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読む宇宙旅行

2014年4月10日

世界最高精度の「全世界3D地図」が地球の命を救う

 今、日本の宇宙開発の合い言葉は「宇宙利用の拡大」だ。宇宙開発の恩恵を地上の人々に目に見える形で、役立てられるようにしようと。すでに天気予報に用いられる気象衛星やカーナビなどに使われる測位衛星、放送衛星などは生活に不可欠となっているが、新しく画期的なサービスが3月に発表された。世界最高精度の「全世界デジタル3D地図」だ。世界中で頻発する自然災害から被害を最小限に防ぐ「ハザードマップ」作りや、地下の水資源を探すなど、「命を救うためのツール」として活用できるという。

 何が画期的なのか、と言えば「精度」だ。これまで、全世界3D地図は米国が2000年、毛利飛行士が搭乗したスペースシャトルで観測した90m解像度のもの(2003年公開)、日米が共同で観測した衛星画像による30m解像度のもの(2009年公開)があった。今回発表されたのは、一気にジャンプした5mの解像度で世界中をくまなくカバー。この精度での3D地図はもちろん、「世界初」だ。

3D地図の利用の一例。洪水・津波危険エリアの把握ができる。(提供:NTTDATA, RESTEC Included, JAXA)

3D地図の利用の一例。洪水・津波危険エリアの把握ができる。(提供:NTTDATA, RESTEC Included, JAXA)

 3D地図作成には地球観測衛星「だいち」立体視センサPRISMが2006年~2011年に撮影した約300万枚の画像を活用。従来、1枚の立体画像を作るには時間と労力がかかっていた。JAXAとリモート・センシング技術センター(RESTEC)が大量の画像データからノイズを取り除き自動的に精度の高い3D地図を作るアルゴリズムの開発に成功し、今回のサービス提供につながった。

 JAXAから委託されて、RESTECと共に3D地図の作成を行うNTTデータの筒井健さんは「3D地図は国家の基盤情報。その情報をもとに都市計画や防災計画が立てられます。日本では国土地理院が5~10m解像度の3D地図情報を持っているため、例えば洪水等の自然災害時もあらかじめ作成されたハザードマップにより避難指示を出し、被害拡大を防ぐことができます。しかしアジア、アフリカなどの新興国では詳細な地図が整備されておらず、甚大な被害を受けています。世界中で日本に近い精度の3D地図情報が得られるようになるのは、画期的なことです」という。

 道路や橋などのインフラ整備を急ピッチで進める新興国にとって「地図は国家なり」と言えるだろう。いかに早く先進国並みに3D地図情報を整えるか。従来は航空機を飛ばして対象地域の写真を撮り地図を作っていたが時間とコストがかかる。一方、定期的に宇宙から観測を行う人工衛星の画像を使えば「早く、安く」精度の良い3D地図が整備できると筒井さんは説明する。

「だいち」データからフィリピンのマヨン火山の泥流をシミュレーションしたのが左の図の結果もふまえて泥流ハザードマップが作られた例。黄色、紫、赤の順番で警戒の度合いが強まる。2009年噴火時には避難に役立てられた。(マップ:フィリピン地震火山研究所(PHIVOLCS)作成)(提供:ALOS DEM,JAXA)

「だいち」データからフィリピン・マヨン火山の泥流をシミュレーションしたのが左の図。その結果をふまえ泥流ハザードマップが作られたのが右の図。黄色、紫、赤の順番で警戒の度合いが強まる。2009年噴火時には避難に役立てられた。
(マップ:フィリピン地震火山研究所(PHIVOLCS)作成)(提供:ALOS DEM,JAXA)

 具体的にどんなふうに3D地図が活用できるのか。例えば山沿いに道路を切り開く場合、崖崩れの危険性がある場所を特定し、その場所を通らない道路計画に活用できる。また、実際に3D地図が自然災害に活用された例ではフィリピンのマヨン山噴火への対応がある。フィリピン地震火山研究所の依頼を受け、日本は「だいち」3D情報を提供し、マヨン山噴火時の火山泥流ハザードマップが作成・更新された。そのマップが2009年12月14日の噴火時に4万人以上の住民への避難指示に活用されたのだ。精度の良い地図情報が住民の命を救った好例であり、同様の展開が世界中で期待される。

タンザニア・タボラ州北東地区での地下水資源探査。90m解像度の3D地図。(上)では抽出が難しかった直線状の地形が、「だいち」の10m解像度3D地図(下)ではくっきりと浮かび上がった。(Prepared by ESS)

タンザニア・タボラ州北東地区での地下水資源探査。90m解像度の3D地図。(上)では抽出が難しかった直線状の地形が、「だいち」の10m解像度3D地図(下)ではくっきりと浮かび上がった。(Prepared by ESS)

 また3D地図サービス開始前の調査で有効性が確認されたのが、資源探査だ。例えばアフリカ諸国では増え続ける人口に対し地下水の開発が急務となっているが、広大な大地の中でどこを掘れば水があるか探し出すのは難しい。地下水がある場所は直線状の地形として現れることが多いが、従来の90m解像度の3D地図では抽出が難しかった。しかし今回のデータを使って解析を行ったところ、目指す地形がくっきり浮かび上がった。今年5月には、この結果に基づいて、実際の井戸掘削が行われる予定だ。地表を細かく知ることは、地下を知ることにもつながるのだ。

 気になるのは「価格」。1平方キロメートルあたり200円~で販売する。日本全土では8千万円程度だそうだが、従来の3D地図に比べて4分の1~5分の1の価格とのこと。NTTデータとRESTECは今後2016年度までに15億円の売り上げを目指す。4分の3は新興国の国家基盤地図用途、4分の1がそれ以外の防災、資源、ナビゲーション用途などを見込んでいるという。

 需要の高い地域の3D地図からサービスを開始、2016年3月に全世界の3D地図が完成する。意外だったのは国内からの反響も大きかったこと。「地形調査や、防災計画に役立てたい、景勝地のビジュアルな3Dデータが欲しいなど面白いニーズが国内外から数多くありました。細かい地形を最新データで見たいという方が予想以上に多いことを実感しました」(筒井さんとRESTECの石館和奈さん)

 「だいち」は位置精度が非常に高く、「質の高い3D地図」が売りだ。日本の高い技術ときめ細やかなサービスで、世界に基盤地図情報が提供される。地図作りの現場では、細かなアルゴリズムの改良作業や、どこの地域を先に3D化するかなど計画管理の難しさに追われているようだが、世界の3D地図が「だいち」で上書きされる日は遠くない。5月末に打ち上げ予定の「だいち2」のデータも将来的に3D地図に使い、進化させていくそうだ。