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SF映画 わたしはこう観た!映画「オデッセイ」日本で最も火星に近い男が語るメンタルマネジメントSF映画 わたしはこう観た!映画「オデッセイ」日本で最も火星に近い男が語るメンタルマネジメント

火星に一人置き去りにされた宇宙飛行士の生存をかけた孤独な奮闘と、彼を救いだそうとする周囲の努力を描くSF映画「オデッセイ」。多くのSFファンの心を捉えたこの映画を、「日本で最も火星に近い男」と呼ばれる極地建築家で、長期の模擬火星実験体験者、村上祐資(むらかみゆうすけ)さんが語ります。
もし、あなたが火星に取り残されたら?極限の生活に必要なものは?村上さんが注目したのは過酷なサバイバルだけではなく人間の本質だった!火星での生き抜き方がビジネスライフに役に立つかもしれません。

オデッセイ×村上裕資

映画『オデッセイ』あらすじ
人類による有人火星探査ミッション<アレス3>が、荒れ狂う嵐によって中止に追い込まれた。ミッションに参加した6人のクルーは撤収を余儀なくされるが、そのひとりであるマーク・ワトニーは暴風に吹き飛ばされ、死亡したと判断される。しかしワトニーは奇跡的に生きていた。独りぼっちで火星に取り残され、地球との交信手段もなく、次にNASAが有人機を送り込んでくるのは4年後。サバイバルに不可欠な食糧も酸素も水も絶対的に足りない。そのあまりにも過酷な現実を直視しながらも、ワトニーは決して生き延びることを諦めなかった。やがてワトニーの生存を知って衝撃を受けたNASAや同僚のクルーは、地球上のすべての人々が固唾をのんで見守るなか、わずかな可能性を信じて前代未聞の救出プランを実行するのだった……。
オデッセイ
<4K ULTRA HD + 3D + 2Dブルーレイ/3枚組>
希望小売価格 ¥6,925+税
発売元:20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン株式会社
©2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
村上 祐資
1978年生まれ。極地建築家。公益財団法人日本極地研究振興会理事。特定非営利 活動法人フィールドアシスタント代表。
第50次南極観測隊越冬隊として昭和基地での閉鎖生活を経験。The Mars Societyが計画を発表した長期の模擬火星実験「Mars160」では副隊長に選ばれ、2年間で 合計約160日間の火星生活をシミュレーションを完遂。「日本で最も火星に近い男」と呼ばれるように。
2019年2月23日~3月10日まで、日本で初めてとなる模擬実験、元南極観測船 「SHIRASE 5002」の船内で火星へ向かう宇宙船を想定した「模擬宇宙生活実験」(SHIRASE EXP.0)を行う。

日本で最も火星に近い男が語るメンタルマネジメント

火星とヒマラヤに見る共通点-死への向き合い方

©DSPACE

映画「オデッセイ」をご覧になったのはいつ頃ですか?
村上:2014年にアメリカ・ユタ州にある模擬火星基地(MDRS)で約2週間のミッションを終えた後に見ました。南極越冬隊で15か月滞在した経験から、火星に500日以上も一人で取り残されればもっと人間性が変化していくのではないかと思いつつも、一番共感したのは死への向き合い方。僕も1回死にかけたことがあったので。

