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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙技術を途上国で役立てたい—元「きぼう」管制官の格闘

宇宙探査や宇宙旅行の話題に心惹かれながらも、膨大な予算ゆえに、「宇宙開発は人の役に立っているのか」という疑問が常に頭のどこかにある。もちろん、宇宙技術は天気予報や通信、ナビゲーションなど私たちの生活になくてはならない社会インフラになっている。しかし、まだまだ活用の余地があるのではないか。日本は高性能の人工衛星を開発してきたが、必要とされる人に必要な情報がちゃんと届いているのだろうか・・・。

そんな視点で注目してきたのが、アジア開発銀行(ADB)の村木祐介さんらの活動だ。村木さんはJAXAから2011年4月に出向、宇宙技術担当(スペースコンシェルジュ)として、途上国の人たちが宇宙技術を活用できるよう技術支援するプロジェクトを実施してきた。実は彼の前職はISS「きぼう」日本実験棟の運用管制官。「社会に直接役立つ宇宙開発にも貢献したい!」と異なる分野に飛び込み、挑戦する過程をADBの駐日代表事務所のFacebookページで発信している。手ごたえや課題を伺った。

衛星データから洪水予測、村人の携帯に一斉メール

事例として興味深いのが2012年から3年間行った洪水警報システムのミッションだ。バングラデシュ・ベトナム・フィリピンを対象に人工衛星が観測した雨分布データを活用して洪水を予測、川沿いの住民に携帯メールで水位情報を届け、地元防災担当と連携して住民の避難訓練まで行った。ADB貧困削減日本基金の約2.4億円のプロジェクトだ。

アジアは世界でもっとも水害や水不足などの水危機に直面している地域と言われる。「地上に雨量計が少ないし国をまたがって川が流れる国際河川が多く、上流が別の国だと雨量計のデータがもらえない。人工衛星なら国境に関係なく、広い範囲の雨の状況を把握できるので、洪水の予想に活用できます」と村木さんはいう。

たとえばバングラデシュは国土の80%が三大河川によって作られた氾濫原で、国土の三分の二が海抜5メートル以下。例年の洪水で国土の20%以上が被害にあうという。「上流の雨が下流にやってくるまで数日間かかるので、洪水による直接の死傷者数はそれほど多くないが、浸水によって家財や家畜・農地が被害にあうケースが少なくありません。日本人は家財を買いなおせばいいと思いがちですが、現地の人にとっては一生もの。いかに上流の情報を迅速にとらえ、何日後に水位がどのくらい上がるかという精度の高い情報を、できるだけ早く伝えるかが彼らの生活にとって重要なのです」(村木さん)

ここで活用されたのが、JAXAが無償配布している衛星全球降水マップ(GSMaP)だ。複数の地球観測衛星データから世界の雨分布が1時間おきに更新されている。ただし、その雨情報から、実際に洪水警報を住民に届けるまでにはいくつかのステップが必要だ。ADBは洪水被害を軽減するために、JAXAをパートナーに、洪水モデルや災害対策の専門家とチームを組んでシステム開発、さらに現地機関が使いこなせるよう訓練を行った。

住民の携帯に送られた画面。24時間以内の水位と5日後の水位予測が表示され、住民たちは浸水に備えることができる。(提供:ADB駐日代表事務所)

まず①衛星が観測した雨量情報(GSMaP)の精度をより高めるために現地の雨量計のデータを用いて、実測と衛星データのずれを補正する。②補正されたGSMaPから得られる雨量データを『洪水モデル』に入力する。すると③洪水モデルの計算結果である、各地の水位予測情報がウェブ上の地図に表示される。④ある地域で水位が何センチ以上かの危険ゾーンを超えると、担当者が該当地域の市民や担当者に、携帯メールを用いた情報配信システムで予測水位情報を一斉送信する。住民にとって「これから洪水がくる!」という第一次情報となり、避難などの準備を始めることが可能となる。

一方、⑤水位情報を見た現地の防災担当者は災害対策委員会を招集。各地の状況などあらゆる情報を総合して、住民の避難が必要となったら避難警報を発令する。避難訓練では、現地の防災担当者が衛星データや現地の様々な情報から総合的に判断し避難が必要という「意思決定」を行い、太鼓やマイクを使って実際に住民を避難させた。

2014年8月25日、26日に行われた避難訓練の様子。関係者や避難住民も含め、約200人が参加。手製の竹のボートで避難している人も多く見られたという。(提供:ADB駐日代表事務所)

「これまでの人工衛星利用は『こういうことがわかる』という『アウトプット』までであり、実際に市民の手まで情報が届き利益に結び付く『アウトカム』までなかなか実現できなかった。それが衛星の雨データを元に作られた水位予測情報が携帯電話で市民に届き、避難訓練で被害軽減を模擬するところまで初めて実現できました。鍵になったのは、チームに宇宙技術だけでなく、洪水モデルや災害対策などの専門家が入ったこと。途上国側も水位を予測する水管理局と、市民に警報を伝える災害管理局が協力して避難訓練を実施した。本来は縦割り組織で連携のない関係者を巻き込んで、大規模なデモンストレーションを行い連携する仕組みづくりを実現できたのです」

その一方、改善点も見えてきた。洪水モデルで直接得られるのは「水の流量」。だが住民は実際に何センチ水位が上がるかという「水位情報」が欲しい。流量から水位情報を出すには川の地形も関わってくるため、水位予測したい地点で約半年間、洪水期の流量と水位の実測が必要になりお金がかかる。これを低コストで実施する手法の開発が、更なる利用促進の鍵だ。これも業界の垣根を越え、現地でやってみて初めて見えてきたことだ。

「役にたっている」という手ごたえ

プロジェクトを通して村木さんが最も嬉しかったのは「現地の人の反応」だという。「管制官だった頃は、人の役に立っているかが見えづらかった。今は目の前の人に直接『ありがとう』と感謝され、自分のやっている仕事が今後の彼らの生活の改善に役立っていくと実感できる」。一方、難しいのは途上国の人たちとのチームワーク。「たとえば雨量計の納期が何か月も遅れるなど、思い通りに行かないことばかり。でもその時に怒っても何の解決にもならない。いかに『自分たちのプロジェクトだ』と自覚してもらえるかが鍵です」

アジア開発銀行 宇宙技術担当の村木祐介さん。携帯画面の予測水位の見方を示したビラをもつ少年とともに。(提供:ADB駐日代表事務所)

村木さんは今、だいち2号の衛星データを使って、水田面積や米収量を統計情報として取得するプロジェクトをタイ、ラオスなど4か国で進めている。また2013年にフィリピンの台風ヨランダで被災し、現地の情報不足で苦労した経験から、衛星技術を活用したプロジェクトも立ち上げた。基盤地図や危険地域、避難経路などの情報を加えた防災マップの整備、被害状況を把握するための衛星データの活用、被災後にネットにつながらない環境でもこれらのデータを活用可能なオフライン携帯アプリ開発などを行う技術支援プロジェクトで、アルメニア、フィジーなど4か国が対象だ。

途上国で宇宙技術を活用してもらうには、技術だけでなく人的、金銭的持続性が必要とのこと。「日本も災害の多い国。現地の人と痛みを分かち合えるし、技術で支援する頼もしい仲間として受け入れてもらえると思っています」。