植物、化石、神社が語る
島の成り立ち
(島根・隠岐ユネスコ世界ジオパーク)
島根半島の北、40~80kmの日本海に点在する4つの有人島と
180ほどの無人島から成る隠岐諸島。
この海域と、ここに息づく海洋生物、漁業などの人の営みを含むジオパークです。
2億5000万年前の地球の活動や、不思議な生態系などを間近に感じることができます。
北海道と沖縄の
植物が
共存する
奇跡の島

隠岐の生態系は、世界的に見ても珍しいものです。南方系のナゴラン、北方系のハマナス、高山植物のクロベ、さらには氷河期の生き残りといわれるカタクリまでもが共存しています。通常、標高の高いところで育つ山地性植物や北方系植物が、隠岐では平地で見られます。屋久島では山道を数時間登らないと縄文杉を見ることはできませんが、隠岐では港から車で5分の駐車場のすぐ近くに樹齢2000年を超える巨大な杉があります。



なぜ南と北の植物が混在しているのか?なぜ平地に杉の巨木があるのか?それは2万年前の氷河期、対馬暖流の影響で暖かい隠岐に、植物や杉が逃避して生き伸びたからです。また、隠岐は土がやせているため、肥沃な土を好む南方植物が入りにくいことで北方の植物が繁殖できました。隠岐にあるさまざまな疑問を紐解くと、地球規模の変化、そして日本列島や隠岐がたどってきた歴史がわかります。

ワニが暮らす
湖だった
2000万年前の隠岐

2億5000万年前は、日本列島も含めて隠岐も大陸の一部でした。そのことは「隠岐片麻岩」の存在からも明らかです。同じものが中国にもあるため、大陸と日本列島が一体であった証とされています。隠岐片麻岩の元となる砂泥は20億年前のものです。それが地底の圧力と熱によって変成したため、本来であれば地下15km辺りに存在します。ところが隠岐はプレート活動と約600万年前の火山活動で隆起した場所のため、本来地下にある岩石を地表で見られます。身近にあるものなので、隠岐では道路の砂利として使用されてきました。



地球には約10万年単位で寒冷期と温暖期が繰り返しやってきました。隠岐の地層にはその変化がくっきりと刻まれています。約2000万年前の地層からはワニの化石が、1200万年前の地層からはホタテ貝の化石が出土しました。このことからわかることは、いくつもあります。ワニが生息するのは淡水、亜熱帯気候のエリアです。つまり日本海が形成される以前、大陸と日本列島が離れ始めた当時にできた湖に生きたワニの化石なわけです。その後、日本列島の分離は続き、湖だった場所に海水が入り込み、日本海になります。寒い海で育つホタテ貝の化石はこの当時のものです。隠岐をみれば、地球規模の環境変化をダイレクトに感じることができます。

2千万年前の地層から発見されたワニの背骨の化石
神々を祀る黒曜石の島は
天皇の流刑地に


隠岐は小さな島でありながら、社殿を持つ神社だけでも150ほどあります。九州系・出雲系・大和系など多彩な系譜の神々が祀られているのが特徴です。隠岐独自の神様を祀る伊勢命神社もあり、その神名から伊勢神宮と関係があるという説もあります。



724年に遠流の地として定められた隠岐には、後鳥羽上皇、後醍醐天皇と2人の天皇をはじめ、公家などの政治犯が流されてきました。では、なぜ隠岐が選ばれたのでしょうか。単に離島だからというわけではありません。貴人が問題なく生活できる場所であったためです。雨水を地下に溜められる地質構造のため、水が豊富で米作りの適地であり、都からみると隠岐は陰陽道での吉兆の方角でもありました。また、祭事や矢尻に使う良質な黒曜石が採掘できることから「黒曜石の島」としても広く知られていました。隠岐から各地に運ばれた黒曜石を辿ると、日本の歴史の始まりや当時の人々や文化の交流も見えてきます。

海域を含めたジオパークとして認定され、
日本ジオパークネットワークに海洋環境への取り組みを提案するなど、
先導的な活動でも注目される隠岐ユネスコ世界ジオパーク。
ジオパーク認定を目指す世界の国・地域からの研修を受け入れるなど、
小さい島ながら世界のジオパークとの連携を広げています。
写真提供:隠岐ジオパーク推進機構





2026.06.01

