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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.44

全地球生命の共通祖先—LUCA(ルカ)

起源を知る方法論は、大きく言えば2種類ある。

1つは、はじまる前の状態、つまり、それが誕生にいたる舞台装置や条件を知ることである。生命の起源に関していえば、原始の太陽系や地球がどうでき、そこに大気や海がどうできたのか、どんな反応や循環がおきて生命の誕生に至ったのかを順序立てて明らかにするアプローチである。

もう1つのアプローチはこれの逆、つまり、現在からさかのぼり、昔を知る方法である。たとえば生物としての僕の起源は、僕の父と母、祖父母、さらに曾祖父母といったようにたどることができる。家系図という情報さえあれば、その記録が現存するところまで僕のルーツをさかのぼれる。

生命にとって、家系図というべき情報はDNAに保存されている。

今回は、DNAからさかのぼって原始生命に迫ろうとする研究をご紹介したい。

DNAの積み木の塔

赤、青、黒、緑。ここに4種類の積み木があると想像されたい。

よく見ると、それぞれの積み木は異なる形をしており、赤は緑と、青は黒としか組み合わない。そして、赤と緑、青と黒がきっちりと組み合わされたペアが、幾重にも無数に螺旋状に高く積みあがっているとしよう。

いうまでもなく、これはDNAを積み木細工でたとえたものである。赤、青、黒、緑の積み木とは、すなわち4種類の核酸塩基に他ならない。アデニンはチミンと、グアシンはシトシンとそれぞれペアをつくって、そのペアが無数に螺旋を描きながら連なっている。

この赤、青、黒、緑のDNAの積み木の塔は、ヒトでいえば全部で30億階、細菌でも数千万階もある超高層建築である。その塔のなかで、ある階から数万階分の積み木をたどれば、ある代謝反応に必要なタンパク質を作ることができ、また別の階から数万階分の積み木をつかえば、別の生体反応に必要なタンパク質ができる。つまり、積み木の配列が生命の機能を生み出す。

このような、機能をもつ物質を生み出すDNA内部のまとまりを遺伝子と呼ぶ。

ヒトには2万を超える遺伝子があり、細菌にも数千のそれがある。これを多いと思うか、少ないと思うか。いずれにせよ、生物としてのヒトや細菌の機能の全情報は、このようにしてDNAに保存されている。細胞の生死は絶えず繰り返されており、DNAは自らを複製し続けることで、新しい細胞に情報を受け継ぐのである。

時間をさかのぼって起源を探ろうと思えば、これが適応できるのは、情報が保存されている時代までに限られる。家系図により僕の系譜をたどることができるが、それでも江戸時代末期までがせいぜいである。系譜を記録した情報を、何世代にもわたって残しておくためにはどうするか。そのためには、絶えずその記録を新しい形として保存し続けねばならない。紙の家系図を保存しようと思えば、10年に1度は新品にすべてを書き写さなければ紙が風化するだろう。

一方で、細胞の生死において繰り返されるDNA複製は、情報を絶えず新しい物質として複写し、再生する作業だといってよい。まるで、新品の紙にすべての情報を書き写しているようなものである。情報の継続が、時間をさかのぼって起源を探るための必須条件とすれば、DNAほどその目的に適したツールはないだろう。

DNAの分子構造の模式図。A、G、C、Tがそれぞれアデニン、グアシン、チミン、シトシン。Sは糖、Pはリン酸をあらわす。(提供:National Human Genome Research Institute

突然変異と環境適応

とはいえ、多くの方がご存じのように、DNAは「完全なる」情報を永遠に複製し続けているわけではない。DNAの情報は少しずつ世代を超えるにしたがって、自然に変わっていく。無数の赤、青、黒、緑の積み木の1つが、ある時、別の色に代わるのである。

これを生物学者は突然変異とよぶ。突然変異は、自然の様々な原因でランダムに起きる。

わずかな積み木の色の変化など、特に取るに足らないものかもしれない。実際、ヒトの30億の積み木のなかで、すべてが機能を生み出す遺伝子ではない。遺伝子領域以外は、特に何かの役割を果たしているわけではないらしく、そういった場所が突然変異したとしても生命にとって何ら問題はない。実際、僕とあなたのDNAを比べると、平均して0.1%ほど違っている。

しかし、突然変異が遺伝子の領域で起きればどうであろう。

そこから作られるタンパク質は、元々の機能をもったそれとは性質を異にする。性質が異なれば、機能を果たすことはできない。このような変異が、生命の維持にとって重要な反応に起きれば生命は死んでしまう。そのため、ある同一の種、たとえばヒト同士の遺伝子領域を比べれば、それらは共通している。

一方で、ごくまれに遺伝子領域における変異によって、新しい機能をもつタンパク質が生まれることもありうる。そういった新機能は、それが有利に働く環境でなければ役に立たない。従来の環境では新機能は真価を発揮しないが、地球の環境は時として大変動する。

生命は突然変異することで、流転する地球環境にも適応できる種を生み出し、多様な進化を遂げることができた。生命とは堅固であると同時に、柔軟性も併せもつ。

全地球生命の系統樹

突然変異はランダムにおきる。そのため、異なる生物種のDNAの積み木、つまり塩基配列を比較することで、両種がどれほど近い種であるかがわかる。塩基配列が類似していれば両種は比較的最近同一種からわかれたことになる。逆もしかりである。

