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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

今夏、MOMO7号機が一輪のバラを宇宙へ
—宇宙で咲いた花たち

この夏打ち上げ予定の観測ロケットMOMO7号機「ねじのロケット」。(提供:インターステラテクノロジズ)

6月14日(日)に行われた観測ロケット「えんとつ町のプぺルMOMO5号機」打ち上げ70秒後の緊急停止からわずか5日後。6月19日(金)、インターステラテクノロジズ(IST)は次の観測ロケットMOMOの打ち上げ計画を発表した。

次号機は「ねじのロケット」だ。機体先端はネジのドリル部分をイメージしたデザインで「空飛ぶねじ」っぽく、カッコいい。ISTは今夏の打ち上げを目指すという。注目は「一輪の赤いバラ」を搭載し、宇宙に届けること!バラの花言葉は「愛」。素敵だ・・その詳細を紹介する前に、観測ロケットMOMOの歩みと今後の対策を紹介しておこう。

6月14日5時15分、北海道大樹町から打ちあがったMOMO5号機。(提供:インターステラテクノロジズ)

観測ロケットMOMOは北海道広尾郡大樹町に本社があるISTが開発、製造、打ち上げを行うロケット。地上と宇宙との境界線である高度100km以上に到達し、飛行中に約240秒間の微小重力状態を実現。同社はコンセプトに「世界一低価格で、便利なロケット」を掲げ、2022~23年には超小型衛星打上げロケットZERO打ち上げを目指している。

観測ロケットMOMOは2017年7月に初号機が打ち上げられた(取材レポート:欄外リンク参照)。2019年5月4日には、3号機が高度113.4kmの宇宙に到達!民間企業が単独で開発したロケットが宇宙に到達したのは日本初。世界では9社目の快挙となった。その直後のインタビューで同社の稲川貴大社長は「ロケットは成功率で語られる」と語り、連続成功して初めてビジネスが成り立つと気を引き締めていた。

連続成功を目指し2019年7月29日に打ち上げられたMOMO4号機は、発射約64秒後にエンジンが自動停止。通信系機器の異常を感知したためであり、飛行高度は約13.3kmだった。対策を施したMOMO5号機が6月14日(日)5時15分に打ち上げられた。

MOMO5号機に搭載されたカメラが撮影した映像。動画では約56秒あたりでノズルの破片とみられる物体が赤く光る様子が確認できる。(提供:インターステラテクノロジズ)

リフトオフ直後は順調に飛行しているように見えたが、発射約36秒後にエンジンのノズルから破片が離散。その後、機体の姿勢が徐々にふらついていき、機体の姿勢やロケットの予想落下地点が基準値を超えたことから、発射約70秒後に手動で緊急停止信号を送信。最高高度は11.5km。射点から約4kmの海上にMOMO5号機が安全に着水したことが確認された。

5号機が緊急停止に至った原因は、エンジンノズルの破損と考えられている。ノズルとはロケットの最重要部品の一つ。約3000度もの高温高圧の燃焼ガスが噴き出すところ。観測ロケットMOMOでは初号機からグラファイトという素材を使っていて素材や形状は変えていない。燃焼試験もかなりの回数を重ねているが、破損など類似の現象は起こっていないという。

同社ファウンダーの堀江貴文氏は「5号機(のフライト)が途中でストップしたことは残念な結果だが、軌道投入機ZEROに向けてMOMOは実験的意味合いもある。たくさんの失敗モードを経験することによってZEROで(失敗が)出ないようにする。MOMOは汎用品をできるだけ使い、ローコストで宇宙に行ける手段を世界に提供するのが主目的。ノズルについてもJAXAで使っているC/Cコンポジット(炭素複合材料)のようにコストの高い部品を使わずに信頼性を上げるべく、製造工程や検査体制の見直しを心がけたい。次号機は宇宙に行くことを強く願う」とコメント。

稲川社長によると「原因について全体を広く見て解析中だが、エンジンやノズルの設計自体の大きな変更は行わない。製造過程や検品など、品質保証をどこまでやるか関係協力会社と相談中」とのこと。ノズル受け入れ時の品質の確認、非破壊検査など様々な検査方法の検討、さらに製造工程や材料特性も問い合わせを行い、対策を実施していくとのこと。

打ち上げが成功しなくてもISTは下を向くことなく、前進している。その駆動力の一つはスタッフの増強だ。3、4号機打ち上げ時は25名程度の社員が現在は40名に増えた。トヨタ自動車から2名のエンジニアが出向中で、MOMOを頻度高く打ち上げつつ、MOMO改良型エンジンの燃焼試験、軌道投入ロケットZEROの開発を並行して行っているという。

「ねじのロケット」でバラを宇宙へ

ISTは約3か月とスピーディに製造・打ち上げを行う体制が整いつつある。ノズルの対策を施した上で、次号機「ねじのロケット」をこの夏に打ち上げる計画だ。

なぜ「ねじのロケット」?MOMOは毎回、スポンサーを募って打ち上げられる。ネーミングライツ(機体命名権)もその一つであり、今回はねじの専門商社サンコーインダストリー(株)が取得。MOMOには1機あたり約2500本の同社のねじが使われているという。

「ねじのロケット」は一輪のバラを搭載して打ち上げ予定。(提供:花キューピット)

さらに宇宙に運ぶ荷物には、一輪のバラが搭載される。これは花キューピットのミッション。同社は1953年、戦後わずか8年でスタートした生花の通信配達システムをもつ企業。現在は石垣島から利尻島まで4400店舗が配達ネットワークに参加し、届け先に近い加盟店が新鮮な花を届ける。

