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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

宇宙✕町おこし—広がる「宇宙県」

「宇宙に一番近い県」=長野県

2016年11月、長野県松本市の信州大学松本キャンパスに約100名の研究者や公開天文台職員らが集まり「長野県は宇宙県」憲章が宣言された。「長野県は宇宙県」ウェブサイトによると、長野県は平均高度と平均居住高度のいずれも日本で最も高く、「文字どおり『宇宙に一番近い県』と言えます」とのこと。なるほど、そんな切り口があったとは!

「標高2922m、北アルプス大天井岳山頂より、雲海の彼方の夜明けの星空を見上げる。宮沢賢治の物語に『夜明けのX(エックス)』が見えるという話がある。ちょうど初秋の夜明けの黄道光と冬の天の川の交差を表現していると言われる。この日、明るい黄道光(画像中央左から右上)と天の川(画像中央右から左上)の交差がきれいに見られた。透明度の良さと暗い空の織り成す奇跡のショットと言える」撮影地:北アルプス・大天井岳山頂(長野県松本市)、 撮影日時:2016年9月10日未明 撮影・コメント:大西浩次

実際、標高が高く空気が澄んだ長野県には国立天文台の野辺山宇宙電波観測所やJAXA臼田宇宙空間観測所など宇宙・天文関連施設や公開天文台が多い。油井亀美也JAXA宇宙飛行士も長野県川上村のレタス農家出身であり、レタス畑の真ん中で深夜一人、天体望遠鏡で夜空の星を眺めては「天文学者になりたい」という憧れを募らせていたと聞く。また、阿智村は全国星空継続観察で日本一に選ばれたことがあり、ゴンドラに乗って体験する「星空遊覧」が大人気らしい(←一度行ってみたい)。南牧村は日本三選星名所の一つに選ばれるなど、天体観測スポットが多数ある。

上の奇跡のような星景写真を提供してくださった大西浩次さんも、「北アルプスの3000m前後の稜線は、 地上とは別世界。星達も大変クリアーな光景を見せます。そのような稜線に手軽にいけるのも、『宇宙県』の長野県ならではの素晴しさです」という。

さらに技術力も高い。精密機器メーカーが集まる諏訪地域は「東洋のスイス」と言われる。諏訪地域6市町村と信州大学工学部はSUWA小型ロケットプロジェクトを進めている。全長約1.5m、直径6cmの1号機は秋田県能代市で2016年3月に打ち上げられ、高度約370mに到達。この3月にも2号機を打ち上げる予定だ。

「長野県は宇宙県」第一回ミーティングは、あまりにも参加団体が多かったため、「発表時間は一チーム3分しかなかったほどです」と司会を務めた国立天文台天文情報センター普及室長の縣秀彦(あがた ひでひこ)准教授(長野県大町市出身)が、その盛況ぶりを話してくれた。

ところが「『長野県は宇宙県』と発表すると、『うちこそが宇宙県!』という連絡が相次いだんですよ」と縣先生。え、いったいどこですか? その県は。

「宇宙への玄関口」=鹿児島県

その一つは、想像がついた方もおられるだろう、鹿児島県だ。鹿児島県にはロケット発射基地が二つ(種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所)もある。つまり日本の「宇宙への玄関口」なのだ。例えば最近、約2か月に1回のペースでロケットが打ち上げられる種子島宇宙センターのおひざ元が、南種子町だ。地元の方たちは庭先から、あるいは学校の校庭からロケット打ち上げを見るという。つまり「宇宙が日常」な町なのである。

2016年11月2日、種子島宇宙センターから打ち上げられた気象衛星「ひまわり9号」。長谷公園では約1000人の観光客が打ち上げを見守った。

だが、種子島と一口に言っても北の西之表市ではちょっと事情が違うらしい。鹿児島空港から種子島に向かう飛行機で、隣の席に座ったおばちゃんは西之表出身だった。「南種子町はいいよね。道路もきれいになって宿泊客がいっぱいで潤ってるよね」とやや羨ましそう。「東京に住む孫にロケット打ち上げを一度見せてやりたいのに、なかなか飛行機も取れなくて」。そう、ロケット打ち上げ日が決まるや否や、全国のロケットフリークが素早く飛行機やレンタカー、宿を抑えてしまう。旅行社による打ち上げ見学ツアーも組まれ、観光収入は地元にとって大事な収入源の一つである。

