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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.23

リュウグウとはいかなる天体だったのか

アフリカ・タンザニアの内陸、ザンビアとの国境に近い高地に、ルクワ湖という湖が横たわっている。この湖は、南北180キロメートルの細長い形をしており、琵琶湖の約3倍の長さを誇る。湖から流出する河川はなく、湖水が徐々に蒸発することで湖に塩分が蓄積して塩湖となっている。湖の半分はルワンダ動物保護区に指定され、多様な美しい鳥たち、カバやワニなどの動物たちも棲み、また人々もこの水を利用して家畜を養っている。

1938年12月16日、このルクワ湖の周辺が、一瞬の轟音と閃光に包まれた。

隕石の落下である。

隕石は、地球落下前にはそれなりに大きいものだったが、地球大気へ突入する時の衝撃で、大気中で大小さまざまな岩片に分裂した。分裂した岩片は、それぞれ美しい光の尾を天に引きながら、やがて地上に到達した。

当時の人々は懸命にこの地上に落ちた隕石を探した。しかし、発見されたのはルクワ湖南岸にあるイヴナという町の近郊に落下した、700グラムのたった一つの岩片のみであった。

この岩片は、この町の名をとり「イヴナ隕石」と名付けられた。

地球規模でみれば、この程度の隕石の落下は、そう珍しいことではない。地上まで岩片が到達するような隕石衝突は、年間10回程度、地球上のどこかで起きている。

しかし、このイヴナ隕石が珍しかったのは、その化学成分が他の隕石と異なっていた点にある。

フランスの国立自然史博物館に保存されている、イヴナ隕石と同じタイプのアライス隕石。(提供:国立自然史博物館(フランス) CC BY-SA 4.0

現在、7万個以上といわれる人類の持つ隕石コレクションのうち、イヴナ隕石に類似した成分をもつ隕石はたった9つしかない。確率にして、1万個に1個程度しかない希少なタイプである。

イヴナ隕石の落下から82年後の2020年12月、探査機「はやぶさ2」は小惑星リュウグウの石を持ち帰った。その帰還試料を詳細に分析してみると、驚くことに、この小惑星リュウグウの石が、希少なイヴナ隕石と同タイプであることがわかったのである。

リュウグウを含むイヴナ型の隕石は希少であるが、実は、太陽系の成り立ちを知るうえで欠かせない重要さを持つ。一体、リュウグウやイヴナ隕石の持つ重要さとは何だろうか。そして、小惑星リュウグウがイヴナ隕石と同じタイプであることは、何を意味しているのであろうか。

今回は、探査機「はやぶさ2」が僕らに届けてくれた試料から見えてきた、リュウグウという小惑星の素顔に迫ってみたい。

宇宙化学者のしごと

「リュウグウが極めて貴重なイヴナ隕石と同じタイプとわかったとき、その興奮ときちんとデータを出せたという安堵感、これから続くさまざまな分析への期待と緊張など、いろいろな感情がない交ぜになって溢れました。」

こう語るのは、東京工業大学・教授の横山哲也さんだ。横山さんは、「はやぶさ2」探査の地上分析チームの主要メンバーであり、リュウグウがイヴナ隕石と同じ種類だということを明らかにしたまさに張本人である。

横山さんの専門は、宇宙化学である。

宇宙化学とは、地球や太陽系、宇宙がどのような元素や物質でできているのかを調べ、なぜ地球のような惑星が誕生したのかを化学の視点から明らかにしようとする学問である。

横山哲也教授。世界的な宇宙化学者で、東京工業大学で教鞭をとっている。一緒に写っているのは、彼の使う分析装置の一部。(提供:横山哲也)

例えば、ここにある種の石ころがあるとしよう。

皆さんなら、この石ころがどういった素性のものなのか、どこでできたものなのか、いかにして調べるだろうか。

手で持ってみて重さを調べたり、叩いてみて硬さを調べたりするだろうか。あるいは、その色や形を周囲の山の岩石と比較して、この石ころはあそこの山から転がってきたのではないかと考えたりするだろうか。

