DSPACEメニュー

We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.17

速報「はやぶさ2」 — リュウグウの声に耳をすます

鉱物学者という種類の研究者がいることを、皆さんはご存知だろうか。

鉱物のもつ得も言われぬ美しさに魅了され、顕微鏡をのぞいてその秘密を探究するうちに、鉱物が語る声なき声を聞くことができるようになった人たちである。

河原や海岸に行って、石ころを見てみよう。

白っぽい石があれば、そのなかに見える灰色の透き通った鉱物は石英だ。その隣の白っぽいのは斜長石、ゴマをまぶしたような黒っぽいのは黒雲母。鉱物学者がこの石を丹念に調べると、川の上流にある火山のマグマの状態やその歴史がわかるだろう。

あるいは、エメラルドブルーの石も見つかるかもしれない。この石をきれいな碧緑色にしているのは緑泥石という鉱物だ。この鉱物はこの川の上流には火山だけでなく、かつて温泉もあったと教えてくれる。火山灰と高温の水が触れあうと緑泥石が生まれることを、鉱物学者は知っている。

鉱物学者は鉱物の声が聞こえると書いたが、もちろん実際に声がするわけではない。数多の科学的情報を、鉱物から読み出せるということに他ならない。しかし、鉱物学者に言わせれば、まるで鉱物が雄弁に、地球の歴史を語りかけてくるような気がするという。

“はやぶさ2が持ち帰る小惑星リュウグウの鉱物たちが、何を語るか聞いてみたい”

JAXAで「はやぶさ2」試料の分析担当の総責任者をしている橘省吾さんは、2019年に開かれたある講演会で高校生にそう語っていた。

橘さんは、日本を代表する宇宙鉱物学者である。

鉱物学が地球の鉱物から地球の歴史をひも解くように、宇宙から飛来する石 — 隕石に含まれる鉱物が語る声なき声を聞き、宇宙の歴史をひも解くのが宇宙鉱物学である。そんなファンタジーに出てくる魔法使いのような研究があるのかと、皆さんは驚かれるかもしれない。

2020年12月10日、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に帰還し、サンプルを地球に届けてくれた(参照:第4回コラム 「はやぶさ2」と生命のレシピ)。そして、その分析結果の速報といえる2篇の論文が、帰還から1年後の2021年12月20日に発表された。

著者には惑星科学者や宇宙工学者など多様な研究者がいるが、橘さんを始めとする宇宙鉱物学者たちも含まれる。宇宙鉱物学者たちは、リュウグウの鉱物から何の物語を聞いたのだろうか。今回は、発表したてのこれら速報論文を皆さんにご紹介しよう。

橘省吾 教授。宇宙鉱物学・宇宙化学を専門とする。東京大学で教鞭をとりつつ、「はやぶさ2」の帰還サンプルの分析をとりまとめるリーダーである。(提供:橘省吾)

有機物が見つかった!

“僕たちが求めていた物質が、まさにリュウグウから持ち帰られたことがわかりました。”

橘さんはこう言って胸を張る。だが、求めていた物質というのは何であろうか。

探査機「はやぶさ2」が訪れた小惑星リュウグウは、小惑星のなかでも、広義のC型小惑星に分類される。C型とは“炭素質”ということであり、リュウグウにも水や有機物が存在することが期待されていた(参照:第4回コラム)。小惑星とは、かつて太陽系の最初期に地球などの惑星を作った材料物質の生き残りだと考えられており、このなかのC型小惑星に水や有機物が見つかれば、太陽系の最初期に水や有機物を持つ小天体が数多あり、地球にそれらをもたらしたという仮説が実証される。

リュウグウにかつて水が存在していたことは、サンプルを持ち帰る前に行われた接近観測で、粘土鉱物が見つかったことですでに明らかになっていた。今回の速報論文の目玉の一つは、「はやぶさ2」の持ち帰ったサンプルに、粘土鉱物だけでなく、確かに有機物も存在していたことがわかったことである。

さらに、持ち帰ったサンプルは、地球上でこれまで発見されたどの隕石よりも隙間が多く、極めて脆いこともわかった。これがもう一つの目玉である。脆いということは、裏を返せば、リュウグウの持ち帰られたサンプルは、その形成から現在まで、他天体の衝突などの衝撃による変性を、幸運にも免れていたということになる。もし衝撃を経験すれば、脆いサンプルは粉々に破壊されてしまうはずである。橘さんは次のように言う。

“高い温度で壊れてしまう有機物や、衝撃で簡単に破壊されてしまう構造がサンプルに残っているということは、このサンプルは太陽系ができてから熱や衝撃による変性をほとんど受けていないことを意味しています。僕らが探査機で持ち帰りたかったのは、そのような太陽系が始まった一番初めの記録をよく留めていて、それを物語ってくれる鉱物たちです。”

上の動画は、JAXA内でのカプセル開封作業の様子。空気中の塵を極力排したクリーンルームで、防塵服に身を包んだ研究者が作業を進めている。

炭酸塩も見つかった!

