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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.43

見かけによらぬ衛星

人は見かけによらぬもの、と思うことがたまにある。

大学に勤める僕は、職業柄、そう思う機会が人より多いかもしれない。

毎年3月になると何人かが研究室を去り、4月になれば新たな若者が加わる。そういった人的な動的平衡のなかで研究室は維持されている。

若者のなかには、見た目からはうかがい知れない何ものかをその内に秘めていることがあり、ふとしたきっかけで、その内なるものが垣間見えることがある。多くの場合、それは喜ばしい発見である。そのような発見ができることを、僕は大学研究者の持ちうる幸福の1つに数えてよいと思っている。

先月、見かけによらぬ、と思う発見と驚きがあった。ただし、これは人に対してではなく、太陽系の天体の見かけに対してであった。

天体の見かけとは、宇宙から眺めた天体の姿に他ならない。それは、地表面であり、もし天体が大気を持てば、その大気を含んだ表層環境ということになる。

国際宇宙ステーションから見た地球。都市やオーロラ、雲や雷がみえる。(提供:ESA/NASA)

天体の顔ともいえる地表面には様々な歴史が刻印されるという面白さがある。

かつて小天体の重爆撃を受けていれば、地表は無数のクレーターに覆われる。あるいは、火山や地溝帯があれば、天体内部にマグマ活動があったことがわかる。火星のように、川や海の地形があれば、砂漠のようなこの惑星が、かつて水の惑星であったことを知ることができる。あるいは、地球に科学技術に立脚した文明社会があることは、屹立する人工建造物や、夜の都市群から煌々と光が発せられていることからもそれが伺い知れる。

さて今回、僕が見かけによらぬと思った天体とは、土星の衛星ミマスである。皆さんのほとんどが、ミマスという天体を初めて聞いたに違いない。

ミマスとエンセラダス

ここに2つの月がある。皆さんはこれらの見かけにどんな印象を持つだろうか。

探査機カッシーニが撮影したミマスとエンセラダス。(提供:NASA/JPL-Caltech)

1つは、大小のクレーターで覆われたデコボコの表面を持つ氷天体。色は鈍い銀色であり、ところどころ白っぽい領域が、クレーターの縁から覗いている。

もう1つは、真っ白に輝く表面で、デコボコはほとんどない天体。のっぺりとした氷の地表面に幾筋もの割れ目が走っている。

前者がミマス、後者がエンセラダス、共に土星の氷衛星、隣同士に位置して大きさもほとんど同じ双子のような天体である。

皆さんは、ミマスから荒々しさを、エンセラダスからは優美さを感じるだろうか。あるいは、ミマスからは無機質な何かを、エンセラダスからは有機的な何かを感じるかもしれない。

軌道的にほとんど差がない両者へ、衝突した小天体の数に違いがあろうはずがない。両者とも、過去には無数の天体衝突を経験した。このことはミマスのクレーターだらけの地表面から伺い知れる。

しかしエンセラダスでは、無数の天体衝突で生まれたはずのクレーターがあまり残っていない。それは、クレーターが後の時代の表面更新で消されてしまったためである。表面更新とは、内部から流動的なものが湧き出し、あるいは地面が流動化し、クレーターなどを埋めてのっぺりした姿にしてしまうことである。この意味において、エンセラダスは“生きた”天体だといってよい。同様に地質的に“生きた”天体に、木星の衛星エウロパがある。

この“生きた”という表現は、比喩上の表現に留まらない。エンセラダスの氷の下には、地下海と呼ばれる海があり、この海には熱水噴出孔があり、地球生命必須元素も豊富に溶けており、“生きた”生命を育む環境が完全に整っている(参照:第34回コラム「エンセラダスと地球のシンクロニシティ」)。

“生きた”天体には、熱のエネルギーがあり、物質の循環があり、化学反応が起きている。地表面が更新されるのはエネルギーや循環や反応が、この天体に確かに存在することの証左である。エネルギーや循環や反応といったものは生命の本質であり、天体が生命を育むために欠かすことができない要素といえる。“生きた”生命は、地質的に“生きた”天体に宿るのである。

一方でミマスは、40億年以上、現在の表面を宇宙空間にさらし続け、表面更新は起きていない。エネルギーや循環や反応を感じさせない。エンセラダスの対極にある“死んだ”天体であるミマスは、その見かけから判断して、生命はおろか地下海の可能性さえ望むべくもないだろう。

ミマスの秤動

先月2月にNature誌に発表された論文は、このようなミマスの見かけによる予想、あるいは先入観を完全に裏切る内容であった。ミマスの地下には、エンセラダスと同様に地下海が存在することが明らかになったのである。

地下海の存在を明らかにしたのは、ミマスの秤動(ひょうどう)の観測による。ミマスは、地球の月と同じように、土星に同じ面を向けて公転している。しかし厳密にいえば、完全にずっと同じ面を向けているわけではなく、土星や他の衛星の重力でごくわずかに土星に向けている面が揺れ動く。これを秤動という。

ミマスの内部が凍結している場合、秤動はごく微小になる。土星や他の衛星の重力の影響は小さく、内部まで含めたミマス全体の質量を大きく揺り動かすには至らない。

一方で、ミマスの地表面と内部との間に地下海があり、両者が完全に分離していれば、土星や他の衛星の重力の影響が小さくとも、質量の小さな地表面のみを動かしうる。

地球の月に関する秤動のシミュレーション。地球に対して同じ面を向けているが、わずかに揺らいでいることがわかる。(提供:Tom Tuen)

