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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

閉鎖環境のプロに学ぶ
—新型コロナウイルスに精神的にやられず過ごすには

火星模擬実験中の村上祐資さん。外は火星という設定で模擬火星基地にのべ160日滞在。(提供:村上祐資)

新型コロナウイルス(COVID-19)が世界中で猛威を奮っている。渡航制限や外出禁止など、移動を制限され、多くの人たちが限られた物資で「家」という閉鎖環境に閉じこもる状況は「宇宙生活」に似ている点があると言えないだろうか。ならば、宇宙滞在や南極越冬隊などの経験からこのストレスフルな状況を乗り切るヒントが得られるかも・・そう思って相談したのが、DSPACEではおなじみ極地建築家の村上祐資さんだ。

村上さんは米国ユタ州やカナダ北極圏の模擬火星基地(MDRS、FMARS)にのべ160日、第50次南極越冬隊員として15か月間南極に滞在など、極地での生活経験1000日を超える閉鎖隔離環境のスペシャリストである。言わば「閉じこもりのプロ」と言っていい。

そんな村上さんに新型コロナウイルスをめぐる現状をどう見ているか尋ねた。「まず、火星模擬実験や南極越冬隊などの閉鎖環境と、新型コロナウイルスの対策の一つとして閉鎖環境にならざるをえない現状は異なる点も多く、一概に重ねることは難しいと思います。ただし家に閉じこもってテレワークをするなどの物理的な環境の変化もそうですが、未知で答えがないものに触れたときに現れる人間性は、閉鎖環境で想定外のことが起きたときのそれとものすごく似ているように感じます」という。

具体的にどういうことだろうか。

まず、認識すべき点として「最前線に立つ人」と「後方で待つ人」がいて、それぞれの役割があると村上さんは指摘する。「極地での集団生活には鉄則が二つあります。『言い出しっぺがやる』『寝床に文句は言わない』です」。「言い出しっぺがやる」は、自分が最前線に立ってやる覚悟があるのかということ。立つ覚悟があるなら自己主張してもいい。だがやらないのに文句を言うだけの人になれば、やる人の邪魔にしかならない。後方で待つ人は最前線に立つ人をリスペクトして信頼し、「こんなところで寝られない」など文句は言わないのが作法であると。それが「寝床に文句は言わない」だ。

模擬火星実験では船外活動も行う。この時は「最前線に立つ人」。待つ人の意見に翻弄される立場も経験した。(提供:村上祐資)

ところが「(新型コロナウイルスについて)未知なことが今よりも多く確かなことは何も言えない状況だった頃、『待つべき人』の中に意見を言う人が出てきましたよね。いつもリーダー的な性分の人は、危機的状況になると『みんなのために俺が言わないと』、とスイッチが入る。肩に力が入って『屈してはいけない』、『負けないために』と仕切り始めるんです。僕が極地で見てきた本当に最前線に立つ覚悟を決めた人は、粛々と事を進め、案外大きなことは言わないものでした。

一方、どちらかというと『いい人』 になりたがる受動的な人たちは、ふだんはみんなで分かち合う行動をしますが、今回のように未知な状況に直面すると『損したくない』という気持ちに変わってくる。多くの人たちが目のないところで買い占めに走りがちなのは、そんな気持ちに切り替わった表れかと思います」

村上さんによると「気持ちが強い人や弱い人も、ふだんならあまりその違いがわからない。自分で思うほど、自身の性分は分かっていないものです。ところが危機的な状況とか未知なことに対峙すると、それらがむき出しになり、弱い人は弱い部分が、強い人は強い部分が露呈してくるんです。強い人は過剰に仕切りたがり、弱い人は損したくない気持ちが強くなる」

ではどうしたらいいのだろう。閉鎖環境経験からヒントはありますか?

「うち勝とう!」「負けないぞ」ではなく、「受け入れる」

「今は(ウイルスに)『負けない』とか『屈しない』とか『頑張ろう』という声が多いですよね。そうじゃない。最初から『戦う』のではなく、まずはありのままを『受け入れる』スタンスにならないと」。

ちょっと極端ですが、と断りながら村上さんが例に出したのは山での遭難の例。「遭難しているのに、『まだ迷ってないはずだ』、『出口があるはずだ』という心理状態の人には何を言っても止められない。みんなが『遭難したんだ』という認識を共有してからでないと次の一手が打てないのです」。

集団心理で『屈した』とは誰も言えなくなる状況は往々にしてある。屈したり断念した後のこと、多方面との利害関係など考えれば考えるほど強がってしまう。だが事態を受け入れて、次の策を考えないとどんどん状況は悪化して最終的に被害が大きくなりがちだ。

今の生活は遭難ほどではないかもしれない。だけど、ふだん通りの生活ができなかったり、もっと〇〇できるはずなのに・・と希望的観測が捨てられなかったりすると誰かのせい、何かのせいにしてしまいがち。「肉体的に感染する以前に、精神的に感染しているようだ」(村上さん)

まずは冷静になろう。身の回りの人が感染した方、仕事で収入が激減する方たちは大変な状況であることは間違いない。だが「そのような、『立つ人』に頼らざるをえない影響を除けば、『待つ人』自身の目の前にあるのは『家にいる時間が長くなった』という話ではないだろうか」(村上さん)。であれば、この状態をあるがままに受け入れるしかない。そのうえで長期戦を少しでもベターな生活になるようにどうすればいいかを考える。

