DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

大西宇宙飛行士に続け!40日間宇宙マウスの旅

7月7日、七夕。宇宙への旅立ちにもっとも相応しいこの日に、大西卓哉宇宙飛行士は改良型ソユーズ宇宙船に乗って宇宙へ。国際宇宙ステーション(ISS)に到着後まもなく、注目の宇宙実験が始まる予定だ。それは、マウスを使った宇宙実験。12匹のマウスをISSの「きぼう」日本実験棟で約40日間飼育し、生きたまま地球に帰す。宇宙での影響を遺伝子レベルで徹底的に調べ、地上の医療に役立てる。

7月2日(現地時間)カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地で。ソユーズロケット前に立つ、大西卓哉宇宙飛行士(左から3人目)。6月24日の打ち上げ予定だったが改良型ソユーズMS宇宙船の安全確認のため2週間延期になった。旅客機パイロットだった大西さんが空から宇宙へ羽ばたく。
(提供:NASA/Alexander Vysotsky)

なぜマウス?約半数しか宇宙から生還できない難しさ

日本はこれまで様々な生物を使って宇宙実験を行ってきた。線虫や植物、そして日本が得意としたのがメダカやゼブラフィッシュなどの水棲生物実験だった。それらの知見や経験をもとに今回、哺乳類であり、より「ヒトに近い」マウスを使った実験にJAXAは挑戦する。

マウス実験は過去、欧米やロシアで行われてきたものの、生きた状態でマウスを帰すのが非常に難しかった。NASAはスペースシャトル時代「ニューロラボ」ミッション(1998年)で多数のマウスを打ち上げたものの、残念ながら多くが生還できなかったと聞く。2014年からNASAはISSでマウス実験を行っているが、帰還はさせていない。

帰還の数を公表しているのは2件。2013年、ロシアのBion(無人回収衛星のマウス飼育装置)でマウス45匹、スナネズミ8匹を打ち上げ30日後に帰還。生存状態で帰還したのはマウス16匹。ISS「きぼう」では、イタリア宇宙機関が約3か月の飼育実験を行い、6匹中3匹が帰還。つまり宇宙から地球に生存状態で帰すことができたマウスは、半数以下にとどまる。

2009年、ISS「きぼう」日本実験棟でイタリア宇宙機関とNASAが共同でマウスの飼育ミッションを実施。この装置は飼育エリアをスライドできる壁で仕切っており、壁を移動することで個室にも相部屋にもできた。このときは個室飼いをしていたそう。6匹中、地上に帰還したのは3匹だった。(提供:NASA)

生きて帰すため—日本ならではの工夫

なぜ、マウスを生きて帰すのがこんなに難しいのだろう?JAXAきぼう利用センター技術領域リーダの白川正輝氏は「例えばイタリアの場合、餌を食べているか把握するためのカメラはあったものの(尿や糞で)観察面が汚れて見えなくなった」点をあげる。そこで日本の装置では、カメラに「お掃除用ワイパー」を取り付けた。「カメラの映像が見にくいぞ」と思ったら地上から操作して掃除できるというのだ!さすがは Made in JAPAN 。小さな部屋に工夫と技術を詰め込んでいる。

日本のマウス実験装置の特徴は、それだけではない。筆頭にあげられるのは「個室」であること。過去の宇宙実験では相部屋が多かったが、実はマウスのオスは兄弟でも喧嘩をするため、個室が望ましいという。そこで日本は底辺10センチ四方、約560立方センチメートルの個室を実現。宇宙マウス用ワンルームマンションといったところか。

2015年9月、油井飛行士が小動物飼育装置のセットアップを行う様子。(提供:JAXA)
6つの個室がとりつけられた状態(こちらは1G区画)。ターンテーブルを1分間に77回転することで1G環境を作り出す。上段には6つのゼロG個室がある。(提供:JAXA)

個室に詰まった工夫を並べてみよう。

「餌」 宇宙食でなく地上と同じだが、1週間に1回交換すればいいように、一週間分の餌を棒状にし、食べた分だけ、ばねでケージ内に押し出すしくみになっている。
「水」 医薬品注入用のバルーン式バッグを使用。マウスが突起を押すと水が出るしくみ。
「消臭」 匂いをおさえるフィルター、光触媒で消臭・殺菌。
「排せつ物処理」 ファンでケージ内に風の流れを作り、漂わずケージ下にたまるしくみ。
「ビデオカメラ」 昼も夜も個室内の様子を見られる。地上からモニターできる。
「汚れ除去ワイパー」 ビデオカメラ面の汚れを掃除する。地上から動かせる。

この飼育装置、地上での検証実験を繰り返した。消臭については実際に40日間使ってみて臭いがしないか調べたし、無重力フライトで実際にマウスを載せた実験も行って、ちゃんと水が飲めるか、餌を食べられるかなどを検証。試行錯誤の末に完成したスペシャルな「マウスの宇宙用個室」だ。地上の管制室からマウスの様子は常に観察できるため、宇宙飛行士は基本的に1週間に1回だけ世話をすればいい。宇宙飛行士の作業は餌カートリッジの交換、給水バルーンへの水補給、フィルター交換、排せつ物の回収となっている。

