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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙へ瞬間移動—人間の機能を拡張させる!?「アバターXプログラム」始動

宇宙に私たちが手ごろな料金で行くには時間がかかりそうだし、ましてや月に自分が降り立つなんて、いつになるか想像できない。でも月面においた遠隔ロボット「アバター」に地上から「瞬間移動」し、月の砂をすくってその感触を感じることや、月面を歩き、月から「地球の出」を目にすることが、その前に実現できるかもしれない。

月面におかれたアバター(中央のロボット)に操作者(画像右側)が地上から瞬間移動し、故障したローバーをメンテナンス中。9月7日、JAXA宇宙科学研究所・宇宙探査実験棟で。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)

9月7日にJAXAで行われたANAホールディングスとJAXAによる「アバターXプログラム」の記者会見に参加して、そんな期待が膨らんだ。

「アバター」は元々サンスクリット語のアヴァターラ等が語源とされ「化身」という意味。「アバターはANAが考える新しい移動手段です」と全日空でアバタープログラムを率いる深堀昂氏はいう。VRやロボティクス、ハプティクス(触覚)など最先端テクノロジーを駆使し遠隔ロボット・アバターに接続することによって、アバターのいる現場にあたかも自分が存在するかのように見て、聞いて、触り、作業できる。「自分の意識、技能、感覚を(遠隔地に)瞬間移動させることができる新たな移動手段」なのだと。

アバターは既存のAIロボットやVRなどと何が違うのか?「(アバターを操作する)自分自身が判断し、動いたり触ったりと外部の環境に影響を与えられる点。また、一体のアバターに複数が(様々な目的で、その時々に)ログインすることもできる」(深堀氏)。たとえば、国際宇宙ステーション(ISS)に一体のアバターがいたら。ある時は地上の科学者がログインし、専門知識や特殊技能を要求される宇宙実験を自ら行うことができるし、また別の時には地上のエンジニアがログインし船外活動で危険な作業を実施。医師が宇宙飛行士の診察をすることも可能になる。つまり、自分が現場に行った感覚でとっさの判断を行い、操作することが出来るわけだ。重量=打ち上げ費用に直結することから、多くのものを運べない宇宙生活で、一体のアバターが複数の役割を担えるのは画期的だ。

アバターが月面にあれば月面での作業もできるし、逆に地上にあれば、宇宙飛行士が地上の家族との食事に参加して、会話を楽しんだり、子供と手をつないだり抱っこしたりできるかもしれない。もちろん私たち一般人が宇宙を楽しむエンターテインメントの利用にも期待が膨らむ。

地上の科学者が月面アバターにログインし気になる岩を調査。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)
地上で宇宙遊泳を楽しむエンターテインメント利用も可能。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)

現場の触覚がダイレクトに伝わる

実際、どんなアバターがどんな作業をするのか。会見に続いてJAXA宇宙探査実験棟ではデモンストレーションが行われた。月面模擬フィールに置かれたアバターを、地上の操作者が動かす。操作者の手の動きとシンクロして、ロボットが同じ動きをし、月面で故障したローバーのメンテナンス作業をする。このアバターはMELTIN(メルティン)社のアバターロボットコンセプトモデル「MELTANT-α」。人の手の構造を模擬した独自のワイヤー駆動技術によって、小型軽量でパワフル。人がする複雑な作業を高スピードで実現できる。人の手の代替となり、実用化に最も近い世界最高性能のロボットハンド技術だという。物を触った時の力の触覚を操作者にフィードバックする機能も搭載している。

山崎直子さんが月面のアバターロボット「MELTANT-α」を遠隔操作。山崎さんの手の動きに合わせてアバターの手も動く様子に注目。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)

また、合同会社Re-alのデモでは船外活動をするアバターを見せてもらった。硬さや柔らかさ、繊細な力加減を伝送するリアルハプティクス(ハプティクス=力触覚技術)を搭載したアバターで、力触覚が操作者に伝わることで繊細な遠隔操作が可能。同社の技術を使えば重なったプラスチックカップを一枚ずつ剥がしたり、離れた場所にある釣り竿を操作し釣りを楽しんだりできるという。繊細な操作が同社の売りで、今回のデモでは剥がれた宇宙船の断熱材のメンテナンス作業をアバターが実施した。従来のロボットは柔らかな断熱材を取り扱うことができず、宇宙飛行士が船外活動を実施せざるを得なかった。さらにこのアバターは、熟練者の操作を見える化してデータ保存し再現、編集することも可能だという。

宇宙船の断熱剤の取り付け作業を行うアバター(手前)。奥は操作者、右端が操作者が見ている画像。力の感覚が伝わり繊細な作業が可能に。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)
凸版印刷のデモで。月面にいるアバターが搭載する4K+広角レンズ搭載カメラ映像が地上に伝送され、あたかも月面にいるような没入感を体感できる。アバターを動かすと映像も動く。

