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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙飛行士の約半数に「視力の変化」—日本大学 岩崎賢一教授に聞く

大西卓哉宇宙飛行士の宇宙滞在が始まった。国際宇宙ステーション(ISS)到着直後は宇宙酔いや背骨の痛みをレポートしていたが、滞在約10日となる7月19日の記者会見では、「すっかり適応しました」と元気そう。ここ数日は医学実験に忙しそうだ。それもそのはず、人類が将来、月や火星に降り立つには、解決すべき様々な課題がある。その一つが「眼」の問題だ。金井宣茂宇宙飛行士に昨年インタビューした際、宇宙での視力の変化がホットな話題だと聞いた。宇宙大好きミュージシャン、矢野顕子さんは常にNASAのウェブサイトを読み込んでいて「眼の問題が解決されない限り火星有人飛行は難しいんじゃないかな」と情報をくださった。これは専門医に取材しないと!と決意。いったい宇宙で眼に何が起こっているのか。解決策はあるのか。そして私たちはさらに遠くの宇宙に進出できるのか。こんな疑問を抱き、宇宙飛行士を対象に眼の変化について現在進行形で研究中である、日本大学の岩崎賢一教授を訪ねた。

国際宇宙ステーションで目の検査(眼圧測定)をするNASA宇宙飛行士。視力の変化はホットな話題だけに、宇宙飛行士は宇宙飛行前から飛行中、飛行後と様々な装置を使って様々な実験(その数は数十にも上るという)に参加し、データを提供する。(提供:NASA)

宇宙に行くと「近くが見えにくくなる」

まず、宇宙に行くと「見え方」はどう変化するのか?岩崎教授に聞いた。

「一口に視力低下というのとはちょっと違います。多くの宇宙飛行士が、遠くが見えやすく、近くが見えにくくなると報告しています。人によって見えやすい距離がそれぞれ違いますが、例えば近視の人の場合は近くが見えていたのが、ちょっと遠くが見えやすくなる。遠視の人の場合はより遠くしか見えなくなるので、結果的に近くが見えにくくなるのです」

近くが見えにくくなるということは、感覚的に老眼みたいな感じ?と聞けば、そうではないらしい。老眼では「調節能力の幅」が狭くなる。たとえば近くが見えやすい人は「近くだけ」が見えて、遠くが見えにくくなるのだ。一方、宇宙では調節能力の幅が変わるのではなくて、「より遠く」が見えやすくなる。逆に言えば「近くが見えにくくなる」ことが、わかりやすい症状として出てくるそうだ。

NASAジョンソン宇宙センターで、実験準備中の日本大学・岩崎賢一教授。こめかみに超音波の測定用機械をあて脳内の血流速度を測定。波形から数式モデルを用いて脳内の圧力を推定する。(提供:岩崎賢一教授)

始まりは2011年の論文―研究者の間におどろき

研究者の間で「宇宙での視力変化」が大きな議論になったのは、2011年。米国の研究者やNASA元宇宙飛行士らによって、ある論文が発表されたのだ。具体的には宇宙飛行士300人へのアンケートを行った結果、近くの見え方が悪くなっていると回答した宇宙飛行士が、短期ミッションで23%、長期ミッションで48%、つまり約半数の宇宙飛行士にのぼったという。

さらに300人のうち、7人の宇宙飛行士を詳しく調べたところ、視神経の部分的な腫れ(視神経乳頭浮腫)が5人に確認された。また眼球自体が凸凹になっている状態、脈絡膜(みゃくらくまく)がしわしわになっている状態、コットンウールスポットと呼ばれる白いもやもやが目の中に見えるなど、様々な症状が数人ずつに見られた。それらの症状があった人たちの脳脊髄圧を検査したところ、脳内の圧力が高い人がいたこともわかったそうだ。

その論文は「かなりの驚きでした」と岩崎教授は言う。「宇宙医学の研究者たちは、宇宙飛行では眼にあまり影響が起こらないと考えていました。それがこんなに大きな変化があったとは。『いったい何が起こっているんだろう』と思ったのです」

図1:眼球の断面図。2011年の論文では、5人の宇宙飛行士に視神経乳頭の腫れ、「視神経乳頭浮腫」がみられた。

眼の中で何が起こっているのか

なぜ、このようなことが起きるのだろうか?岩崎教授は「『なぜ』にはいくつもの可能性があり、現在、世界中の研究者によって盛んに研究がおこなわれている」と指摘する。その上で、一番可能性の大きな原因を説明していただいた。まずは、宇宙到着直後の変化について。

「眼の網膜の下に『脈絡膜』という部位(図1参照)があって、宇宙到着直後は、そこが厚くなるようです。地上では足のほうにあった体液が、宇宙の無重力状態では、頭のほうに集まってくる現象が起こり、『体液シフト』と呼ばれます。眼にも体液が集まりますが、特に血管が豊富な『脈絡膜』の厚みが増すと考えられる。その結果、網膜が前に押されます。そのため焦点が遠くにあいやすくなり、遠くが見えやすく、逆に近くが見えにくくなるのです。」