さらに、南種子町が最近力を入れているのが、島の特産品を観光客に買ってもらおうという「地産外商」だ。例えば「種子島スペースサイダー」は島特産の砂糖と天日塩を使っている。また国際宇宙ステーションに日本の貨物船「こうのとり」によって種子島の水が運ばれ、宇宙飛行士が飲んでいることから、種子島産のミネラルウォーターが「宇宙の種水」として販売されている。

一方、内之浦宇宙空間観測所のある肝付町(きもつきちょう)も頑張っている。この街の魅力は「手作りのおもてなし」。昨年12月、イプシロンロケット2号機の打ち上げ取材に行った際には、宮原打ち上げ見学場に並ぶ屋台村の楽しさにやられた。イプシロンをもじった「イカシロン」(いかのすり身などが入ったソーセージ)や、地元の縫製メーカーが作ったペットボトルケース(イプシロンロケットが刺繍されている!)、地元の食材を詰めた「イプシロンの里弁当」など、町の人たちがアイデアを出し知恵を絞って作ったオリジナルグッズがずらりと並ぶ。売り子をしているお喋り好きの地元の方々と話して色々教えてもらうのも楽しい。

種子島宇宙センター宇宙科学技術館のお土産ショップで「種子島スペースサイダー」、「宇宙の種水」発見!
イプシロンロケットが刺繍されたペットボトルケース。お姉さんに強力にプッシュされ購入。愛用しています。
イプシロンロケットにちなんで開発されたイカ入り魚肉ソーセージ「イカシロン」。なかなか美味しい!
「UCHINOURA」とロケットがどーんと描かれたタオルを広げてくれた、肝付町観光協会のお兄さん。

驚いたのが、午後8時の打ち上げ直前、見学場のすべての照明を落としてくれたこと。頭上に広がる満天の星空と、約2.8km先の発射台だけが浮かび上がった。安全が重視される昨今、思い切った判断ではないだろうか。眩いオレンジの閃光を放って力強く飛翔するロケットを見送った後、「これ以上素敵なショーはない」と隣にいた女性たちが感激していた。町を訪れたお客さんに、思いっきり楽しんでほしいという、町の人たちの細やかな配慮が随所に感じられた。

そして肝付町は1月末、鹿児島大学理工学研究科と包括連携協定を結んだ。鹿児島大学はミニロケットの開発を進めている。その打ち上げ候補地の一つが肝付町。「打ち上げはもちろん、燃焼実験など打ち上げまでのプロセスについて、(ロケット打ち上げ経験の豊富な)肝付町なら地元の理解が得られ、お手伝いができる」と肝付町役場の担当者。町では若者が減少し、雇用創出や地域活性化が課題。肝付の魅力の柱に「宇宙」を掲げ、数年に一度の打ち上げだけでなく、頻繁に宇宙活動を行うことで地元の産業を盛り上げ、町の人々も元気にする効果を期待しているという。

「天文王国」=岡山県

そして、岡山県も「うちこそが宇宙県」と名乗りをあげる。岡山県といえば「元祖・天文王国」。晴天日が多く上空の気流が安定し、天体観測にとって最高の気象条件であることから、東京天文台は1960年、東洋一(当時)の188cm望遠鏡を建設した(現在は国立天文台岡山天体物理観測所。188cm望遠鏡は今も現役)。岡山は日本の大望遠鏡発祥の地なのだ。

国立天文台岡山天体物理観測所の188cm望遠鏡ドーム。天文王国、岡山の中心的存在だ。(提供:国立天文台岡山天体物理観測所)

それ以前の1926年には、すでに岡山県倉敷市に日本初の公開天文台である倉敷天文台も誕生していた。今では美星天文台、宇宙ゴミや小天体を観測する二つのスペースガードセンターをも擁している。

さらに、国立天文台岡山天体物理観測所の隣接地では、京都大学が国立天文台や企業と産学官で、アジア最大級となる口径3.8mの望遠鏡の建設を進めている。これからも日本の「天文王国」として、驚くべき発見や成果がここから生まれることは間違いない。