有機物や脆い構造に加えて、もう一つの発見は炭酸塩という鉱物の存在だと橘さんはいう。

“炭酸塩という鉱物は、地球では大理石にも多く含まれます。炭酸塩もリュウグウにかつて液体の水があったことを物語る証拠になります。”

炭酸塩とは、カルシウムやマグネシウムのイオンと炭酸イオンが結びついてできる鉱物である。これらのイオンは液体の水の中でないと存在できず、地球でも基本的には海や湖といったこれらイオンが豊富に存在する場所でのみ炭酸塩はできる。この水中でしかできない炭酸塩が、リュウグウのサンプルからかなり見つかったのである。

炭酸塩は水の存在以上に、もっと重要なことを物語るかもしれないと指摘するのは、名古屋大学の渡邊誠一郎さんである。渡邊さんは第4回コラムでも登場していただいた。専門は惑星形成理論であり、「はやぶさ2」に関わる科学者をまとめるプロジェクト・サイエンティストを務めている。

“深煎りコーヒーみたいだな”

というのが、渡邊さんが初めてリュウグウのサンプルを自分の目で見たときの感想らしい。JAXAでリュウグウのカプセルが開かれるのを、別室にて皆で今や遅しと待っていたとき、気持ちを落ち着かせるためかコーヒーを何杯か淹れたという。そのときのコーヒーの豆と粉に見た目がそっくりだったため、感動の対面のはずが、そういう第一印象になってしまったと複雑な表情で語ってくれた。

「はやぶさ2」が届けたカプセル開封直後のサンプル室の画像。下部に溜まった黒い砂や石がリュウグウのサンプル。(画像提供:JAXA)

炭酸塩の声なき声を聞く

さて、炭酸塩に話を戻す。

渡邊さんが指摘するのは、炭酸塩の元となった水に溶けたイオンはどこから来たのかという点である。カルシウムやマグネシウムはよい。リュウグウの石にもこれらは含まれており、液体の水が周囲にあれば、石からこれらが溶けだしてイオンとなろう。

しかし、炭酸イオンはどこから来るのだろうか。炭酸イオンを化学式で書けば、CO32-となる。つまり、水に溶けた二酸化炭素(CO2)であり、炭酸塩ができるためには、水のなかに二酸化炭素がある程度は溶けていることが必要となる。

二酸化炭素がある程度小天体に含まれるためには、太陽系のなかでも、木星よりも外側の低温領域にその天体が存在したのかもしれない。太陽から遠い外側の低温領域では、二酸化炭素がドライアイスとして凝結し、小天体を作る材料に含まれやすくなるためである。

しかし、そうだとすれば一つ問題が生じる。リュウグウはもともと、木星より内側の小惑星帯に存在する、ある小惑星から放出されたものだと考えられているのである。つまり、リュウグウを放出したリュウグウの母天体は、もともと木星より外側でできたものだが、何らかの理由で木星より内側の小惑星帯まで移動したということになる。果たして、そのような大移動が可能だろうか。

渡邊誠一郎 教授。名古屋大学。惑星形成理論の研究者であるかたわら、「はやぶさ2」に関わる科学者を束ねるプロジェクト・サイエンティストを務める。(提供:名古屋大学広報室)

“実は、太陽系のかなり初期に、木星や土星といった巨大ガス惑星たちが連れ立ってその軌道を大きく変えたのではないか、つまり大暴れしたのではないかと予測する理論があります。”

渡邊さんは小天体を移動させた原因として、そのような太陽系初期の大動乱を挙げる。

“そういった大動乱が起きると、木星や土星の外側の小天体たちを、たくさん現在の小惑星帯や地球の軌道くらいにまで移動させることができます。木星の外側の低温領域では、水も二酸化炭素も有機物も蒸発せずに小天体に含まれます。木星と土星の大暴れによって、これらが地球にももたらされ、海や大気、生命の起源につながったのかもしれないのです。”

気のいいリュウグウの鉱物たち

残念ながら、今の段階でこの大動乱が起きたかどうかを結論づけることはできない。リュウグウにかつて存在していた液体の水に、実際どのくらい二酸化炭素が溶けていたのか、量的にはまだはっきりしないからである。木星よりずっと外側でできたことを証明するためには、水に対してかなり大量の二酸化炭素が溶けている必要があり、それを主張するにはまだ証拠が足りないのだ、と渡邊さんは指摘する。一方で、橘さんは言う。

“今回の速報論文では、主に赤外線などの光を使った分析の結果が載っています。元素の分析などを通じて、鉱物たちの声を本格的に聞けるのはこれからです。そのような詳細な分析を行えば、太陽系の初期に起きたかもしれない大動乱を証明できるかもしれません。”

先に述べた2019年の講演会で、橘さんは宮沢賢治の「気のいい火山弾」という童話の一節を紹介している。内容はこうである。

ある山で、形がいびつで仲間の石や苔に馬鹿にされていた石ころが、実は、火山から噴出するマグマが冷え固まった火山弾の典型として、科学的価値が高いことがわかる。この山の火山弾は極めて保存状態がよいもので、大事に採取され大学の研究室に引き取られていく。火山弾は、山に残る仲間の石や苔に最後にこう言葉を残す。

「みなさん。ながながお世話でした。苔さん。さよなら。(中略) 私の行くところは、こゝのやうに明るい楽しいところではありません。けれども、私共は、みんな、自分でできることをしなければなりません。さよなら。みなさん。」 — 「気のいい火山弾」新修宮沢賢治全集より

地球にやって来たサンプルも、きっと似たようなお別れをリュウグウの仲間の石たちとしたのだろう。だとすれば、やって来た鉱物たちはこの宇宙で起きたことについてまだまだ語り足りないに相違なく、宇宙鉱物学者たちは聞き手として、まだしばらくは忙しい日々が続くことを覚悟せねばなるまい。

  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

  • 三菱電機は「はやぶさ2」プロジェクトにおいて地上のアンテナ系を担当しています。