岩崎教授は、地上で頭を下げるようにベッドを傾けて「疑似体液シフト状態(=疑似無重力状態)」にして実験を行ったところ、「(被験者の)脈絡膜が厚くなるのを確認した」という。100%確実とは言わないまでも、科学者の間では宇宙飛行初期についてはかなり解明されてきたそうだ。

だが、宇宙滞在が長くなるにつれ、脈絡膜が厚くなる現象はおさまってくるという。次に起こるのは、視神経の変化と考えられている。

宇宙に行くと頭に体液が集まる。頭と眼はつながっているので、眼のほうにも体液が集まっていく。(提供:NASA)

「個人差はありますが、視神経の束が眼球の後ろの壁を押すために、壁が前に移動する現象が起こっているようです」。そう言って、見せてくださったのが論文に掲載されていた画像だ(図3)。「ひも状の視神経がくねくね曲がってくびれができ、眼球の壁を押し込んでいるように見えます。本来は丸い眼球の後ろの部分が扁平になって、前に出てきている」

図2:地上のノーマルな状態。視神経の束はまっすぐのびている。(図3と同一人物の画像ではないが比較のため使用)(提供:Dr. Larry Kramer, McGovern Medical School, Houston, Texas, USA)
図3:長期滞在(30日以上)した宇宙飛行士の地上帰還後約半年のMR画像。眼球の後ろの視神経の束が太くなりくびれて(長い矢印)眼球を押すために、眼球の後ろの壁が扁平になっている(短い矢印)。(提供:Dr. Larry Kramer, McGovern Medical School, Houston, Texas, USA)

その原因については様々な説がある。一番可能性が高い説は、体液シフトで視神経にも体液が集まること。具体的には視神経を取り囲む袋状の「くも膜下腔」(下の図の青い部分)に体液が流れこみ、視神経とそれを包む束全体(視神経鞘)が腫れ上がる。眼球の後ろはスペースがあまりないので、太くなった視神経を包む束が行き場をなくしてくねくねと曲がり、眼球を前に押すのではないかと。このことが、視神経乳頭浮腫の原因かもしれない。

眼球の後ろに伸びる視神経(図の黄色い部分)を取り囲む「くも膜下腔」(青い部分)に体液が流れ込み、視神経を包む束が太くなって眼球を前に押す。その結果、視神経が押しているところが腫れて、視神経乳頭浮腫を起こすと考えられる。

つまり宇宙での視力変化の鍵は「体液シフトによる、頭の中の圧力(頭蓋内圧)の変化」にあるのではないか。NASAは宇宙飛行士の「眼の問題」について、頭蓋内圧(intracranial pressure≒脳内の圧)が上がることが原因の一つとして強く疑わるれため、VIIP(Visual impairment intracranial pressure syndrome:視覚障害頭蓋内圧症候群)と仮に名付けている。

しかし問題は、「過去に、誰も宇宙飛行士の頭蓋内圧が上がっているかを調べた人がいないことです。『じゃあ調べないとね』というのが我々の研究です」(岩崎教授)。

頭に針を刺さずに、頭の中の圧力をどうやって測る?

頭の中の圧力(頭蓋内圧)を調べるにはいくつかの方法がある。一番簡単なのは、頭に針を刺す方法だ。しかしこの方法は宇宙飛行士にとって負担が大きい。そこで頭に針を刺したり痛みを与えたりすることなく、簡単に頭の中の圧力を測る実験手法について、各国の研究者が様々なアイデアを出し、実験を実施している。

岩崎教授が行うのは「ドップラー血流法」。超音波エコーで頭の中の血液の流れを見る方法だ。2016年3月に行われた検査の様子を大西卓哉宇宙飛行士がレポートしている。「ベッドで寝た状態と座った状態の両方で、側頭部に超音波を当てて、脳内の血流速度を測定しました。超音波が血液にあたって跳ね返ってくるドップラー効果を使用して、速度を測定できるみたいです」(大西飛行士のGoogle+より)

なるほど、これならこめかみに超音波の機械をあてるだけでいい(冒頭の岩崎教授の写真も参照)。頭蓋内圧が上がったり下がったりすると、血流速度や波の形が変わる。得られた波形を数学モデルで解析すると、頭の中の圧力を推定できるそうだ。

岩崎教授は11人の宇宙飛行士について、宇宙飛行前と飛行後のデータを取得する予定。宇宙飛行中は、JAXA筑波宇宙センターからテレビ会議で問診を行い、「視機能について症状を聞いたり、USBカメラで顔の正面や側面の写真を撮って顔の大きさの変化を見たりします」とのこと。11人の被験者のうち数名はすでにデータを得ていて、実験手法について簡便に測定できるという手ごたえを得るとともに、個人差が大きいことがわかってきたそうだ。

