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読む宇宙旅行

2011年3月 vol.02

ディスカバリー号 有終の美

2月24日、ディスカバリー号39回目で最後の打ち上げ。(提供:NASA)

2月24日、ディスカバリー号39回目で最後の打ち上げ。(提供:NASA)

 日本人宇宙飛行士が最も多く乗った馴染みの機体、スペースシャトル・ディスカバリー号が3月10日午前1時57分(日本時間)フロリダ州のNASAケネディ宇宙センターに着陸。最後の飛行を無事に終えた。スペースシャトルの2度の大事故後の飛行再開時にはいずれもディスカバリー号が「復活フライト」を決めた。国際宇宙ステーション(ISS)の米国側の建設飛行の初フライトも担った。そして、最後の飛行ではISS史上初の米ロ日欧の宇宙船勢揃いというゴージャスな演出。「ここ一番」で必ず決めてくれる頼れる存在がディスカバリー号だ。

コロンビア号事故後初のフライト時、ディスカバリー号で笑顔の野口飛行士(提供:NASA)

コロンビア号事故後初のフライト時、ディスカバリー号で笑顔の野口飛行士(提供:NASA)

 スペースシャトルは全部で5機あり、そのうち2機は事故で失われている。ディスカバリー号は1984年8月30日に初飛行。今回が39回目の飛行で365日間、ちょうど1年間分飛行し地球の周りを5830周した。日本人で最初にディスカバリー号に乗ったのは1998年、向井千秋飛行士。当時77歳のジョン・グレン飛行士(史上最高齢の宇宙飛行)と飛行したことでも話題になった。その後若田、野口、星出、山崎飛行士が搭乗。中でも印象深いのは2005年7月、野口飛行士が搭乗したSTS-114ミッション。コロンビア号事故後の飛行再開フライトだ。この時は私もNASAに取材に行ったが飛行中も次から次へと問題が出てきて緊張の連続。機体裏側の耐熱材の間のはみ出しが問題になり、地上試験を経て、野口飛行士らが船外活動で除去するという前代未聞の作業も行われた。

分離後のディスカバリー号が撮影したISS.「こうのとり」は写真上、金色に見える。(提供:NASA)

分離後のディスカバリー号が撮影したISS.「こうのとり」は写真上、金色に見える。(提供:NASA)

 今回の飛行は、当初スペースシャトルの最後の飛行になる予定だったので(その後2回のフライトが追加された)、NASA元宇宙飛行士室長のスティーブン・リンゼイが船長として乗り込み、ISS長期滞在飛行士のニコール・ストット飛行士(HTV初号機をロボットアームで捕獲してつくば管制室に寿司の出前を届けた粋な女性)、マイケル・バラット飛行士(若田飛行士と一緒に尿から作った水を最初に飲んだ)らが乗り込んだ。もっとも注目を集めたのはスペースシャトル、日本の「こうのとり」、ロシアのソユーズ宇宙船と貨物船プログレス、ヨーロッパの貨物船ヨハネス・ケプラーと各国の宇宙船が勢揃いしたこと。シャトルが後2回で引退するので、これが最初で最後の家族写真となるわけだ。

帰還したディスカバリー号と宇宙飛行士たち。右から3人目がスティーブン・リンゼイ宇宙飛行士。(提供:NASA)

帰還したディスカバリー号と宇宙飛行士たち。右から3人目がスティーブン・リンゼイ宇宙飛行士。(提供:NASA)

 ディスカバリー号は12日間の任務を終えて快晴のケネディ宇宙センターに舞い戻ってきた。着陸約2分前には「ボン、ボン」とソニックブームの音が2回響き、スムーズなランディング。約1時間20分後に飛行士達が現れ、出迎えたNASA長官らと握手。駆け付けたチャールズ・ボーデン長官も元宇宙飛行士。「ぼくもディスカバリー号に乗ったんだよ〜」と挨拶冒頭で感慨深げ。リンゼイ船長は「ディスカバリーは完璧な成功をおさめた。ここケネディ宇宙センターの人たちの素晴らしい仕事のおかげだ」と支える技術者達を讃えた。スペースシャトルの飛行は残すところ2回。4月19日にエンデバー号、6月28日にアトランティス号の飛行が予定されている。