライフレス」な天体なのだろうか。これについて、僕には1つ面白いアイデアがあるが、これはまた別の話に。

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