自治体初の「県民衛星」=福井県

どの県も「宇宙県」にふさわしい特色がある。そして、「これからは宇宙だ!」と宇宙に参入する県もある。たとえば福井県(実は私の故郷でもある)。なんと、地方自治体では初となる「福井県民衛星」を打ち上げると発表したのだ。2019年度の打ち上げを目指して福井県、地元企業、大学が協力し、現在基本設計や衛星データの活用分野の検討を進めている。

そもそも県民衛星を使って何をするのか。福井県庁職員で「県民衛星プロジェクト推進グループ」の五島雅彦さんに尋ねると「地方の困りごとを実際に解決して、宇宙のデータ活用のビジネスモデルを作ること」が目標だという。

福井県民衛星のイメージ。約60センチ立方。カメラとセンサーを搭載し、地上の2.5mのものまで見分ける能力を持つ(提供:(株)アクセルスペース)

具体的には衛星は超小型衛星ベンチャー企業、アクセルスペース社の協力を得て、福井県の地元企業が作る。そのため開発の拠点となる県工業技術センターにはクリーンルームも整備中だ。

衛星を打ち上げた後、例えばどんな「困りごと」を宇宙から解決しようと考えているのだろう。五島さんによると、「たとえば鹿が木の皮を剥ぐなどの鳥獣被害は田舎にとっては切実な問題です。環境の変化に敏感に対応するのは動物だし、猟友会が被害を見つけようにも人手がないのが現状です。宇宙から鳥獣被害を見つけることができないか。また不法投棄対策や山林保全にも役立てたい。現在は『困りごと』の洗い出しをし、衛星データが役立てられるか検討している段階」とのこと。

人手の少ない地方で「困りごと」が解決できれば、ほかの自治体でも活用できるはず。そのモデルケースを示すことができたら画期的だ。また、将来的には衛星開発に必要な電波暗室や熱真空試験装置など試験設備を整えて、福井に来れば衛星を作ることができる環境を整えたい。つまり「宇宙の仕事なら福井!」を目指したいという。福井県の新たな産業の柱、つまり収入源として、宇宙を見据えているのだ。

広がる「宇宙✕町おこし」

国立天文台の縣秀彦准教授は、このようにあちこちの県が「我こそが宇宙県!」と名乗りを上げている状況は大歓迎と嬉しそう。「宇宙は、個人にとっても社会にとっても視野を広げ、長期的なスケールでものを考える視座を与えてくれる」という思いが、その根底にあるからだ。

宇宙を観光資源として観光客を呼び込んだり、新しい産業の柱にしたり、地元の活性化につなげたり。宇宙✕町おこしの目的は様々だが、縣先生は「教育」を大きな柱に掲げる。「宇宙や天文に興味を持った子供たちが、地元の大学で学べるようにしたい」と。それには縣先生ご自身の経験が深くかかわっている。

「僕が生まれ育ったのは、長野県のアルプスのふもとの村。中学に通うのに歩いて1時間かかりました。冬、バレーボール部の練習が終わって真っ暗な山道を歩いていると凍てつく寒さの中で、星が本当に綺麗なんです。小さい頃から星の本を読むのも好きでした。星の本と美しい星空で天文に興味を持ちましたが、大学は地元の信州大学教育学部に進学。ところが天文の先生がいなくて、悩んだ結果3ヶ月で大学を辞めました。東京学芸大学にも天文の先生がいることがわかって、学芸大を受験しなおしたのです」

ご自身が進学で苦労したからこそ、また教師を勤めた経験から、宇宙や天文に興味を持つ子供たちが地元で学べるようにしたいという強く願う。巷では「宇宙とビジネス」を絡めて語られがちだが、宇宙への挑戦は時間がかかるし、宇宙と社会、人との関わりはもっと根源的で幅広いもの。教育や人材育成は、宇宙✕町おこしの根底にあるべきだろう。

ここに挙げた以外にも、糸川博士がペンシルロケットの水平発射を行った国分寺は「日本の宇宙開発発祥の地」と宣言しているし、宇宙飛行士が宇宙に飛び立つたびに故郷は宇宙で盛り上がる。町ならではの「個性」と宇宙を絡めて、より多くの町で、大人も子供も元気になるといいですね。