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いきなりディープな話になりましたが、どこで死に直面されたのですか?
村上:ヒマラヤのシシャパンマという山の標高約5千数百メートル地点です。登山隊のエンジニアとして参加したのですが、高山病の末期症状で血を吐いて真っすぐ歩けなくなり「ほぼ死ぬな」と。その時の心理状態や行動が、「オデッセイ」の主人公に似ていると思いました。
具体的にはどういうところが?
村上:僕はヒマラヤの地図のない場所で体調が悪くなって、若いシェルパ一人とベースキャンプに下りようとしたんです。でもシェルパが道に迷って、蟻地獄みたいな場所にはまってしまった。おまけに吹雪になって動けない。そこでシェルパにGPSを渡して使い方も紙に書いて、ベースキャンプに行って助けを呼んできてくれと頼んだんです。周囲は野犬が出る場所で、野犬に襲われたときのために石だけ積んでおいてもらって。
標高5000m付近だと酸素も薄いですね。焦りとか恐れは?
村上:死の間際はパニックになって、一人にされるのを嫌がるケースが多いと聞いていました。でも死ぬ状況を客観的にわかりつつも、死ぬ気が全然ない。一人で残されたとき、僕は衛星電話に状況を記録しました。案外、冷静に。それは、ワトニー(主人公)が火星に一人残されて、生還できなかったときのために映像を記録したのと同じだと思ったんです。
助かる可能性がある、とどこかで考えていましたか?
村上:助かる可能性は、十中八九ないなと。でも9割死ぬ確率を8割に寄せることはできるんじゃないか。ワトニーも火星に置き去りにされて次に補給船が来るのは4年後。しかも自分は死んだと思われている。多くの人はそこで何もしない。でも彼は、まず自分の体に刺さった異物を取り出す手術をした。そうしないと生きられないから。次に映像に毎日記録しましたよね。それは自分を落ち着かせることでもあるし、客観的に状況をとらえるための作業だったと思います。ほぼ死ぬことを受け入れつつも、その瞬間の目の前のことを一つ一つ必死にやっていったことで、結果がついてきたのではないか。

 

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ワトニーは火星滞在に向いているか

村上さんは火星模擬実験を100日以上経験され、参加者の選抜も行われています。マット・デイモン演じる主人公マーク・ワトニーは火星滞在に向いていると思われますか?
村上:一人だったら向いていると思います。一方、集団でミッションをずっとやっていたら厄介者になっていたかもしれない(笑)。相手に対して過干渉というか。例えば映画冒頭で、火星に嵐が迫る状況で撤退か否か決断を迫られるコマンダー(船長)に対して、「まだ、いける」みたいなことを意見している。でもコマンダーは「任務中止、命令よ」とスパンと切った。深読みすると、火星ミッションで何百日も滞在していた間、ワトニーがチームにあまりいい影響を与えなかった可能性がある。ポジティブすぎて。
ポジティブすぎることが、よくない影響を?
村上:彼は新しいことに手を出すことに喜びを感じるタイプ。車で言えばスポーツカー。でも車はアクセルだけではだめで、ブレーキを適切にかけることでいい運転ができる。チームにはダンプカーやミニカーで走っている人もいて、一人だけ早く走りすぎればほかの車が置いて行かれてしまう。まぁ、彼はソロ向きですよね、火星に置いて行かれる人としては良かった(笑)もし他の人が残されて、ワトニーが宇宙船に戻っていたら「なぜ火星に一人残したんですか、戻りましょう」みたいに、決断をずっと責め続けていたかもしれない。
宇宙ミッションではチームワークが重視される話をよく聞きます。でも「オデッセイ」では孤独や絶望とどう向き合うか、自己管理に重点が置かれているように思いました。
村上:彼は一人だったから、徹底的に自己管理して生き残ることができましたけど、もし何人かが火星に取り残されたら、おそらく泥沼のような話になっていた可能性があります(笑)。だから、オデッセイは「リソースの物語」でもあると思うんですよ。いかに食料や水などのリソースを保つか。たとえば、ここに一杯のお茶があります。一人なら自分がどういうペースで飲むかだけ考えればいい。ところが、集団では公平さが重要になる。コップの水を数人で分ける線引きが1㎜上か下かをきっかけに、普段は抑えていることが爆発したりしますから。「前のミッションのあのことが気に入らなかったんだよ!」みたいに。

©2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

ストレスマネジメントのコツは?

