DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

スパコンが暴いた!
謎の天体はブラックホールでなく「宇宙灯台」

あらゆるものを吸い込むブラックホールは謎に満ち、私たちの好奇心を掻き立て、宇宙でもっとも人気が高い天体だ。ブラックホールに吸い込まれゆくガスは、まるで死に際の「断末魔の叫び」のようにエックス線で明るく輝く。

しかし、私たちがブラックホールと思い込んでいる天体は、実はブラックホールではないかもしれない。そんな天体が2014年にアメリカのX線観測衛星ニュースターによって観測されたのだ!(下の図)

アメリカのX線観測衛星ニュースターがとらえた「M82-X-2」。世界中の天文学者がブラックホールと信じていたが、ブラックホールは出さないはずの周期的なパルスを観測。その正体は?(提供:NASA/JPL-Caltech/SAO/NOAO)

「M82 X-2」はエックス線で非常に明るく輝き、世界中の天文学者がブラックホールだと信じていた。ところが2014年、この天体から規則正しい周期でパルス(規則的な電磁波)が発せられていることがニュースターにより観測されたのだ。

これは大問題だ。なぜならブラックホールはパルスを出さない。パルスを出す天体はパルサーと呼ばれ、その正体は中性子星と考えられている。パルサーが周期的にパルスを発する様子は、まるで灯台が周期的に海を照らすようでもあり「宇宙の灯台」とも呼ばれる。この発見をきっかけに、天文学者たちはいっせいに不可思議な現象の解明に走り出した。「M82 X-2は果たしてブラックホールなのか?あるいは中性子星か?」

このとき、簡単に中性子星と結論づけられない一つの常識があった。「中性子星はブラックホールのようには明るく輝けない」という点だ。「M82 X-2」のように太陽の100万倍から1000万倍のとてつもなく明るくエックス線で輝く天体は「超高輝度エックス線源」と呼ばれる。この明るさは、ガスが中心の天体(ブラックホール)にどんどん落ち込み、高温になることで発せられる。だが中性子星の場合は中心に落ち込もうとする高温ガスが多量の光を出し、その光の圧力がガスのさらなる落下を邪魔してしまうため、それほど明るく輝けないと考えられてきた。(ブラックホールでは光さえも吸い込むために、ガスの落下が邪魔されずガスが底なし沼のように吸い込まれて、エックス線で明るく輝くことができる。)

「M82 X-2」の内部で一体何が起こっているのか。その正体は何か。観測でわかることには限界がある。そこで行われたのが「宇宙の実験室」での再現実験だ。国立天文台・川島朋尚氏らのグループによってスーパーコンピュータ「アテルイ」を使い、大規模なコンピューターシミュレーションが実施された。

今回観測された天体(M82 X-2)の想像図。となりの星から大量にガスを吸い込んでいる。中心にあるのは中性子星?明るい光はどのようにもたらされたのか。(提供:国立天文台)

「シミュレーションは非常に難解だった」と同グループの国立天文台の大須賀健助教はいう。光がどのように物質の中を伝搬していくか。光とガスの複雑な相互作用は物理素過程が難解であり、コンピューターシミュレーションを行うテクニックも非常に難しい。光とガスを扱うシミュレーションは「放射流体シミュレーション」と呼ばれるが、世界に先駆けてこの分野を切り開いたのが大須賀氏らのグループ。2010年にはブラックホールにガスが円盤状に吸い込まれる様子をシミュレーションで明らかにし、世界をリードしてきた。その手法を今回、中性子星に適用した。シミュレーションの結果、「M82 X-2」の正体が中性子星であること、中性子星でもまるでブラックホールのように明るく輝くことが可能なメカニズム=「新しい宇宙灯台モデル」を世界で初めてシミュレーションで明らかにし、発表したのだ!シミュレーションに基づいて作成された動画を見てみよう

新しい宇宙灯台モデルでは、光が中性子星表面の側面、つまり横方向に放たれている。(提供:国立天文台)

古い宇宙灯台モデルと比べてみよう

古い宇宙灯台モデルでは、極(南極、北極)方向からビームが放たれている。(提供:国立天文台)

