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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

外に出られない人へ星空を—「フライングプラネタリウム」が示す星の力

それぞれの自宅の天井に投影されたフライングプラネタリウムを楽しむ。埼玉県在住の井上創太郎くん(左)と山梨県甲府市在住の香河正真くん(右)。(提供:井上聡子さん、香河尚子さん)

2020年1月8日夜、山梨県甲府市に住む8歳のしょうちゃん(香河正真くん)と、埼玉県の4歳のそうちゃん(井上創太郎くん)がそれぞれ自宅の天井を家族と一緒に見つめ、星空が現れるのを待ちわびていた。準備段階からしょうちゃんは興奮気味だ。今日はインターネット回線を通じて二か所同時にプラネタリウムのライブ配信(フライングプラネタリウム、略してフラプラ)が行われるのだ。

「しょうちゃん、そうちゃん、今日のお月様が現れてきましたね~」。ネットを通じて二人にやさしく語り掛けるのは宙先(そらさき)案内人であり「星つむぎの村」共同代表の高橋真理子さん。高橋さんは山梨県甲府市の自宅から生解説。天井に星が投影されると、しょうちゃんは「うわ~」と笑顔で何度も声をあげた。しょうちゃんは普段はそれほど声をあげないが、楽しいときは声をあげる。

実はしょうちゃんは重い障害をもつ。感染症の恐れがあるために冬は数か月間、外に出られない。1年前にも高橋さんの語りでプラネタリウムを体験した。一方、そうちゃんはフライングプラネタリウム初体験。しょうちゃんとそうちゃんのお母さん同士がSNSで知り合い、しょうちゃんママ・香河尚子さんからプラネタリウム見ませんか?と誘われたのだ。お互いに会ったことがない二人だが、プラネタリウムが始まる前にネットでご挨拶し同じ星空を見上げる。

自宅天井に現れた星空をお母さんの尚子さんと見上げるしょうちゃん。(提供:星つむぎの村)

高橋さんは小さな男の子たちが興味をもつように、二人の生まれた日の星座を見せたり、月や火星を大きく目の前に投影して「よいしょ~」と押し出すように促したり。

しょうちゃんは自分の星座であるおとめ座が映し出されると「わかってるよ!」というかのように大きな声でこたえる。「1年前のプラネタリウムを覚えているのかもしれない」(香河尚子さん)。そうちゃんは高橋さんの語りにじっと耳を傾け、天井を大きな目で見つめていた。

太陽系から宇宙の果てまで星々の世界を駆け抜け、懐かしい地球へ帰る約40分の旅。最後に高橋さんが投影したのは、そうたろう君が生まれた日の星空。「地球の38億年というながいながーい命のリレーの果てに、しょうちゃんやそうちゃんはお父さんお母さんを選んで生まれ、今ここで一緒に星を見上げています」。広大で長い歴史をもつ宇宙の中で、今一緒にいることの奇跡を、小さな子供たちに、そしてお父さんお母さんに語りかける。

星空を見上げるしょうちゃんは本当にうれしそう!(提供:山梨放送)

後日、二人のお母さんから感想が高橋さんのもとに送られてきた。しょうちゃんはお医者さんから耳が聞こえていないと言われたのにも関わらず、高橋さんが名前を呼ぶたびに反応したそう。「絶対に聞こえている!」と尚子さんは発見し驚いたそうだ。

一方、そうちゃんのお母さん、井上聡子さんは「息子は日に日に全盲に向かっていますが、光を見る機能は残ると言われていて、ちょうど光のアプローチで遊ぶ方法を考えていたところにプラネタリウムのお話しを頂き、即答で見せてあげたい!やります!とお返事しました。そうたろうを産んだ日のことを久しぶりに思い起こしました。私もパパも自然と泣けてきたのはなぜなんだろう…最近は病気の心配事だらけですが、産んだ日は希望に満ちていたな…と。なんだか病気というものがちっぽけなモノに感じました」。そうちゃんはその夜も翌日の朝も天井に星を探していたそうだ。「もっと星を見たかった」というように。

とってもお洒落な香河正真君(左)と高橋真理子さん。2019年5月撮影。(提供:香河尚子さん)