相当ストレスが溜まっているわけですね。ストレス発散はどうしていましたか?
村上:ストレス対策の前提として、火星も南極もそうですけど、2種類の暮らしを同時にやっているんです。まずはいわゆる冒険、サバイバルの状態です。一方で通常のミッションはどちらかというと暇なんです。例えば火星模擬実験中には、基地から外にでる船外活動があります。でも景色は変わらないし、慣れてくると単なる繰り返しでしかない。すると向き合わないといけないのは「暇」とか「飽きること」です。ところが食べ物がなくなってくると、いきなりサバイバルになる。「暇な状態」と「サバイバル」が表裏一体で同居してるのが火星生活なんです。
それは宇宙飛行士の方に聞いたことがあります。トラブルがないと宇宙生活は単調だと。
村上:サバイバル状態の時は食料があればいい。でも通常は、量でなくて美味しいか、盛り付けがどうかという点が重要で、癒されていくわけです。単調な生活には、誕生会などでちょっとずつリズムを作ることが大事になります。それから季節感。
例えば南極の昭和基地で越冬した時は「花見」をしました。もちろん桜はないので食堂にプロジェクターで桜を写して。ブルーシートを敷いて場所取りから始めるんです。シェフはおでんや焼き鳥を作って、越冬隊員も頭にネクタイ巻いてサラリーマンになる(笑)。
なるほど、パーティも工夫が必要なんですね。ストレス対策と言えば居住環境も大事だと思いますが、極地建築家の村上さんから見て、「オデッセイ」の施設はどうでしたか?
村上:広すぎるなと思いましたね。火星に向かう宇宙船も火星基地も。まだ火星探査が始まってそんなに時代が進んでいないのに。
それからデザイン。よく学生さんから「宇宙建築のデザインをしたいんですが、どうすればいいですか?」と問い合わせを頂くのですが、彼らのいう宇宙建築はSF映画そのものなんです。メタリックでむき出しな感じの。

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近未来的なイメージの?
村上:はい。ただ宇宙で人が暮らすときには人の命を預かるのが大事。どういうデザインが必要かと言えば、基本的にゼロ。つまりプラスもマイナスもない、何の意識もしないようなデザインが理想だと思います。SFっぽいってことは意識してるわけじゃないですか。たとえば「ちょっと寒いな」と感じるのは、通常より少し温度が低いことを意識している。
じゃあ、理想のデザインは「ゼロ」。
村上:実現するのは、難しいですけどね。

リーダーの理想は「ぶれないこと」

面白いですね。それから伺いたいのはコマンダー、つまりリーダーについてです。ワトニーのチームのコマンダーについて、どう評価されますか?
村上:あのコマンダーはフェアという意味でなかなか優秀じゃないですかね。最初から最後まで全然ぶれてない。コマンダーの判断がぶれるのが、メンバーは困るんですよね。
ぶれるって例えばどういうことですか?
村上:例えば、優先順位が一か月前と違ったりする。宇宙飛行士の命が一番なのか、ミッションを達成することが一番なのか。ミッション中は色々なことが起きますから、普段はいい人なのに何か起こるといきなり変わることもよくある。一番ぶれないコマンダーは「俺についてこい」タイプ。ある種、思考が読みやすい。でもそういう人が急にみんなのことを考え始めると、普段やったことがないからぶれまくります。
映画のコマンダーは女性だけど、兄貴分的なところもあるしフェアでぶれない。すごくいいコマンダーだと思います。実際に火星模擬実験をやった時のコマンダーに近いです。

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村上さんは2018年の火星模擬実験でコマンダーを務められましたね。ぶれることは?
村上:めちゃくちゃありますよ。僕は自分が何かあった時にぶれることもあるだろうと思っていたので、なるべく表に出ないようにしたんですよね。
どういうことですか?
村上:コマンダーは舞台裏に隠れていて、出てこない。指示はぼそぼそと出すけど、誰かに伝えてもらう。ミッション中のレポートも通常はコマンダーが書くことが多いのですが、メンバーに書いてもらう。でも、何か重大トラブルがあった時にガッと出る。「これはコマンダー判断だ」と。すると、「いつもは出てこないコマンダーが出てきたってことは、重大なことなんだ」と判断できるじゃないですか。コマンダーに必要な能力って、日々とは別のスケールで「これはどういうことか」という意味を示すことなんですよね。