大分県に技術実証フィールドを建設

会見にはJAXA山川宏理事長も出席。「アバターが宇宙で活用されれば、地上にいながら月面基地を建設できるし、月面をはじめとした宇宙旅行も楽しめるだろう。宇宙分野だけでなく、教育や建設、医療など生活の場や産業に貢献できることがもっとも嬉しい」と期待し、JAXAが保有する技術や人材、知識などを提供し、技術的実現性の検討を中心に協力すると表明した。

ANAホールディングスの片野坂真哉社長(左から2人目)は「新しい技術で世界を変えていきたい」とイノベーションを通した世界貢献への意欲を語った。

アバターXプログラムは今後、宇宙関連事業への参入を目指す企業や団体と「アバターX」コンソーシアムを作り、事業性の検討やロードマップを作成。2019年から建設を開始する大分県の技術実証フィールド「AVATAR X Lab@OITA」で実証試験をスタートする。2020年代には宇宙での技術実証試験を目指し、将来的に宇宙空間での建設事業や宇宙ステーション等での保守運用作業、宇宙でのエンターテインメントなどを事業化、さらに月面や火星にまで展開していきたい考えだ。

大分県の技術実証フィールドAVATAR X Lab@OITAのシンボルビルディング想像図。(提供:CLOUDS Architecture Office)

深堀氏によると、現状で開発のキーとなるのは低通信遅延と触覚のテクノロジー。何より大量の情報をなるべく遅れなく通信することが最大の課題だ。火星などの遠隔地で作業をする場合、どうしても通信遅延が起こるが、その際に必要となる自律制御のため、アバターとAIの組み合わせも考えうるという。

アバターは人間の機能の拡張—山崎直子宇宙飛行士

アバターXプロジェクトについて、山崎直子さんは「人間自身の機能を拡張するもの」と期待を語る。「人類の歴史は機能を拡張してきた歴史でもある。飛行機などの乗り物は足の機能、地球観測衛星は目の機能、通信技術は耳の機能の拡張。宇宙開発の大きな目標は人類の活動領域を広げ知見を深めることだが、人間自身の機能の拡張も含めると思う」と。この視点はとても面白い。

「今はまだ人間が生で触る方が鋭いところがあると思う。これから技術を改良していくことで、人間ではセンスしきれないものをセンスする可能性が出てくるはず。たとえば熱くて人間が触れないものや鋭くて触れられないものもアバターなら触ることが可能。ロボットが人間がとらえられない赤外線をとらえられるように。(アバターは)人間に追いつき、超えていくでしょう」宇宙イベントや会議に国内外を駆け回る山崎さん。彼女こそアバターを活用し、瞬間移動するべきでは。「直子アバターを作ってもらったら?」と提案すると「それ、いいですね!」と大受けでした。

一方、ANA総合研究所・主席研究員の山田圭一さんはこんなユニークな活用法を話してくれた。「スケールを変えられるのもアバターの特徴。人間はミジンコを触ることはできないが、小さいアバターなら触って人間にフィードバックできる。また大きな建物を作る時には大きなアバターが活躍する。スケールを変えることで肉体的な限界を超えられる」

様々な期待が膨らむがアバターを実現する技術は、エクスポネンシャルテクノロジー(急成長する技術)であり、それらを融合する必要がある。技術開発を加速するため、ANAは「ANAアバターXプライズ」という賞金レースを提案、スポンサーとなっている。そこまでするのは、アバターに世界を変える大きな可能性を感じているからだという。飛行機を運航する会社がなぜそこまで?

全日空デジタル・デザイン・ラボ アバタープログラムディレクター 深堀昂さん。

「飛行機を使っているのは世界人口の約6%に過ぎません。我々は移動の定義そのものから考え直しています。(瞬間移動手段である)アバターを世界中の人が使うと考えればユーザー数は多い」(深堀さん)。アバターで移動できれば、自由に動けない人も世界中を旅できるし、(行きたくない)出張先の会議はアバターで参加できる。アバターで移動できれば人が移動しなくなるかといえば、その場に行きたく欲求をもっと掘り起こせるとも考えているようだ。

あちこちにあるアバターに瞬間移動。とても面白そうな未来だ。ところで深堀さんと話していてこんな疑問が浮かんだ。宇宙のアバターを遠隔操作しているとき、自分はアバターにいるのか、地上にいるのか。「操作時の記録はアバターに記憶されます。実在の体がそこになくてもメモリー、つまり脳の記録がアバターにあるなら、自分は宇宙にいることになるのでは」。そう言えば、映画「アバター」の主人公はアバターが衛星パンドラで出会った原住民と恋に落ち、その後の生き方を変えてしまった。アバターに実在があると言えるのかもしれない。そもそもロボット工学は人間を考える学問。アバターを考えることは人間の実在とは何かを考えることにもつながるかも。その点でも非常に興味深いプロジェクトだ。

アバターXプロジェクトの利用イメージ。(提供:ANA HOLDINGS INC. / JAXA)
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