きっかけは、間に合わなかったプラネタリウム投影

高橋真理子さんは2015年のコラム(参照:病院がプラネタリウム—変化していく子供たち)で紹介した通り、山梨県立科学館で学芸員として19年間勤務したあとに独立、2017年に一般社団法人「星つむぎの村」を跡部浩一さん(元小学校教諭)と共に設立し、「すべての人に星空を」を目標を掲げ、村人と呼ばれる約150人の仲間とともに様々な活動を精力的に展開している。

病院にプラネタリウムを届ける活動は年々、全国からリクエストが増え、2019年度は100件を超えた。これまで240の病院や施設、当事者の会などで上映会を開き、2万人以上に星空を届けてきた。ひと月の半分ほど全国を飛び回る多忙な高橋さんが、なぜさらに「フライングプラネタリウム」を始めたのか。2016年の、ある出来事がきっかけだったという。

「福島県立医科大学附属病院の看護師さんから、入院中の星好きな少年が余命1か月と宣告され、『なんとか星を見せてあげられないか』と相談を受けたんです」。高橋さんは、1週間後に福島に行く計画を立てた。明後日行く、というとき少年の容態が急変。プラネタリウムを見られる状態ではなく、高橋さんは急ぎ動画を作成して送ったが、少年は旅立ってしまった。「ものすごく重いものが心の中に残ったんです。『なんとかしたかった』という思いと、リアルな星空の中継ができないかという話を知人としていたことも重なって、やろうと」

山梨県甲府市の自宅から、「フラプラ」のためにインターネット回線を通じて生解説をする高橋真理子さん(提供:山梨放送)

その後、試験的配信を経て実際にフライングプラネタリウムを始めたのは2018年11月。「入院したためにプラネタリウムイベントに来られなかった星好きの母に見せたい」という愛知県の川北祥子さんの願いを、イベント直後に聞いたのがきっかけだ。病室の天井に星空を投影すると、ふさぎこみがちだったお母さんは、以前と同じ輝く目で星々を眺めたそう。最後に、祥子さんが生まれた日の星空を投影すると、祥子さんはお母さんに「産んでくれてありがとう」と伝えることができた。

「さっちゃん(祥子さんのこと)はずっとその言葉を言いたかったけれど、言ったら本当に最後が来てしまうようで言えなかった。すごく素直に『ありがとう』と言えたそうです」。その後2週間ちょっとでお母さんは亡くなられたが、「『明け方の金星がすごくきれいで本当に星になったんだなと思えた。いい最期だった』とさっちゃんは伝えてくれました」(高橋さん)。共に星を見ることは本人だけでなく、その家族にとっても大きな意味をもつ。

広大な宇宙の中の小さな命の惑星・地球に私たちは共に住んでいる。(提供:星つむぎの村)

こんな風に、フライングプラネタリウムは、重い障害を持つ子供たちや在宅療養で外に出られない方、残り時間が少ないと宣告された方などに、飛ぶように即座に星空を届けることができる。「もちろん直接お伺いして、反応を直接感じながらプラネタリウム投影ができたらいいけれど、ライブ配信なら、お伺いすることが難しいご自宅にも届けることができる。なかなか外に出られず、出会うことがない離れた場所にいる人たち同士がつながる可能性もあります」と高橋さんはその意義を語る。

実は私も最近、「星つむぎの村」の村人となり、フライングプラネタリウムを体験した。スマホやPCでも手軽に見ることができて、高橋さんの語りに多忙な日々に忘れがちな「原点」を感じさせてもらえる。さらに「星つむぎの村」が貸し出してくれるスマホとプロジェクタを使えば、自宅の天井に手軽に星空を投影することも可能だ。

終わりは始まり—人生を変える「星の力」

高橋さんが次々に語る貴重な活動のお話を聞きながら、気になることがあった。誰に対しても常に落ち着いてやさしく語りかける高橋さんだが、余命短い方々と接しそれぞれの悩みに正面から向き合い、心身がもたないことはないのだろうか。どうやってバランスを保っているのだろう。

「私の知り合いのハープ奏者で、ある病院の緩和ケア棟とNICU(新生児集中治療室)を順番に訪れて演奏している方がいます。緩和ケア棟に行くと先週会った方が今週はいないことがしょっちゅうある。そんな時『NICUで新しい命と接することでバランスを保っている気がする』と言っていて、共感するものがあります。宇宙の話でよく語るのは、『終わりは始まり』ということ。星の死が私たちの命の始まりをつくる。悲しみや苦しみは簡単に癒されるものではないけれど、その視点は、悲しみを抱きかかえるように少し変化させてくれると思うんです」

では、活動を続ける原動力はなんですか?

