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読む宇宙旅行

2014年4月24日

宇宙創生時の急膨脹「インフレーション」の
証拠写真を撮る日

 難しい。しかし少しわかると面白い。何より知りたい。それが「宇宙がどうやって生まれたか」という大テーマだ。今、この分野が非常にアツイ。なぜなら、理論のみで考えられていた宇宙開闢の瞬間について、「証拠写真」が得られようとしているからだ。

 宇宙が超高温、超高密度の「火の玉」のような状態で始まったというビッグバン理論は聞いたことがあるだろう。しかしビッグバンが宇宙の始まりではない。「インフレーション」(急膨張)と呼ばれる前段階がある。「無」の状態から素粒子より小さな宇宙が生まれ、まばたきより短いごく一瞬の間に急激に膨張して「火の玉」になった。1980年に佐藤勝彦博士(現在自然科学研究機構長)が世界で初めてこの理論について論文を投稿(掲載は1981年)、アラン・グース博士が続いて発表した論文で「インフレーション」と表現した。

 佐藤博士が最初に公式の場で発表したのは1980年3月、イタリアのシシリー島で行われた宇宙物理の学会だった。しかしまわりの研究者の反応は鈍かったという。「宇宙誕生後10のマイナス36秒後に起こった話であり、そんなことが言えるかなぁ、観測できるのかという感じでした」と佐藤博士は笑う。博士自身も「観測で証明するのは難しいだろう」と思っていた。しかし、観測不可能だと思っていた「証拠」が2014年3月に発見されたのだ!

宇宙は「無」の状態から急膨張(インフレーション)し、ビッグバンに至ったと考えられている。インフレーションが起こる時に原始重力波が放たれ、 CMB(宇宙背景放射)に渦巻き模様が「刻印」として刻まれると予想、世界中が一番乗りの観測を競っていた。(提供:KEK/CMBグループ)

宇宙は「無」の状態から急膨張(インフレーション)し、ビッグバンに至ったと考えられている。インフレーションが起こる時に原始重力波が放たれ、 CMB(宇宙背景放射)に渦巻き模様が「刻印」として刻まれると予想、世界中が一番乗りの観測を競っていた。
(提供:KEK/CMBグループ)

 鍵となるのは「重力波」。質量があるものが動くことで空間と時間にゆがみを与え、ゆがみが波のように伝わる現象だ。インフレーションが起こった際に「原始重力波」が放出されることが予言されていて、その証拠を最初にキャッチしようと世界中の観測チームが熾烈な競争を繰り広げていた。2014年3月、世界に先駆けて観測成果を発表したのはハーバード・スミソニアン天体物理学センターなどの「BICEP(バイセップ)2」チーム。南極に設置した望遠鏡で観測を行った。

今回発見されたインフレーション理論の証拠。インフレーション時に放たれた原始重力波が渦巻き状のパターンを生じさせている(提供:The BICEP2 Collaboration)

今回発見されたインフレーション理論の証拠。インフレーション時に放たれた原始重力波が渦巻き状のパターンを生じさせている(提供:The BICEP2 Collaboration)

 ただし、今回観測したのは原始重力波そのものではない。原始重力波の「刻印」、つまり証拠だ。重力波の信号はとても小さく(地球−太陽間の距離で水素原子一個分が変化するほど)、世界のどこも直接の観測には成功していない。では何を観測したのか?と言えば宇宙誕生38万年後に放たれた「宇宙背景放射(CMB)」だ。宇宙背景放射は人類が観測できる電磁波でもっとも古い宇宙から放たれる「光の化石」のようなもの。その宇宙背景放射に原始重力波の影響で作られると予言されていた、渦巻きのようなパターン(Bモード)が見出されたのだ。

 「宇宙背景放射」と「原始重力波」の関係はややわかりにくいが、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の羽澄昌史教授は「川面」に例えて説明する。宇宙背景放射という川面に渦があることを知れば、川底(原始重力波)が直接見えなくても、川底がどんなふうに凸凹しているかがわかる。つまり原始重力波による「空間の歪み」が分かってくると。

 今回見つかった重力波の凸凹度は従来考えられていたよりも大きかった。この観測結果には佐藤博士も驚いたという。ただしバイセップ2の観測は天空の約1%。確定的かどうか疑問が残るところであり、現在、世界中の科学者がこぞって追試に当たる。戦国時代のように観測競争が激化しているそうだ。

日本や米国など5カ国が参加する「POLABEAR」プロジェクトはBICEP(バイセップ)2グループと競いながらチリ・アタカマで、原始重力波の刻印を探す。(提供:KEK/POLARBEARコラボレーション)

日本や米国など5カ国が参加する「POLABEAR」プロジェクトはBICEP(バイセップ)2グループと競いながらチリ・アタカマで、原始重力波の刻印を探す。(提供:KEK/POLARBEARコラボレーション)

 日本の観測の中心人物が前述した羽澄昌史教授。米国、日本など5カ国が参加する「POLARBEAR」プロジェクトで2012年から観測を開始した。2015年度からはKEKが中心となり、「POLARBEAR-2」をスタートさせる予定だ。チリ・アタカマがその舞台だ。さらに衛星計画「LiteBIRD」も2020年代初頭の観測開始を目標に進める。空気に邪魔されない宇宙では感度が桁違いにあがる。全天にわたる精密な観測は、人類の世界像を根底から覆すような知見をもたらす可能性があるそうだ。

 羽澄教授は元々、素粒子の加速器実験の専門家だった。KEKのBファクトリーの実験で検出器を開発、解析グループのリーダーも務めた。Bファクトリーは小林・益川両博士が予言した通りの実験結果を得て2008年、両博士のノーベル物理学賞につながった。理論を確実に裏付ける「実験屋」の存在あっての受賞だ。そして今、宇宙に挑戦する。「加速器実験の技術は宇宙背景放射観測実験と驚くほどマッチングがいい」と観測の成否を握る超伝導検出器システムの開発にもあたる。是非、佐藤博士のノーベル賞受賞につながる観測を期待したい。

 一方、重力波の直接検出についても、国立天文台などが重力波望遠鏡衛星計画を進めている。今後、インフレーション理論を裏付ける証拠や新たな発見が次々出てくるだろう。佐藤勝彦博士は「物理学者はこの世界は物理法則に従っている、と『物理法則ありき』で物事を考えます。私も(1980年頃は)宇宙を説明できる理論を出すことに集中していました。でも今はインフレーションの瞬間を重力波で写真に撮ってほしいという夢を持っています」と言う。

 人類が宇宙開闢の瞬間を目にできるかもしれない。ものすごく刺激的な時代に私たちは生きている。その瞬間とはいったいどのようなものなのか。1992年、NASAはCOBE衛星が観測した宇宙背景放射全天図を発表、今の銀河の「種」となる、温度のゆらぎが世界で初めて観測された。この成果で 2006年にノーベル賞を受賞したジョージ・スムート氏は、画像について「神の顔を見た」と表現した。もし、インフレーションの瞬間を写真に撮ることができれば、神の「表情」を目にすることになるだろう。