色や形以上の確たる証拠を得たければ、石ころを構成するさまざまな元素を調べあげ、その成分表を作り、周囲の山の岩石と比較してみるとよい。この石ころには、ナトリウムは何%、鉄分は何%、カリウムは何%、ケイ素は何%、硫黄は何%含まれている、といったような成分表を作るのである。もしその石ころと山の岩石の成分が一致すれば、それは石ころがどこでできたのかを知る上で、確たる証拠となる。

横山さんのような宇宙化学者は、石ころではなく、空から落ちてきた隕石の元素成分表を作って、隕石の素性を明らかにしている。そして、それらから隕石たちが誕生した太陽系の最初期に何が起きたのかをひも解こうとしているのである。

その意味では、宇宙化学者は、宇宙を調査する“科捜研”だといってよいだろう。警察庁の科捜研が、現場に遺された物品がどの工場で生産され、どの地域に流通していたのかを、その化学成分から割り出して犯人の行動範囲を特定するように、宇宙化学者は、その隕石がどこから来て、どういう特徴を持つかをその化学成分から割り出し、太陽系の成り立ちを特定していくのである。

ただし大きな違いは、科捜研の場合、最終的に犯人は自供することがあるが、太陽系は過去に起きたことを自供したりせず、謎が謎をよぶことも多々ある。しかし、だからこそ、太陽系の成り立ちの謎は最高級のミステリーとして、常に人々を惹きつけてやまない。

太陽系の原材料

さて、横山さんは、「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウ試料の元素成分を明らかにした。

リュウグウの砂のごく一部を、強力な酸に完全に溶かし、その溶液から各元素濃度を測定することで、リュウグウの化学組成を決定する。量も性質も違うさまざまな元素が溶けて混ざった溶液から、各元素を精密に測定するのは並大抵ではない。いくつもの高度かつ繊細な化学分析の手順を必要とする。さらに、希少なリュウグウの試料である以上、一つの手順をとっても失敗が許されない。横山さんは、この分析方法を一から開発し、何年もかけてテストをくり返し、リュウグウ試料に備えてきた。

「リュウグウの試料を無駄にせず、効率良く分析するため、私の持てる経験と知識を全て投入しました。実際にリュウグウ試料を使った分析は、想像以上にプレッシャーのかかるものでした。」

その結果、リュウグウがイヴナ隕石とよく似た元素成分を持つことがわかったのである。

では、リュウグウを含むイヴナ型の隕石は、なぜ重要なのだろうか。話は太陽系の最初期にさかのぼる。

僕らの太陽系は、分子雲と呼ばれる希薄なガスと塵からなる宇宙を漂う雲のなかで、赤ちゃんの原始太陽が生まれるところから始まる。原始太陽は、自分の重力によってガスと塵からなる円盤を周囲に作っていく。この円盤は、原始太陽に近い領域ほど温度が高く、遠いほど温度が低い。地球が生まれた領域は、円盤全体で見れば原始太陽に近く、ごく最初期には1000℃を超える高温だったと推定されている。

そのような高温領域では、塵に含まれる蒸発しやすい元素が塵から失われる。ナトリウムや硫黄、カリウムなども高温のためガス化して、徐々に塵から無くなってしまうのである。

そのような塵が集まって、やがて惑星の卵である微惑星ができ、微惑星から地球のような惑星が作られる。この微惑星の生き残りが、リュウグウやイトカワのような小惑星である。

原始太陽系円盤のイメージ。原始太陽に近い領域は高温になり、いくつかの元素が塵から失われる。一方で、原始太陽から遠い低温の領域ではそれら元素は保たれる。(提供:ESO/L. Calçada CC BY 4.0