「求めてくれる人が次から次へと出てくることです。止まらない。そして星に出会ったことで人生に変化が訪れた人たちを目の当たりにしていることです」。高橋さんはある家族の例をあげて教えてくれた。

予定日より3か月も早く、重い障害を持って生まれた長男・藤田一樹くんの母・藤田優子さんは、「この子が大きくなったらどうなるんだろう」と将来に対する不安と、常に向き合う日々を過ごしていた。在宅医療の環境を必死に整えるほど元いた社会が遠くなり、孤独を感じていたという。

そんなある日、「星つむぎの村」のイベントで一樹くんと寝ころびながらプラネタリウムを見上げた時、涙が止まらなくなった。「『すべての人に星空を』という言葉はこれまで出会ったことのない、次元の違う支援の形でした。この言葉に、そして夜空の星たちに、私たち家族は、もう一度自分の力で社会につながっていきたいと思い、行動するエネルギーをたくさん頂いています。『一緒に星を見ようよ』って言ってもらえたこと、明確に当たり前に、社会はひとつだ、世界はひとつなんだ、みんなこの星に生きてるんだよ、と言ってもらえたことは、何にも代え難い希望です」と藤田優子さんは語る。

(提供:星つむぎの村)

そして一樹君が生まれてから家族旅行をしたことがなかった藤田さん一家は、5人家族全員で「星を見たい」と八ヶ岳まで決死の覚悟でやってきた。「行けるかな」ではなく、「行きたい」と思えばできることを体感した彼らは、その後、夏には花火を見に行き、世界がだんだん広がってきていることを実感している。「星の力」が行動を促し、人生が開けたと言えるだろう。

「星つむぎの村」にはお子さんを亡くしたご両親もボランティアとして活躍されている。「人間ってものすごくつらい経験があったときに、それを物語として腑に落ちる形にするとか、語っていく作業が不可欠なんだと思います。たとえば重い障害を持って子供が生まれたときに、この子のおかげで命の有り難さを改めて感じたり、色々な人に出会えたり・・などと思えて初めて、わが子が自分のところに来た意味を親は解釈する。天使のように可愛かったお子さんを亡くしたご両親は、病気になったときからその意味を二人で考え続けてこられました。お母さんは星を語ることで、その子と共に生きる感覚になるのではないでしょうか」(高橋さん)

これから 生きづらさを抱えている人にも届けたい

(提供:山梨放送)

2019年度、「星つむぎの村」はフライングプラネタリウムを8回ほど行った。発見は、天井を豊かにすることの必要性。寝たきりだと圧倒的に刺激が少ないし、ずっと上を向いていると見えるものが限られる。天井に様々なものを投影することが刺激になり、発達を促す可能性もあるのではないか、と高橋さんたちは考えている。

いずれやりたいと思っているのは、全国一斉のフライングプラネタリウム。「同じような病気や障がいを持つ子たちや、引きこもっていたり、生きづらさを抱えている人たちにも届くようなことができるといいな」。天井の先には星空があって、その奥にはさらに深遠な宇宙が広がっていることを知ってほしい。宇宙の中で今を共に生きている者同士、星を介してつながれたら・・。高橋さんはさらに活動を広げようと意欲的だ。

「病院がプラネタリウム」活動に対して高橋真理子さんは第42回巌谷小波文芸賞・特別賞を受賞した。審査員の講評には「星をつむぐみなさんの活動は、混沌とした地上に平和を期待する気持ちを醸造することも可能であると気づかせてくれました」などと記されている。世界中のあらゆる場所が分断の危機に瀕する現代社会。今こそ「星の力」が求められているのではないだろうか。

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