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読む宇宙旅行

2011年10月 vol.02

地球で一番宇宙に近い場所で アルマ望遠鏡「開眼」

2011年9月24日、アルマ望遠鏡は20台に。標高約5000mのここは平地に比べて酸素が半分程度しかない。低酸素環境での作業は体への負担が大きいので、滞在時間が10時間に制限されている。(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) ,W.Garnier (ALMA))

2011年9月24日、アルマ望遠鏡は20台に。標高約5000mのここは平地に比べて酸素が半分程度しかない。低酸素環境での作業は体への負担が大きいので、滞在時間が10時間に制限されている。(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) ,W.Garnier (ALMA))

 地球上でもっとも天の川が綺麗に見える場所、南米チリの標高約5000mの高原で、天文学史上最大の望遠鏡計画が進行中だ。その名は「ALMA(アルマ)」。スペイン語で「魂」を意味するこの計画は、日本、米国、ヨーロッパなど20の国と地域が協力し、直径約18km(東京・山手線内に匹敵)に66台ものパラボラアンテナを建設するという壮大なプロジェクトだ。アンテナ群を組み合わせることによって、巨大な電波望遠鏡を実現。宇宙の果てから届く微弱な電波をとらえ、さらに細かいところを見分ける「分解能」はハッブル宇宙望遠鏡の10倍以上。驚異の視力で探るのは「私たちのルーツ」だ。

 構想から約30年。建設開始は米国と欧州が2002年。日本は2004年だった。だがアンテナ第一号を完成させ2009年9月、山頂にアンテナを一番乗りさせたのは日本だ。2年遅れで参加した日本がアンテナを納品した瞬間に「日本はすごいと評価があがり、国際プロジェクトを日本が牽引し始めた」と東アジア・アルマプロジェクトマネージャーの井口聖さんは振り返る。そして2011年9月30日から16台の電波望遠鏡で初期科学観測がスタート(日本のアンテナは7台のうち最大4台を使用)。66台すべてが揃う本格運用は2013年度を予定している。

 アルマ望遠鏡が観測するのは「電波」。電波の中でも波長の短いミリ波・サブミリ波をとらえる。宇宙の天体は温度に応じて様々な波長の電磁波を放つ。ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡は「できあがった」高温の星などが放つ可視光や赤外線をとらえる。一方アルマは星が「できあがる前」の材料となるチリやガスなどの低温物質(-160~-260度)を観測する。つまり可視光では見られない「暗黒の宇宙の姿」をあぶり出す。

半月少し前の月が、星空の下のアンテナ鏡面を白く照らし出す。中央のアンテナの右には南十字星と天の川が、左上には淡く小マゼラン雲が。(撮影:平松正顕さん)

半月少し前の月が、星空の下のアンテナ鏡面を白く照らし出す。中央のアンテナの右には南十字星と天の川が、左上には淡く小マゼラン雲が。(撮影:平松正顕さん)

 ただしミリ波・サブミリ波は水蒸気に吸収されやすい。そこで天文学者は乾燥した場所を求めて世界中探し回った。多数のアンテナをおく広大な土地があること、交通の便がよいことなどの条件に合致したのが、チリのアタカマ砂漠の標高5000mの高原だったというわけだ。アルマの産みの親の一人と言われる石黒正人・国立天文台名誉教授は砂漠で迷子になり、高山病の危機に晒されながら現在のアルマ建設地にたどり着き、「火星の表面に降り立ったような感じ」がしたとコラム(下記参照)に書いている。

 9月末から始まった科学観測には世界から900件を越える応募が集まった。実際に選ばれたのは112件だから約9倍の高倍率!アルマ推進室教育広報担当で電波天文学者でもある平松正顕さんは「これまでの望遠鏡でもっとも倍率が高い。アルマは宇宙の果てから太陽系内の大気のある惑星や衛星まで、ふつうの大人の星以外はオールマイティーに観測できる上に、競合する電波望遠鏡がない。世界中の天文学者が観測したがる」と説明する。

 アルマ計画は銀河や星、惑星の起源、物質進化などを観測対象に掲げているが、個人的に注目するテーマは二つ。一つは「惑星の起源」だ。1995年に太陽系外で初めて惑星が発見されてから、2011年10月末までに約700個が発見されている。それらの惑星系は多様だ。果たして太陽系は特別なのか普遍的なのか。アルマは惑星が生まれる元となる中心星の周りの「原始惑星系円盤」を観測する。この円盤の質量や温度環境によって、惑星系が木星のようなガス惑星のみになるか、ガス惑星と地球のような岩石惑星の両方が存在するかなどの違いが生じると考えられているのだ。さらに円盤の中に惑星ができつつある現場をおさえる。惑星は中心星の周りを回りながらガスやチリを集めて徐々に大きく育っていくが、木星ぐらいの大きさの惑星が回る様が、円盤中の「溝」となって見えてくるはずだ。

国立天文台アルマ推進室教育広報担当の平松正顕さん。星の形成過程などをテーマに研究する電波天文学者であり、これまでも野辺山やハワイの電波望遠鏡を使って研究を続けてきた。天プラ(天文学とプラネタリウム)などの天文普及活動も行っている。

国立天文台アルマ推進室教育広報担当の平松正顕さん。星の形成過程などをテーマに研究する電波天文学者であり、これまでも野辺山やハワイの電波望遠鏡を使って研究を続けてきた。天プラ(天文学とプラネタリウム)などの天文普及活動も行っている。

 もう一つは「生命の起源」。宇宙にある分子は固有の周波数の電波を出しており、これまで150種類以上が発見されている。アルマはたくさんの幅の電波の強度を一度に調べられることで高分子、たとえば生命材料であるアミノ酸の探査が期待されている。アミノ酸の中で一番単純なグリシンもまだ観測されていないが、暗黒星雲や原始惑星系円盤にグリシンなどのアミノ酸が見つかれば、その意味するところは大きい。アミノ酸が地球上の化学反応で作られた物質でなく、生命の材料は宇宙に普遍的にあるということになる。その材料が彗星などによって地球に運ばれてきた、など私たちのルーツに迫ることができるのだ。

 こうしたアルマが解明する科学にも興味津々だが、アルマ望遠鏡のある場所自体にも心惹かれる。平松さんによれば標高5000mの高地は「空が青暗く宇宙に近いと実感する」。さらに「天の川の中心が頭上にあり南十字から北十字まで、つまり宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の始発駅から終着駅まで全部見える。天文学的にも天の川には星が活発に作られる暗黒星雲があり星形成の観測には最適です」。行ってみたい・・・。望遠鏡が発達するにつれて私たちの宇宙観は大きく変わってきた。これからアルマによって、予想もしなかった新しい宇宙の姿が見えてくるに違いない。