シミュレーションによって、中性子星に向かってガスが柱状に落下すると(降着柱)、星表面で衝撃波が発生、莫大な光が生み出されること、その光は横方向(側面)に抜けていき、明るいエックス線として観測されたことがわかった。

新しい宇宙灯台モデルの説明図。右の四角が今回シミュレーションを行った領域の一部。ガスが大量に落下すると、中性子星の表面で衝撃波が発生し、莫大な光が生み出されるが横方向に抜けていく。そのため光の圧力が弱まり、ガスは次々落下することが可能となったのだ。ちなみにパルスが出るのは星の自転軸と、磁極に沿って落下するガス流の向きがずれているため。(提供:国立天文台)

シミュレーション天文学の醍醐味とむずかしさ

9月6日に行われた国立天文台の記者会見で私が興味を持ったのは、「シミュレーション天文学」という学問の面白さとむずかしさだ。長らく天文学は「観測」と「理論」の二つの分野で進歩を遂げてきたが、新たに第三の分野として急成長してきたのが「シミュレーション天文学」だ。

観測された天体の内部で、実際に何が起こっているかを知ることはとても難しい。それを可能にするのがスパコンを使ったシミュレーション天文学であり、日本は長らく世界をリードしてきた。その醍醐味について大須賀氏は「コンピューターの中に仮想宇宙を作りだして調べられること」と話す。方程式はこうなっているが実際はどうだろうという問題を、実際の現象をスパコンの中に再現して「実験できるのだ」と。

通常の物理実験では仮説を立てて再現実験を行うが、宇宙で起こる天文現象は、物理過程が複雑に絡み、スケールも壮大でなかなか再現することが難しかった。シミュレーション天文学によって初めて再現実験が可能になったのである。だが、光を扱う放射流体シミュレーションは計算量が従来の100倍にもなり、世界のだれも成功しなかった。

しかし日本チームは約10年前に、放射流体シミュレーションを成功させた。この成功を見て、世界が追随し始める。天文学専用のスパコンを持っているのは日本だけだが、2013年に天文学専用スパコン「アテルイ」の利用が始まると格段にシミュレーション性能が向上。「アテルイ」、アテルイの性能を最大限発揮しつつ問題を解くツールである「プログラミング技術」そして「やる気」の3つの武器を手にした日本チームが今回の成果をいち早くたぐり寄せた。しかし「今、我々の合言葉は打倒ハーバード(大学)。成果を発表すると絶対に真似される。今回の発表も緘口令を敷いていました」と同グループの嶺重慎教授(京都大学)はいう。競争は激化している。

コンピューターシミュレーションは観測できない天体内部まで具体的な形で提示することができ、「観測の限界を超えられる」メリットがある一方で、落とし穴もある。「見てきたような図が描ける恐ろしさがある」と嶺重慎教授らは口をそろえる。「ごまかしてもそれなりのものができてしまう。だからこそあらゆるテストを行って検証する。最初は人間が手で解けるような問題やいじわるな問題をあえてスパコンにやらせて、どんな状態でも正しい答えを出すか試します。また驚くべき答えが出た時ほど、プログラムの問題ではないかと自分を疑ってかかる。今回も約1年前に出た結果をあらゆる角度から検証し発表に至りました」(大須賀氏)

今回の成果がもたらす意味は想像以上に大きい。今まで私たちがブラックホールだと思っていた天体の中にも中性子星が多数あるかもしれない。小さなブラックホールが合体して銀河中心にあるような巨大ブラックホールに成長していくという「ブラックホールの成長シナリオ」も見直しが必要かもしれない。それはつまり、「私たちの宇宙がどうやって進化してきたか」の解明に、重要な一石を投じることになる。

「M82 X-2」のように明るく輝く中性子星の観測は一例しかなかった。ところがつい最近、二例目らしき天体がNGC 7793という銀河に観測された。これは面白くなってきた!今後は三次元的な構造を解くなど「新宇宙灯台」の詳細な特徴を明らかにして、観測に役立てたいと川島さんらは抱負を語っている。