現在、僕らが手にしている隕石のほとんどは、太陽系のごく最初期の円盤で高温を経験した痕跡がある。すなわち、ナトリウムや硫黄などが一部失われているのである。

ところが、イヴナ隕石は違う。

蒸発しやすい元素を含めて、ほとんど元素が失われておらず、高温を経験した痕跡がない。おそらく、イヴナ隕石の元となった微惑星が作られたのは、太陽系のずっと外側、地球の軌道より遥かに遠くの低温が保たれた領域だったのであろう。

すなわち、イヴナ隕石が貴重なのは、太陽系が生まれたときの一番初めの原材料がそっくりそのままに保たれているからに他ならない。

地球中心の見方からの脱却

太陽系の原材料をそっくりそのままに保存しているため、イヴナ隕石の元素成分表は、太陽系天体の特徴を物語る“ものさし”として使われてきた。

例えば、この惑星はイヴナ隕石よりもこの元素が何%乏しいとか、あるいは逆にある特定の元素が何割多いと言ったようにである。そして、その“ものさし”に基づいて、それら元素が失われたり、加えられたりする太陽系で起きた特定のプロセス—巨大天体衝突など—が推定されてきた。ちょうど、遺留品の化学成分から犯人の行動を推定するように。

とは言え、イヴナ隕石は地球に落下してから回収されたため、地球上での雨や風、あるいは回収時に人間が触れることで、いくつかの元素が失われたり、逆に加えられたりしているかもしれない。

その点、リュウグウは回収から保管、分析まで、そのような“地球上での元素の汚染”が最小限になっている。その意味で、リュウグウの試料は、人類が現在手にしているなかでも、最も信頼のおける“太陽系の最初期の原材料”であり、同時に“太陽系の新しいものさし”なのである。

探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウの試料。横山さんは、細かい砂の一部を分析した。(提供:JAXA)

一つ残る疑問は、なぜ探査機「はやぶさ2」は、極めて希少なはずのイヴナ隕石のようなリュウグウを探査できたのかというものである。そもそも「はやぶさ2」が訪れる前には、リュウグウが地球上のどのような隕石に対応するものなのか、よくわかっていなかった。すなわち、イヴナ型の小惑星を狙ったのではなく、試料を持ち帰ってみたらイヴナ型とわかったのである。上で述べたように、イヴナ型の隕石は、1万個に1個程度の確率でしか発見されていない。リュウグウがそのように希少な小惑星だとしたら、「はやぶさ2」は偶然そんな天体を探査する大当りの当りくじを引いたのだろうか。

多くの科学者が考えているのは、実は、イヴナ型の小惑星は、人類の隕石コレクションの割合よりも圧倒的に多く小惑星帯に存在するというものだ。実際、リュウグウの試料は、とても脆く壊れやすい。リュウグウのような小惑星の欠片は、地球にも多数落ちてきているものの、その脆さゆえ、大気中で完全に破壊されたり、地上で粉砕したりして、ほとんど回収されないのではなかろうか。実際、イヴナ隕石も、落下時に多数の光の筋が確認されたが、回収されたのはたった一つの小さな欠片でしかない。

そうであれば、地球上に落ちて、僕らが手にしてきた隕石だけから描かれてきた今までの太陽系の描像は、ある種、地球中心の見方であり、偏ったものであったのかもしれない。

そういった“地球中心の太陽系像からの脱却”こそ、「はやぶさ2」の本質的な成果であるといえまいか。

「科学の歴史が大きく動く瞬間に立ち会えたことは、科学者冥利につきますし、また、私と一緒に研究した若い科学者たちにも貴重な経験になったと思います。」

横山さんはそう言った。イヴナ隕石の落下から80余年、僕らは“新しい太陽系のものさし”を手に入れた。おそらくこの“ものさし”は、今後100年も使われるだろう。同時に、それを手に入れた宇宙化学者たちの情熱と興奮も、僕らは同じくらい記憶に留めておかねばなるまい。

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  • 三菱電機は「はやぶさ2」プロジェクトにおいて地上のアンテナ系を担当しています。