2016年3月に実施された宇宙飛行前のデータ取得。左側で検査を行っているのが岩崎教授だ。
(大西卓哉(JAXA宇宙飛行士)のGoogle+より)

問題は、地球に戻ってから

宇宙飛行中、眼に変化があることはわかってきた。だがたとえ多少近くが見えにくくなっても、地上に帰って元に戻るなら、それほど心配はないかもしれない。しかし研究者が「これはまずい」と問題視したのは、帰還後だった。

「2011年の論文発表後に行われた研究で、初飛行で目の変化が起きた人が、二回目の宇宙飛行で症状がよりひどくなる場合があることがわかったのです」。ただし岩崎教授によると眼の変化が起きている宇宙飛行士でも、ほとんどの場合自覚症状はないそう。自覚症状があったとしても、近くがやや見えにくい、焦点が合わせにくいといった程度であり、眼が痛いとか全然見えないということではない。それだけに「よりわかりにくく、危険でもある」と岩崎教授は指摘する。

「はっきりした症状がなくても眼の中に大きな変化が起きている可能性がある。症状が残っているままの状態で放っておくと、悪化した場合、本当に見えなくなってしまう可能性もある。だからこそまず何が起こっているのかを正確に知り、原因が何かを研究する必要があるのです」。

火星有人飛行となれば、往復2年以上とより長期にわたるので症状が悪化する可能性もある。そのために今のうちに予防できるようにしておかなければならない。今年3月、約1年間の長期滞在から帰還したNASAスコット・ケリー飛行士についても国際協力で視力や眼に関するデータがとられており、帰還後の経過も含めて研究がおこなわれているそうだ。

机上の学問ではわからない—人が宇宙に行って初めてわかること

頭の中の圧力を測る方法については岩崎教授のやり方のほかに耳の中から測る人、眼から測る人もいて、研究手法を検証している段階だ。また視力の変化そのものの原因についても『体液シフト』だけでなく、様々な可能性が考えられている。世界中の研究者が、それぞれ考案した方法で頭の中、眼の中、眼の形など独自の観点から調べ、可能性を一つずつつぶしている状況だ。「一つのことだけが起きているわけではなさそうだし、この研究をしたらわかるという単純なものでもない」(岩崎教授)。そのため被験者となる宇宙飛行士は「眼」のテーマだけで何十もの実験を行うことになり、大忙しだ。

ちなみに宇宙での視力の変化について、記者会見で大西飛行士に聞いたところ、「見え方の変化について、この10日間では実感としては何も感じていない」そう。ただし目が充血しやすいとのこと。「(ISS内は)無重力状態で、ほこりやごみが空中を漂っていて、目にゴミが入りやすいためかもしれない」と大西飛行士は説明する。ただし「ムーンフェース(体液シフト)は顕著のように画面越しには見えました。眼が充血しやすいのは、もしかすると浮遊しているホコリ以外に、体液シフトの影響もあるかもしれない」と記者会見を見ていた岩崎教授は言う。今後、体液シフトや眼の充血がおさまるのか、持続するかにも注目だ。

7月19日の記者会見で。顔に体液が集まったせいか、目がきりっとしている大西飛行士。「宇宙生活は不便。美味しいご飯もシャワーもない。ないものはたくさんあるが、地球の景色や無重力環境という『ここにしかないもの』がある。」その両極端こそが宇宙。(提供:NASAテレビ)

岩崎教授の宇宙実験は2012年度に「きぼう」利用テーマに採択され、最近では3か月に一度はNASAジョンソン宇宙センターに出かけ、宇宙飛行士のデータ取得を行っている。研究のやりがいは?「この現象は多くの科学者が予想していませんでした。国際宇宙ステーションに多くの宇宙飛行士が長く滞在するようになって、初めてわかったことです。机の上で予想しているだけじゃわからない。何が起きているかを客観的にとらえていかなければならない。地道に一つ一つ実験をして、そのメカニズムを研究するのが重要であり、やりがいです」

岩崎教授に話を伺っているうちに、宇宙では私たちが自覚する以上に体の中で様々な変化が起こっているのかもしれない、と実感した。地上の重力下で進化してきた地球生命であるヒトは、果たして宇宙環境に適応できるのだろうか。興味はつきない。

1981年、高校生の時にスペースシャトルが初飛行。「これからは多くの人が宇宙に行く時代になり、宇宙医学が重要になる」とテレビで見た。その影響を受けて、宇宙医学の道に進んだという岩崎賢一教授。学生時代には毛利衛さんや向井千秋さんら日本人初の宇宙飛行士選抜で医学検査の手伝いも行ったという。日本大学ヒト用小型遠心人工重力装置の前で。