「もちろん、受け入れるということは感染していいということでは決してない。極地での鉄則は『けがをしない、させない』。新型コロナウイルスに対しては『うつらない、うつさない』。それ以外の必殺技は待つ人にはない、としっかり認める」

元南極観測船SHIRASE5002で日本初の民間による模擬宇宙生活実験「SHIRASE EXP.0」のクルーたち。16日の滞在中12日目。フリーズドライの食材に飽きた頃、食器や盛り付け方を工夫しひと手間かけることでみんなに笑顔が戻る。(提供:特定非営利活動法人フィールドアシスタント)

ベターな生活にするために村上さんが提案するのは「時間の節目を作ること」。閉鎖環境で見失うのは、「節目」。会社や学校に行くことがなくなり、最初は自由だと思っていても「空間の節目」を失いだんだんしんどくなる。だから、掃除や料理など意図的に生活の中に習慣という「時間の節目」を作って、できるだけ同じリズムで生活する。

「また、『笑い』は自分が何かにこだわって近視眼的になっていた状態をリセットする手伝いをしてくれます。たとえば喧嘩中、何かの拍子に笑ってしまうと、『あれ?自分は今までなんでこんなことにこだわっていたんだろう?』と、どうでもよくなることがありますよね」

村上さんは、「笑い」の効果を熟知している。2013年の火星模擬実験の最終選考の際、候補者同士がぎすぎすしている状況で、南極で越冬中の経験をヒントに自ら監督を務めてお笑いムービー(LOST & FOUND:欄外リンク参照)を作ったのだ。「管制センターからは、候補者たちが頑張りすぎだから『休日にせよ』という指令があったんです。でもほとんどの人は自分の評価を高めたい一心で、仕事をしようとしていた。そこでお笑いムービーを撮ろうと。南極でも太陽が出なくて気が滅入りがちな極夜期のときに、全ての国の基地が連携してやる、お笑いムービーコンペみたいなのがあったんです。

最初はコマンダーは『遊んでる』と評価されるのを恐れて、もろ手を挙げて賛成はしてくれませんでしたが、『このままじゃまずいから』みたいな野暮な説得はしなかった。そんなことを言ったら『議論』になり余計に悪い雰囲気にもなりかねないし、その状況を誰よりも分かってるのがコマンダーですから。だったら矢面に立って葛藤してくれている人にはできない、雰囲気作りをしようと。道化のふりをして、のってきそうな人に衣装を着せて『やばい、面白くない?』って盛り上げて」。とはいえ必要以上に浮かれてしまっては事故や反感をも生みかねない。閉鎖環境の決まり事はしっかり守る。結果的にムービーを見て一番喜んだのはコマンダーだった。

なるほど。長期閉じこもり生活で笑いとか楽しみを見つけるっていいですね。

「気を付けないといけないのは『今ここにないもの』に楽しみを求めないこと。それより、日々の面白くないと思っていたことを面白くする方がいい。例えば、料理の時、手に入らない『旬の食材』を使うことを外に求めず、限られた食材の中で、あれも作れるこれも作れると工夫してみる。今まで面倒臭いと思っていた掃除も、競争してやるとか、ほこりがたまる場所を発見して家具の配置を変えてみるとか」

コツは「深刻にならないこと。かといって放棄とか無対策はだめ。『うつらない、うつさない』という最低限守るべきものは断固として守ること」

同じく「SHIRASE EXP.0」で模擬宇宙生活実験中、アルファ米に入っているスプーンで何やら制作中。(提供:特定非営利活動法人フィールドアシスタント)
オセロのコマに!限られた資材でも工夫すれば楽しめる。(提供:特定非営利活動法人フィールドアシスタント)

とにかく精神的に感染しないように冷静に。鉄則を守りつつあるがままを受け入れ、深刻になりすぎないように。思えば、残業が続いて「通勤時間が無駄なんだよ」と以前は思っていたりしなかっただろうか。家族との時間が増えた今、気持ちを切り替えれば有意義に過ごすことだってできるかもしれない(平日、近所で大真面目に鬼ごっこするお父さんと嬉しそうな子供たちを見かけた)。

たとえば家の掃除をしたり家具のレイアウト変えてみたり花を飾ってみたり。我が家でほこりをかぶってるピアノを弾いてみるのもいいなぁ。こんな機会だからできることがあるはずだ。世界各地でバルコニーで演奏して楽しむ動画、応援歌を送りあう動画がシェアされているが、ちょっとした工夫が人の気持ちをとかし元気づけていく。

ところで村上さんはいつ、また極地へ?

現在集中して取り組んでいるのはJAXAや多数の企業が進める「Space Food X」プロジェクト。極地経験をいかし村上さんはコアメンバーの一人として参加。同プロジェクトの2大テーマは宇宙と地球における「資源循環型食料生産」と「食によるQOL(Quality of Life)向上」だ。後者では、地上の災害時やパンデミック時の閉鎖環境における食も含め議論をしているそうで参考になりそう。4月下旬には議論を重ねてきた内容や、今後の展開を公表するそうで、注目したい。

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