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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

火星生命の痕跡、歴史的発見なるか—火星ラッシュ2020

2020年7月17日打ち上げ予定のマーズ2020ローバー想像図。長さ3m、幅2.7m、高さ2.2mと軽自動車サイズ。生命の痕跡が残ると期待されるジェゼロクレーターに着陸予定。(提供:NASA/JPL-Caltech)

「まさか2020年に人類が火星に行っていないとは、子供の頃思っていませんでした。しかし火星探査機マーズ2020(Mars 2020)がほぼ完成し、今年の7月頃、火星に旅立ちます。目的は約40億年前に火星に存在したかもしれない生命の痕跡を探すこと。人類の歴史に永遠に残る発見があるかもしれません。その一端に関わることを幸せに思います」。

2020年1月26日、宇宙メルマガ「THE VOYAGE」の新年会に集まった約80名の宇宙ファンの前でこう語るのは、NASAジェット推進研究所(JPL)のエンジニア、小野雅裕さん。小野さんは2013年からNASA・JPLで働き、マーズ2020ローバー(探査車)の開発に従事。「自動運転」と「着陸地点の選定」を担当した。

「自分が作ったもの(プログラムコード)が宇宙に行くという興奮がまずある。自信はありますが、自分の担当コードでバグ(エラー)が起きて探査機を壊したらまずいなという一抹の不安もあります」と期待と不安の入り交じった複雑な心境を明かす。

宇宙メルマガ「THE VOYAGE」新年会ではNASAやJAXA、宇宙スタートアップ関係者、宇宙旅行者など多彩なプレイヤーが集結!2020年の注目イベントを語り合った。

2020年7月の打ち上げが迫るマーズ2020の見どころ、世界の火星探査最前線について小野さん、会津大学の寺薗淳也准教授に伺いました。

火星に生命の痕跡があるとしたらココー狙うはジェゼロクレーター

ずばり、マーズ2020の見どころは?「一番は火星からサンプルを持ち帰るサンプルリターンの準備です」(小野さん)。

準備とは?「まだNASAが予算を獲得していないので決定ではないですが、マーズ2020の後に火星サンプルを持ち帰る構想があります。将来、NASAとESA(欧州宇宙機関)が協力して持ち帰る場合に備えて、サンプルを作っておく。具体的には、ローバーが火星の岩を掘って火星の石を試験管に詰めます」。

マーズ2020について説明する小野雅裕さん。(提供:ABLab 中井智久)

小野さんの著書「宇宙に命はあるのか」によれば、ローバーは「過去の生命の痕跡を保存していると思われる場所まで走行し、ドリルで岩を掘るなどしてサンプルを集め、試験管のようなチューブに密封する。30本から40本のサンプルを集めた後、ローバーはチューブを火星の地表に置いていく」とある。

チューブの大きさは直径13mm×長さ60mm。岩を掘り、ペンライトサイズの小さなチューブに詰めるとは、なんと賢く器用なローバーだろう。現在の予定ではマーズ2020は今年7月17日に打ち上げられ、約7か月間の航海の後、2021年2月18日に火星に着陸。その後、移動しつつサンプルを採取する。「着陸場所はジェゼロクレーターと言って、40億年前に湖だったところ。湖に2本の川が注ぐ三角州があって、もし火星に生命がいたならばそこだろうと言われています。地球外生命の痕跡が発見されれば、人類の歴史に未来永劫残る大発見ですよ!」

これは胸が躍る!構想によれば、ローバーが火星上においたサンプルは数年後、2段階のステップを経て地球に持ち帰る。「その1」ESA製ローバーがサンプルが詰められたチューブをピックアップ。NASA製ロケットに積んで火星から打ち上げる。「その2」火星周回軌道上に待機するESAの周回機が火星上から打ち上げられたサンプルを掴み、イオンエンジンを噴射、地上に持ち帰る。決定していないものの2026年に「その1、2」のミッションが打ち上げられれば、サンプルは2031年頃に地球に帰還すると報じられている。

火星表面で採取したサンプル入りチューブが火星から打ち上げられる日はくるか。想像図。(提供:NASA/JPL-Caltech)

それにしても、生命の痕跡が含まれている可能性がある大事なサンプル=宝物を、ピックアップが来るまで数年間、火星上に放置しておいて大丈夫なのか?

