ここから本文

DSPACE

  • DSPACEトップページ
  • DSPACEコンテンツメニュー

ここから本文

読む宇宙旅行

2011年3月 vol.01

若田飛行士、日本人初の船長に−世界が絶大な信頼を寄せる理由とは。

2006年2月、野外リーダーシップ訓練に参加(前列中央)。雪山をスキーで移動後、毎日約5時間かけてねぐらとなる雪シェルターを作る。過酷な状況で状況判断を鍛える訓練。(提供:NASA)

2006年2月、野外リーダーシップ訓練に参加(前列中央)。雪山をスキーで移動後、毎日約5時間かけてねぐらとなる雪シェルターを作る。過酷な状況で状況判断を鍛える訓練。(提供:NASA)

 若田光一宇宙飛行士が日本人で初めて、国際宇宙ステーション(ISS)の船長になることが発表された。実は、2009年の一回目の長期滞在時に、若田さんは船長になる可能性があったと複数の関係者から聞いていた。実現していれば、ISSで米ロ宇宙飛行士以外の初の船長になっていたわけで、 今回の任命は遅すぎたくらいだと感じている。若田さんはとても謙虚な人だし、自分の優秀さを自覚していないのかもしれない(本当に優秀な人ってそうですよね)。だから、船長に任命されることのスゴサと、若田さんがどれほど世界の宇宙開発にとって貴重な人材かを改めて伝えたいと思う。

 まずは船長になることのスゴサについて。船長は危機的な状況でメンバーの「命」を預かる立場。世界の宇宙飛行士の約半数は軍人だ。船長となれば、軍人が占める割合はさらに高くなる。生死をかけた場面での危機管理に慣れているからだ。たとえば、ISSで火事が起こったり宇宙ゴミが衝突して空気漏れが起こったりして、宇宙飛行士の命が危なくなった場合、「緊急帰還機で地球に戻るぞ」と最終判断を下すのが船長。宇宙開発の先進国である米国、ロシアの宇宙飛行士、さらに軍で非常時対応についても鍛え上げられた飛行士に対して指示する立場になる。「ワカタの命令なら従う」という絶対的な信頼を得るような存在でなければ、船長にはなれない。

2006年7月、「宇宙ステーションのリハーサル」と言われるNASA海底訓練に船長として参加。(提供:NASA)

2006年7月、「宇宙ステーションのリハーサル」と言われるNASA海底訓練に船長として参加。(提供:NASA)

 もちろん船長に任命するために、NASAは極限環境での訓練を徹底的に行い、適性があるかどうかを判断している。たとえば山や海底。若田さんは2006年2月に冬山で荷物を背負ってチームで目的地を目指す訓練に参加。途中吹雪にあい、遭難する危険性がある中で、撤退するか否かの判断を強いられ「安全を何より重視する」ことを身体に叩き込んでいる。また、2006年7月には「宇宙飛行のリハーサル」と呼ばれる海底訓練に船長として参加。海底に沈めた閉鎖施設を宇宙ステーションに見立て、船外活動やロボティクスの操作など様々な仕事をチームで行った。若田さんはメンバーの仕事の割り振りや訓練計画の立案、地上の管制室との連絡などをこなし、「船長の素質あり」と認められている。

 だが、若田飛行士はそれ以上にNASAの宇宙開発にとって「なくてはならない人材」なのだ。その能力を誰もが認めたのは、2003年に起きたスペースシャトル・コロンビア号事故後のこと。スペースシャトルの飛行が凍結され、飛行再開のためにはスペースシャトルの耐熱材が損傷を受けていないか、宇宙を飛行しながら検査する「検査用ロボットアーム」を開発することが条件となり、ロボットアーム教官であった若田さんがNASA宇宙飛行士室の代表として開発に参加したのだ。当初、与えられた開発期間は半年間。アームをつくるカナダの会社やスペースシャトル製造企業と汗を流し、宇宙飛行士の仲間に何度も検証試験に参加してもらい、NASAの管理職と会議を繰り返して開発したロボットアームは、一度も事故を起こさず、機能を果たしている。若田飛行士が参加していなければ、シャトルの飛行再開は実現していなかったかもしれないのだ。

 私たちは、宇宙飛行中の宇宙飛行士には注目するが、地上におりた宇宙飛行士が何をしているのか、把握することは難しい。だが地上にいるときの過ごし方こそ、自分が大きく成長するために新しい仕事にチャレンジするべきだと若田さんは考えている。船長決定時の記者会見で若田さんはこういった。「自分が進化していくためには、環境を変えて緊張感を維持する。『不均衡状態』をわざとつくることで進歩していける。」

宇宙ステーションの長期滞在で尊敬するロシアのパダルカ船長(中央)と。500日を越える宇宙滞在経験を持つパダルカ氏から学ぶことが多かったという。(提供:NASA)

宇宙ステーションの長期滞在で尊敬するロシアのパダルカ船長(中央)と。500日を越える宇宙滞在経験を持つパダルカ氏から学ぶことが多かったという。(提供:NASA)

 そんな若田さんがもっとも「不均衡状態」に苦しみ、挑戦的だったというのが長期滞在後に抜擢されたNASAの宇宙ステーション運用部門長、マネジメント職だ。ISSに長期滞在する宇宙飛行士が訓練から帰還までに直面する様々な問題を解決するために、日米欧ロカナダの管理職、訓練チーム、管制センターらと交渉を繰り返し「宇宙飛行士として訓練するだけでは得られたかった別の観点から、宇宙開発全体を見通すことができた」という。

 宇宙飛行士としての技量はもちろんのこと、宇宙開発の技術的な難しさを検査用ロボットアーム開発で知り、ISSを運用するための参加各国の様々な立場の事情も、今回のNASA管理職の仕事で体得した。これほどの経験を積み、世界の宇宙開発をリードしていける宇宙飛行士は多くない。そんな船長が日本人から生まれようとしている。