マウスは、7月18日(米東部時間)打ち上げ予定の米スペースX社ドラゴン9号貨物船に搭載される予定だ。大西飛行士にとってはISSに到着直後となるが、マウス飼育装置の担当として世話をする可能性は高いという。

宇宙でのマウス飼育ケージ。マウスが健康に暮らすための工夫がいっぱい。(提供:JAXA)

世界初—あえて宇宙で「1G(地上)の部屋」を作って比べる理由

日本のマウス実験の特色は、宇宙で「無重力(ゼロG)状態」と「人工重力(1G)状態」のマウス(各6匹ずつ)を飼育すること。無重力の宇宙空間で1Gの環境を作るために1分間に77回転させる。ISSで哺乳類を「ゼロG」と「1G」で長期間比較する実験は「世界初」。しかしゼロGと1Gの比較が目的なら、宇宙と地球上のマウスを比較して対照実験を行えばいいのでは?と思うかもしれない。

この点についてJAXA白川氏は「ISSで宇宙実験をする前後、ロケット打ち上げや地上への帰還の際に影響(過重力や振動など)を受ける」点をあげる。もし、宇宙で実験したマウスと地上対照実験のマウスの間に違いが出た場合、その原因が重力の違いにあるのか、打ち上げや帰還時の過重力や振動にあるのか原因を突き止めにくい。ゼロGと1Gの違い以外の条件をすべて同じにしておき、それでも両方のマウスに違いがあれば、「重力の違いが原因」とわかるのだ。

また、マウスを「個室」で飼うのも特徴だ。個室にすることで雄のマウスを宇宙で飼育できるし、そこには大きな意味がある。「帰還した雄マウスから精子を採取し、体外受精することによって、次世代への影響が残るかを調べることができます」とマウス実験の代表研究者、筑波大学の高橋智教授は期待する。たとえば過去には宇宙で精子の数が少なくなったマウスが報告されている。様々な変化が世代を超えて影響を及ぼすかを調べたいという。

実験の目的—「遺伝子のスイッチ役」エピゲノム変化に注目

マウス実験は今後3年間で、まずは4回計画されている。初めてとなる今回は、まず飼育装置が正しく働くかを見極め、睡眠や摂食などの行動を観察する。40日間の飼育後、ドラゴン9号機が米国西海岸に着水したら48時間以内に回収。近くのラボで処置を行い免疫系、生殖系、神経系など臓器ごとに分ける。臓器・器官ごとの第一線の研究者が宇宙でどのような変化が起こったかを遺伝子レベルで網羅的に、かつ詳細な解析をスタートさせる。

期待されるテーマが、高齢者医療への貢献だ。老化や長い間寝たきりの状態でいると、骨量が減少したり筋肉が萎縮したりする。無重力状態で過ごす宇宙飛行士にも類似した症状が起こるが、そのスピードは約10倍。「まるで早回し」のように老化に似た現象が起こるのだ。宇宙飛行士は筋萎縮などを抑えるため運動をしているが、運動をしていないマウスはさらに減る量が多いと考えられる。そこで宇宙飛行後のマウスについて、どの遺伝子がこれらの症状に関係しているかを調べ、将来的にはあえて病気の状態のマウス(病態マウス)を打ち上げ、薬を投与して変化を見るなど、新薬開発につながる研究が期待される。

そして画期的なのは、遺伝子の働きを決め、「遺伝子のスイッチ役」ともいわれる「エピゲノム」を調べることだ。エピゲノムの変化はがんや慢性疾患など様々な病気と関係すると考えられ、近年盛んに研究が行われている。エピゲノムは環境によって変化すると考えられるため、宇宙環境でも変化するに違いないが、まだ詳細な宇宙実験は行われていない。そこで今回のマウス実験でエピゲノム変化を調べ、疾患に結びつくエピゲノムについて調べる。そのための解析技術も新しく開発。マウスが帰還後、臓器ごとに分けるとサンプルがどうしても小さくなる。サンプルを増幅する技術を地上予備実験で作り上げた。これほど詳細にエピゲノムの変化を調べる宇宙実験は世界初とのこと。

大西飛行士の打ち上げに続き、(宇宙)マウスの打ち上げ準備も進んでいる。約100匹の宇宙マウスから、エサの食べ方や水の飲み方、体重変化などばらつきがないマウスを選ぶという。「エリートでなく、平均的なマウスが行きます」と高橋教授。大西飛行士の活躍とともに、宇宙マウスの40日間の旅にも注目したい。無事に帰還しますように。

バイコヌール宇宙基地で、大西飛行士は打ち上げ直前まで宇宙酔い対策として、回転椅子の訓練を行う。ちなみに、宇宙マウスは宇宙酔いをしないのだろうか?嘔吐するなど宇宙酔いの特徴的な変化は見られなかったそうだ。
(提供:NASA/Alexander Vysotsky)