「(創業)当時は夜行電車で花を届けたこともあったし、今でも北海道では100km先まで届けることがあります。10年、20年後は宇宙にお花を届けるニーズが出てくるのではないか。いつかISS(国際宇宙ステーション)に花を届けたい。常にチャレンジ精神を忘れず、お花屋さんにはまだまだ市場があることを伝えたい」と同社の吉川登社長は語る。ISSへは6時間で到着できるし月へも片道3日間。生花を届けることは可能だという。

吉川社長によると、MOMOに搭載するのは一輪のバラの生花。特別な処理は施さないが専用の容器に入れた状態で搭載し、花は打ち上げ直前に入れ替えるそう。

なぜバラを?プレス資料には大切な人へ贈る花の象徴として、花言葉に「愛」をもつバラを選んだとあるが、吉川社長に尋ねると「ひまわりも検討したし、バラを搭載するなら映画『美女と野獣』のようにガラスケースに入れてお届けしたかった(笑)」とのこと。搭載スペースと一般への訴求力からバラに決定したようだ。

近い将来、民間宇宙旅行が花開く。宇宙ホテルのロビーや客室に生花を飾ったり、記念日に宇宙と地上で花を贈りあったりできれば、宇宙生活がどんなに豊かになるだろう。実際、ISSは生き物のいない無機質な空間であり、植物が育つ様子は宇宙飛行士の心の安定にも繋がると聞く。そして、実は20年以上前に宇宙を飛んだバラがあったのです!

「ねじのロケット」に搭載する一輪のバラ。(提供:花キューピット)

Space Rose「オーバーナイトセンセーション」が宇宙で放つ繊細な香り

バラはスペースシャトル・ディスカバリー号に搭載され、1998年10月末~11月の約8日間飛行した。向井千秋飛行士が搭乗し、アメリカの企業とNASAの共同実験を行った。目的は、長期間の狭い空間で宇宙飛行士のストレスを癒す香りの効果を調べること。

選ばれたバラの品種はオーバーナイトセンセーション。ミニバラには珍しく芳香が高いことから選ばれ、蕾をつけた苗を打ち上げた。飛行中に2輪の花が開花。向井千秋さんは「宇宙船という人工的な環境の中で、バラの花を見られることは最高に幸せ」とコメントしている。宇宙で花開いたバラは地上より香しく、開花する様子も含めて癒し効果をもたらしたそう。帰還後に香りの成分を調べたところ、香りを構成する3つの化学成分に顕著な変化が現れ、より繊細な香りだったことが判明したそうだ。実験を実施したインターナショナルフレーバー&フレグランス社(IFF)の研究員は「地上ではできない全く新しい香りが生まれた」と高い評価をしている。

さらに、この宇宙バラの香りを資生堂が再現し「Space Rose」という香料を開発。Space Roseを配合したフレグランス「資生堂ZEN」が2000年10月に販売されている。

宇宙で咲いたバラ「オーバーナイトセンセーション」。(提供:IFF)

ISSで花開いた、百日草

実は宇宙で植物を育てる実験は、ロシアの方が先行している。最初に宇宙で種から育った花が咲いたのは1982年、サリュート6号宇宙ステーションでのことだった。将来、長期間にわたる火星有人飛行中、食用の植物を栽培することを目指し、レタスや麦などの栽培実験がロシアやアメリカで行われている。

最近では2016年1月中旬、ISSでの約1年間滞在挑戦中のNASAスコット・ケリー飛行士が、NASAの植物栽培実験装置Veggie(ベジー)で、百日草の花を咲かせることに成功。「初めて宇宙の花が太陽の光を浴びた!」とツイッターに投稿し、世界で話題になった。

2016年1月17日、ISSのNASA植物栽培装置で初めて花開いた百日草。(提供:NASA)
その後、多数の百日草が花開いた。左がスコット・ケリー飛行士。2016年2月14日撮影。(提供:NASA)

だが、宇宙で花開くまでの過程は決して簡単ではなかったようだ。ISSの中は乾燥しており、水分調整が難しい。水分が足りないと乾燥するし、逆に湿気が高すぎるとカビが生える。2015年年末にスコット・ケリー飛行士は「我々の植物はあまりいい状態に見えない。火星では問題になるだろう。私の内なるマーク・ワトニーと相談しなれば」とツイートしている。(マーク・ワトニーとは小説・映画「火星の人(The Martian)」の主人公で火星でジャガイモを育てた植物学者)

油井亀美也飛行士はスコット・ケリー飛行士と共にISSに滞在し、Veggieで育てられたレタスを初めて食べた宇宙飛行士になった。感想を聞くと「NASAの中継では美味しいと言いましたが、正直言って(実家の長野県川上村の)レタスの方が美味しかった」と告白。地上では雨風や寒さなど厳しい気象条件に晒される。ISSで作られた人工的な最高の環境より、ある程度厳しい環境に晒される方が人も植物も味わい深く豊かになる、というのが油井飛行士の持論だ。

味は改良の余地があるかもしれないが、NASAは植物栽培について、「食糧供給という直接的効果だけでなく、宇宙飛行士の意欲をかきたて幸福を感じさせる大きな効果がある」と記している。

私は新型コロナウイルス感染拡大中のStay Home期間中、近所で花を買うのが楽しみだった。自然が作り出す形や色合いの美しさ、不思議さ。香りも含めて花には生命の豊かさが凝縮されていると感じる。「ねじのロケット」を是非成功させ、ISTの宇宙事業とともに宇宙で大きく花開くことを期待したい。

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