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読む宇宙旅行

2014年7月10日

宇宙ステーション400億円の成果って?向井千秋さん熱弁

ISSの成果の一つが国際的プレゼンスの確立。若田飛行士が日本人初のISS船長に就任。「きぼう」や「こうのとり」の安全で確実な運用で宇宙先進国の地位を獲得した。(提供:NASA)

ISSの成果の一つが国際的プレゼンスの確立。若田飛行士が日本人初のISS船長に就任。「きぼう」や「こうのとり」の安全で確実な運用で宇宙先進国の地位を獲得した。(提供:NASA)

 アメリカが国際宇宙ステーション(ISS)を2024年まで使うと表明する一方、ウクライナをめぐって国際情勢は揺れ、ロシアの対応に注目があつまる。中国は有人宇宙ステーションを独自に建設・・。では日本はISS計画にいつまで参加し、ISS後は何を目指すのか。そもそもISSの成果って何?

 日本の今後のISS参加や宇宙探査について話し合う会議が、文部科学省の国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会で4月から開催されている。委員は向井千秋宇宙飛行士や新聞記者、政治学者、ビジネスマン、科学者など様々な分野の11人の専門家。数回傍聴しているが、「ISSの費用対効果は?」「無人か有人か」「国際探査で日本が主導権をとれるのか」など、活発な意見の応酬が面白い。ISSから帰還直後の若田飛行士もビデオメッセージを寄せ、古川・大西飛行士も参加するなど、宇宙飛行士たちも積極的に発言。特に向井千秋委員の熱弁は説得力があった。

● 400億円の費用対効果―何をもって成果というの?

 ISSの今後を考えるには現状の評価から。巷でよく聞くのが「年間400億円もの日本の予算に見合う成果が見えにくい」という点。「何を持って成果というのか。ノーベル賞級の研究成果?」と向井さんは疑問を呈する。向井さんが主張する成果の一つは有人宇宙技術の蓄積。たとえば「きぼう」日本実験棟のトラブル発生率は米国棟の半分以下。「きぼう」を安全に維持する人材を育成していることに大きな価値があると。

 そもそも400億円という数字の内訳も正しく理解されていない。日本の予算は年々減っており2014年度は約357億円。内訳はISSに荷物を運ぶ「こうのとり」とH-IIBロケットが約235億円で66%を占める。ISSを維持するための電力や通信などの共通経費の約1割を、日本は大家である米国に払う必要があるが、現金を払っているわけではない。「こうのとり」で物資輸送を行うことで払っていることになる。しかも物資輸送には約400社が参画し日本に貴重な技術が蓄積されている。この事実が意外に知られていないのだ。

 357億円の残りは「きぼう」を支える運用管制などに約90億(25%)。宇宙実験に割く経費は約32億円でわずか9%!実験成果について問うなら(400億でなく)約32億円に対する成果を問うべきだと。

 しかし、この点について読売新聞編集委員の知野恵子氏が「費用の内訳をつぶさに見ることは重要であるが全体像がつかめなくなる。専門家にしかわからない世界となり大筋を見失う」と反論する。

 「きぼう」での実験については、これまで約450件の実験が行われ、小型衛星放出のような日本独自の実験もあれば、薬剤や酵素の開発に貢献している実験もある。だが日本がさらに成果をあげるために向井さんが問題点を指摘するのは「研究費」について。「宇宙では実験状況が制限されるため、地上実験をくり返して最終的な検証を宇宙でやらないと、ホームランを打つような研究はできない。ところが日本は基礎研究を推進するための地上研究費が出ない」という。

 現状、日本のISS予算では実験装置を開発できても実験の解析等は研究者が自ら別の資金源を確保しなければならない。一方、NASAはISSの米国利用の約半分を「ナショナルラボ」と位置づけ、国立衛生研究所や農務省などの機関が使う。そのための予算も確保されている。「日本も同様の形をとるためには省庁間の連携が必要」と向井さんは主張する。日本が一丸とならないと、科学者は世界相手に戦えないと。

● 宇宙先進国が乗るISSは途中下車したら再乗車できない。

 予算に対しては別の見方もある。日本が約20年間にISSに投入してきた予算は約8000億円。しかし日本とほぼ同じ程度の有人宇宙技術を得た欧州は約30年、5.3兆円を投じてきた。つまり日本は短期間で効率的に、技術を蓄積してきたと言えると。

 さらに「宇宙先進国の一員としてナショナルプレゼンスを得た」ことの意義が最近は高まってきたという。科学技術外交が専門の角南篤委員は「今後、国際協力のパートナーとして中国も含めた戦略を持たざるを得ないが、技術を持っていないと相手にされない。科学技術外交のツールとして有人宇宙技術を持つことは必要」と指摘。また「ウクライナ状勢の負の側面が言われるが、ISSをやっているからいじれない。対立が起こるときに協力の場をいくつか持っておくことが必要」と国際政治が専門の古城佳子委員は指摘する。

 日本はISS全体の約1割強の費用負担で、一国では決して得られなかった技術を習得できたことは委員達が賛成するところであり、藤崎一郎主査は「宇宙先進国が乗るISSに乗車し、日本は相当な成果を得てきた。だが途中下車したら最乗車はできない」と表現。その一方で、「不合理にお金をつかっていいわけではない」ともいう。

● ISSはミニ日本?

委員会で発言する向井千秋宇宙飛行士。今年初飛行から20周年。「次の20年は何をしたいですか?」と委員会後に聞くと「月に行きたいなぁ。行かない?」と明るい笑顔で。もちろん、行きたいです!

委員会で発言する向井千秋宇宙飛行士。今年初飛行から20周年。「次の20年は何をしたいですか?」と委員会後に聞くと「月に行きたいなぁ。行かない?」と明るい笑顔で。もちろん、行きたいです!

 日本がISSや有人宇宙探査を継続する意義について、向井さんはユニークな発言をした。「『ISSはミニ日本』と言い換えてもいい。日本は島国であり自然資源が十分でない。水や食料、エネルギー効率を上げて自立型社会を作っていかないといけない。『第二の地球』を作る有人火星探査技術の研究・開発は日本が他国から自立して生活していける国を作る方向性と一致している。ISSや有人宇宙探査をテストベッドとして推進すべきで、それが国民の安全・安心で豊かな生活を担保する広い意味での安全保障につながる」という。

 しかし、向井さんは今の形のISSにいつまでもこだわっていないのが面白いところ。「ISSはいつかは終焉します。小型で効率のいい第二のISSがいいという意見も出てくると思います」と。確かに過去にNASAはスカイラブという小型宇宙ステーションを3回の打ち上げで実現させたし、中国も同様のことをやろうとしている。もっと小型で効率的な形も考えられる。

 委員会の意見は7月半ばにまとめ、宇宙政策委員会に報告する予定だ。第5回までの内容を聞く限り日本はISSで宇宙技術を獲得し、国際プレゼンスを確立、産業の復興などの成果が得られたとし、今後、「収穫期」として民間企業も巻き込みながら、成果をあげることに集中していくことになるだろう。ISS後は国際協力による有人火星探査を最終ターゲットにおきつつ、まず日本が目指すのは無人の月面探査。この話はまた改めて。