「誰も取る者はいないだろうと。いたらいたで大発見でいいんです(笑)」火星には極薄い大気があるものの大気圧が100分の1ぐらいなので動かないだろうし、砂はかかるかもしれないが場所はわかるから大丈夫」(小野さん)。サンプルを少量でも持ち帰れば世界中にある分析機器を総動員して調べることが可能になる。火星サンプルリターン構想は長年、各国が打ち立てていたものの実現していなかった。いよいよ地球外に生命の痕跡が見つかるかもしれない。Xデーに向けた第一歩が、この7月の打ち上げとなるわけだ。

より速く、より長く、より安全に

小野さんはマーズ2020の自動運転を担当。通信に片道約20分かかる火星探査では、すべてのコマンドを地上から送っていたのでは危機を回避できない。火星探査ローバーには自動運転が必須となる。ではどんな機能を自動で行うのだろうか?「例えばローバーに100~200m先のゴールを与えます。また火星周回機で予め得られた画像から『ここは行ってはいけない』という危険区域情報を与え、その上でGOの指示を出す。途中で岩があったり穴があったり、危ないところがあれば、ローバーはリスクを冒さずに止まるという判断を自分でします」

2019年12月にNASA・JPLで行われたマーズ2020ローバー走行テスト。(提供:NASA/JPL-Caltech)

マーズ2020のローバーは、2011年に打ち上げられた火星ローバー「キュリオシティ」と外見上は似ている。キュリオシティをベースにすることでコストダウンを図ったためだ。しかし、サンプル採取装置やタイヤを新しく開発、ズームカメラも搭載。またサブペイロードとして火星を飛ぶヘリコプターを搭載し飛行テストを行うそう。

小野さんが関与する部分ではローバーのソフトウェアが刷新された。「キュリオシティよりも『より速く』、『より長く』、『より安全に』火星上を走る」と走行性能に自信を見せる。

「まず『より速く』について。キュリオシティは1m進むと止まって考えていた。でも今回はFPGAと呼ばれる集積回路を搭載し、画像処理が速くなったので走りながら考えます。つまり止まらずに自動走行ができます。『より長く』について、キュリオシティは自動走行の場合、火星の一日に平均10~20m進んでいましたが平均100~200mにしようと。つまり10倍長く走ることが可能。そして『より安全に』という点では、これまで地形の粗さを見て、かなり保守的に走行範囲を決めたために、行けない場所が多すぎた。もっと賢くするためにアルゴリズムを開発しました。そうすれば、地形データから岩とローバーのお腹の間まで最低何センチあるかがわかるようになり、お腹をこすらずに岩を超えられるかがわかります」

つまり、危なく見える地形が本当に危ないかどうかをデータから確実に導きだして、安全性を確保しつつ、活動エリアを広げようというわけだ。

格段に賢くなったマーズ2020ローバー。しかしその開発はスムーズではなかった。「使われているコンピュータは20年前のもの。すごく遅いコンピュータを使って、自動運転を実現するにはソフトウェア上で色々な工夫が必要でした。それから火星まで絶対に直しにいけないので壊れないこと。つまり信頼性の担保が難しかったですね」

小野さんはカリフォルニア州パサデナにあるNASAジェット推進研究所内の模擬火星フィールドで暑い夏、倒れそうになりながら走行試験を繰り返した。さらにソフトウェアを変更するたびにコンピュータで1000~2000回もシミュレーションを走らせる。「安全な場合、危険な場合、坂が高い場合、岩がある場合・・。ありとあらゆるケースを想定して走らせます」

2019年12月にJPLの模擬火星フィールドで行われた走行テスト。(提供:NASA/JPL-Caltech)

シミュレーションがうまくいかない場合は、何万行ものプログラムを1行1行チェックしてバグを探すそうだ。NASAのエンジニアというとかっこよく聞こえるが作業自体はとても地道。「いつか自分の開発したソフトウェアで、ローバーが赤い大地を走る」というイマジネーションが広がるからこそ、小野さんはそうした地道な作業を乗り越えられるのだろう。

2020年火星ラッシュ、注目は?