ちょうど、プールに浮かべたビート板を想像するとよい。プールの水が完全に凍結していれば、ビート板をわずかな力で動かすことはできないが、プールの水が溶けていれば、指先の力だけでもビート板を揺らすことができる。

フランスの研究チームは、土星探査機カッシーニが撮影したミマスの画像を丹念に解析し、その秤動が大きいことを示した。この大きなミマスの秤動は、地下海が存在している以外で説明することはできない。

また秤動の大きさから、地下海の厚さ、氷の地殻の厚さも計算される。それによるとエンセラダスとミマスは、ほとんど同じ地下海の厚さ、氷地殻の厚さであることがわかった。つまり、地表面は全く違うが、内部という意味で両者は双子のごとく瓜二つだったわけである。

ミマスの海はいつ生まれたか

何がミマスの内部を暖めて、地下海を作ってるのだろか。なぜミマスとエンセラダスは内部の類似性に比して、見かけがここまで違うのであろうか。

前者については、潮汐加熱と呼ばれる加熱が地下海を形成する。ミマスやエンセラダスは、土星の周りをわずかに楕円軌道で周回する。すると、土星に近い位置では土星の重力に引っ張られて天体が大きく歪み、土星に遠い位置では球に戻るといった変形を繰り返す。これによって、天体内部が摩擦を受けて加熱される。

一方で、内部が加熱されると、天体の軌道はエネルギーを失い、時間をかけてより安定な円軌道になろうとする。軌道が円軌道に近づくと、今度は潮汐加熱が効果的でなくなる。天体が完全な円軌道であれば、天体内部の形が時間変化しなくなるからである。円軌道に近づいた天体の内部では、潮汐加熱が弱くなり地下海が徐々に凍結していく。すると、また潮汐加熱によるエネルギーの散逸が小さくなり、軌道は再び楕円に戻っていく。

つまり簡単にいえば、潮汐加熱も、衛星の軌道も、地下海の厚さも、すべてが連動して、時間とともに進化していく。逆にいえば、現在の加熱や軌道、地下海の厚さがわかれば、この時間進化を進めた未来や、あるいは時間を逆戻しした過去を、物理的に推定できる。

ミマス内部に海を発見した研究チームは、この時間を逆戻しした計算を行った。すると、今から200万年前から2000万年前には、ミマスの軌道は今よりずっと大きな楕円軌道になり、地下海は消滅してしまう。この計算結果は、ミマスの海が形成したのは、200〜2000万年前であったことを明確に示している。200〜2000万年前といえば、地球上でも哺乳類が闊歩し、おおまかにアフリカで猿人が誕生したような時代である。太陽系の歴史で見れば極めて最近といってよい。

ミマスの内部では、今まさに氷の融解や海の形成が現在進行中という状態にある。その内部の海が地表に顔を出したり、表面更新をしたりするにはもう少し時間が必要であり、あと数100万年ほど経過すれば、ミマスはエンセラダスのごとき見かけを手に入れるに相違ない。

エンセラダスに生命を期待できるか

さてここまで、ミマスにごく最近海が誕生したことがわかったわけだが、未解決の謎も残っている。それは、200〜2000万年前に、何が起きてミマスの軌道を大きな楕円にしたのかという問題である。何かが引き金になり、ミマスが楕円軌道になり海が生まれたのであれば、この引き金こそがすべての根本原因ということになる。

この引き金として、面白くも有力な説は、ミマスの他に失われたもう1つのよく似た衛星があったというものである。つまり、ミマスとエンセラダスは双子ではなく、三つ子だったという考えである。

その失われた三つ子の衛星は、200〜2000万年前に、土星に近づきすぎてバラバラに分裂し土星に衝突する。バラバラになった衛星の欠片が、土星のリングとなる。衛星が失われると、今までバランスを取っていたミマスとエンセラダスの軌道も大きく乱される。ミマスもエンセラダスも軌道がいびつな楕円となり、巨大な潮汐加熱が発生して両者に地下海が生まれる。より大きな楕円軌道となったエンセラダスでは先に表面更新が起き、地下海が宇宙に噴出する。ミマスでは今後将来それが起きることになる。

探査機カッシーニが撮影した土星の妖艶なリング。(提供:NASA/JPL-Caltech)

もしそうであれば、土星にリングがある理由、ミマスやエンセラダスに海がある理由、さらに、エンセラダスで現在も熱水活動に起因した化学反応が起き続けている理由など、すべてが一連の出来事として、美しくも整合的に説明される。

一方でその場合、エンセラダスの海洋もミマス同様、たかだか2000万年前に誕生したということになる。はたして2000万年というのは、生命が誕生するのに十分な時間だろうか。エンセラダスに生命の存在を、僕らは無邪気に期待できるのだろうか。

あるいは、もしそんなエンセラダスに生命を発見できたとすればどうであろう。複雑に見える生命は、その見かけによらず、案外短時間で誕生しうるものなのかもしれない。そういうあたり、天体と生命の誕生や死を連続的かつ多面的にとらえる上で、今回のミマスは新たな楽しみを与えてくれるものといえよう。

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