このようにして得られた生命の家系図ともいうべき進化の道筋を、系統樹と呼ぶ。系統樹では、末端の枝葉に現存種が位置し、枝葉から幹、幹から根に行くほど、進化の時間をさかのぼることになる。

—この系統樹を全地球生命について書いてみればどうだろうか。生命の起源に迫れるのではないか。

こう考えた科学者が、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のカール・ウーズであった。

全地球生命に共通した遺伝子があれば、その塩基パターンを比較して、全生物の系統樹を作れるのではないかと考えたのである。

しかし問題は、そんな遺伝子領域があるかということであった。近い種であれば、共通の機能も多く、その機能を発現する遺伝子を特定できる。全地球生命に共通しているということは、その遺伝子が担う機能が根源的であり、共通性が高いということになる。

ウーズは、リボソームRNA(rRNA)という巨大なRNAに着目した。DNAは、タンパク質を作るために、まずメッセンジャーRNA(mRNA)を作る。そのmRNAは、細胞内の小さな器官であるリボソームにたどり着き、そこでタンパク質を作る。rRNAはリボソームにあり、タンパク質をつくるのを助ける。タンパク質をつくる機能はどんな生命にもある。

1970年代、コンピューターも未発達だったこの時代、ウーズはこのrRNAの塩基配列の膨大なデータを使い、全地球生命の系統樹の作成という気の遠くなる作業を始めた。

ウーズの闘い

その結果、驚くべきことが明らかになった。

全地球生物は、3種類の大きなグループ(ドメインと呼ばれる)に分かれることがわかったのである。1つは真核生物、もう1つは細菌(バクテリア)、最後はウーズが発見した古細菌(アーキア)である。

1970年代以前の常識は、生物は大きく真核生物と原核生物に分かれるというものであった。原核生物=細菌であり、古細菌という分類はなかった。この旧来の分類は、生物の形態の観察、つまり細胞内の構造やその働きに基づいたものであった。

しかしウーズは、原核生物は細菌と古細菌に分かれていること、そして、細菌と古細菌の遺伝的な差は大きく、それはヒトのような真核生物と細菌ほども違っていることを示した。

ウーズのやり方は、まったく従来の生物学的ではなかった。何の観察も生物実験もなく、情報のみから導かれたものであり、当時の生物学者たちの直感にも反していた。実際、細菌と古細菌を顕微鏡下で観察しても、大きさも構造も瓜二つといっていいほど似ているのである。

ウーズの仮説は、生物学業界全体から無視され、次いで業界全体が大反対した。著名なノーベル賞受賞者たちがウーズ攻撃の最前線に立ち、火の出るような批判を繰り返した。

批判にさらされても、ウーズは地道にデータを集め、解析を繰り返し、苦悩しながらも主流派であり多数派のマジョリティーというものと闘い続けた。

結局、ウーズの提案した古細菌と、それを含む全地球生命の3つの大きなドメインは、1980年代から90年代にかけて、ようやく生物学業界から受け入れられた。証拠を積み上げて、ウーズはマジョリティーをようやく打ち破ったのである。

根源的といえば、ウーズのこの発見ほど根源的な研究はないだろう。彼は2012年にこの世を去ったが、ノーベル賞が授けられることはなかった。この点、学術界とは何なのかということを考えさせられる。

2004年に撮影されたカール・ウーズ教授。(提供:Institute for Genomic Biology, University of Illinois at Urbana-Champaign CC BY 4.0 DEED

共通祖先、LUCA(ルカ)

さて、rRNAを使った系統樹によると、僕ら真核生物が出現したのは、細菌や古細菌の出現よりはずっと最近のことである。古細菌の一部から、真核生物が派生したという。現在では、古細菌の細胞のなかに細菌が入り込み、細胞内で別生物が共生することで、真核生物が誕生したと考えられている。およそ今から約20億年前の出来事である。

細菌と古細菌が分かれたのは非常に古く、系統樹の根元に位置する。時代としては、今から約40億年前とされる。最も原始的な古細菌たちは、現在ことごとく極限環境を好んで棲んでいる。100℃を超える深海底の熱水噴出孔のなかや、塩分濃度が極端に高い超塩水などである。古細菌たちが誕生した原始地球の環境がわかるようである。

ウーズが当初発表した論文の1つには、rRNAの系統樹が描かれている。その始点、つまり細菌と古細菌が初めて分岐するその前の状態を、彼は論文中で次のように呼んでいる。

「Common Ancestral State(共通祖先状態)」

現代風にいえば、全地球生命の共通祖先。つまり、LUCA(ルカ:Last Universal Common Ancestor)である。

全地球生命を対象とした系統樹の例。(提供:Hug et al. Nature Microbiology 1: 16048 (2016) 他 CC BY 4.0 DEED

40億年前の僕らの祖先であるルカとはどのような生命だったのだろうか。どこに生息し、何を食べ、どのような形をしていたのであろうか。

これまで空想の域を出なかったルカの正体が、実は近年、様々な先端的手法を駆使して明らかになりつつある。これらについては、次回のコラムに持ち越してお話ししたい。

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