月・惑星探査に詳しく「月探査情報ステーション」編集長でもある会津大学の寺薗淳也准教授は「今年は火星探査ラッシュ。マーズ2020を含めて4機の火星探査機が7月に雪崩のように打ち上がります。1年に4機の打ち上げは、史上初めて。ちょうどオリンピックの頃ですが、火星探査も熱い」と期待する。

4機とは、NASAのマーズ2020、欧州とロシアの「エクソマーズ2020」、アラブ首長国連邦(UAE)の「アル・アマル(希望)」(日本のH-IIAロケットで打ち上げ)、そして中国の火星探査機。寺薗さんが注目するのは中国の火星探査機だ。「探査機の構成に謎が多いからです。探査機は周回機と着陸機、ローバーのフルセットであることは間違いありません。実機も公開されています。ただ、火星探査機で何を目指すのかがよくわかっていない。そこが知りたい。」

日本は火星衛星からのサンプルリターンというユニークな計画(MMX)を掲げるが、「いつか火星着陸ミッションも実現してほしい」と語る寺薗淳也さん。

寺薗さんによると、中国は2011年にロシアの火星探査機「フォボス・グルント」と一緒に初の火星探査機「蛍火1号」を打ち上げた。だがロケット打ち上げが失敗したために、蛍火1号は宇宙の藻屑と消えた。「今回は中国のロケット(長征5号)で打ち上げられます」。その先にはサンプルリターン構想もあるようだ。火星探査は失敗率が高い。これまで火星表面を走ることに成功したのはアメリカのローバーだけだという。ロシアと欧州は今年「エクソマーズ2020」でローバーを打ち上げるし、各国のローバーが火星を駆ける姿が見られるかもしれない。

読者コミュニティから生まれた宇宙メルマガ

ところで、小野さんも寺薗さんも宇宙メルマガ「THE VOYAGE」の寄稿者。このメルマガ、2018年7月の第一号からほぼ毎月、NASAやJAXAなどの研究者、宇宙飛行士や宇宙関連スタートアップCEOなど錚々たるメンバーが、わかりやすく、しかも飾らない日常を綴っているところが面白い。発行部数は約1700部。

宇宙メルマガ「THE VOYAGE」編集長の梅崎薫さん(左)と、きっかけを作った小野雅裕さん。

今回の新年会もそんな豪華執筆陣やコアメンバーが集結。編集長の梅崎薫さんによると「メルマガは小野さんの著書『宇宙に命はあるか』編集過程で立ち上がった読者コミュニティがきっかけでした。本が出ておしまいじゃなくて、『メルマガを皆さん主体でやりませんか?』という無茶ぶりが小野さんからあった。私を含めて何人かが手を挙げましたが編集部員は全員ボランティア。記事を依頼する際にほかの方は仕事があったので私が担当することになり、『じゃあ編集長ね』と小野さんから指名されて(笑)」

梅崎さんはバリバリ文系。お子さん(2人)からの宇宙の質問に答えられなかったことから、「一緒に科学館で聞いてみよう」と出かけ、わからないことを知る過程の楽しさを知り、親子で宇宙にはまっていく。兄弟おそろいの宇宙服を手作りし、全国の講演会にフットワーク軽く出かけることから、梅崎家の『宇宙兄弟』は今や宇宙クラスタ内では有名な存在に。「原稿依頼の時も『息子のこと覚えています?』と『子の七光り』で声をかけさせてもらったり(笑)」とは言え、JAXA職員に原稿を依頼する際は正式に広報部を通すし、約半年先まで寄稿者を手配するなど、小野さんが「辣腕編集者」と呼ぶ仕事ぶりを発揮している。

専門的な内容も少なくないが、人となりや熱い思いが感じられる文章に小学生の読者も多く「興味があることだから自分で読んでいます」とのこと。情報を一方的に提供するのでなくコミュニティが繋がり合う参加型にしたいという狙い通り、新年会は和やかなムードに包まれていた。購読は無料。ぜひ宇宙メルマガ「THE VOYAGE」で宇宙への航海に出かけてみては?

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