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地上と宇宙では問題の本質は変わらない。違いは「濃さ」

火星ミッションはビジネスパーソンに活かせる点が多そうですね。
村上:同じ人間がやることなので、閉鎖環境で起きる問題のエッセンスは、そんなに変わりません。違うのは、濃く出てきてしまうことです。地上の生活と火星生活が大きく違うのは、地上では自分が動くことで職場と家庭とか1日のうちに最低二つぐらいは場所を切り替えて生きていけること。でも火星や宇宙生活ではそれができない。
ずっと同じ環境で同じ人間関係の中にいるっていうことですね?
村上:そこが決定的に違う。職場でいらっとすることがあっても、家に帰って愚痴を聞いてもらったり美味しいものを食べたりして発散できるから、職場で爆発しないですむ。でも閉鎖環境ではいらいらが蓄積されていく一方です。だから濃い形で出てしまう。
もう一つ、宇宙と地上で違う点は、参加するクルーが良い奴でミッションに対して真剣だから抑制力が働いて爆発しない期間が長いことです。それだけに爆発したときが激しい。
真面目だからこそ。
村上:あるミッションでアーティストの女性が入ってきたんですけど、けっこう最初から爆発した。その姿を見てほかの人が、爆発したらどうなるか学んだ。では爆発しないようにするにはどうするかという方法論を作るために、旧南極観測船を宇宙船に見立てて模擬宇宙生活実験を実施します。

いつか、普通の人が火星に行くために。

2月23日から旧南極観測船「しらせ」を宇宙船に見立て、宇宙生活の模擬実験が始まりました。目的を教えて頂けますか?
村上:「宇宙飛行士はタフ」という前提でない模擬実験を実施して、皆さんの関心の元で再現したい。弱音を吐くことを良しとしています。
なぜですか?
村上:そもそも火星模擬実験は、いつか火星に行く人が苦しまないように問題点を洗い出すのが目的だったはずなのに、今では(有人火星探査に予算をつけてもらうための)プロパガンダのようにもなっています。火星に近い現場を見た人が弱音を吐かなかったら、火星での暮らしが改善されるはずがないと思います。

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では弱音を出して、問題点を洗い出すのが目的ですか?
村上:はい。医学的な実験テーマもあります。
村上さんから見て、今の人間が火星に行くことは可能だと思いますか?
村上:3つぐらいの見方があると思います。一つは宇宙船が往復できるかなど、技術的な問題。二つ目は人間の身体が帰って来られるか。そして三つ目がメンタル面。三つ目は相当まずい。プロフェッショナルな人の方が難しいかもしれません。
旅と同じでガイドブックを生真面目に読み込んでいる人たちは、本に紹介されているレストランに行って「星3つって書いてあるけど違うなぁ」と言ったりする。一方、ガイドブックを見ない人はフラットに見る。今はガイドブックをがちがちに作って宇宙に行っている状態。しかも「帰ってきたらヒーローだ」という前提があるから、我慢してしまう。だからこそ、いつか普通の人が火星に行くためにも、弱音をいっぱい吐いて問題点を洗い出す必要があるんです。
なるほど、村上さんのお話を聞いて火星に暮らすことがどういうことか、リアルに感じられ、映画がまた違った視点で見られそうです。ありがとうございました。

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取材/文 林 公代(はやしきみよ)
福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。日本宇宙少年団の情報誌編集長を経てライターに。NASA、ロシア等現地取材多数。『宇宙へ「出張」してきます』(古川聡宇宙飛行士他と共著、第59回青少年読書感想文全国コンクール課題図書)、『宇宙就職案内』『宇宙遺産 138億年の超絶景!!』など著書多数。
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