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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「雲を愛する技術」—素敵な雲と出会うには

みなさん、空を見上げてますか? 空には様々な雲が刻一刻とその姿を変え、時に息を吞むような光景が広がっている。前回のコラムで夜光雲について解説をうかがった気象庁・気象研究所の雲研究者、荒木健太郎さんは、ツイッター(欄外参照)で毎日のように、美しい雲や大気光学現象の画像を投稿されていて、超人気だ。

左上から彩雲、巻雲、笠雲、波状雲、雄大積雲、飛行機雲、二重虹。(提供:荒木健太郎、「雲の中では何が起こっているのか」荒木健太郎著 ペレ出版)

2月のある日、茨城県つくば市の気象研究所に取材に訪れた際も、「ついさっき、『ハロ(内暈)』が見えましたよ。この窓から」と荒木さんは研究室のデスクのすぐ横にある窓を指さした。

見逃した・・・私たちはふだん、スマホの画面に気を取られたりして下を向きがち。頭上では、雲や大気が織りなす素晴らしい光景が広がっているというのに。これは悔しい!しかし、研究にお忙しい荒木さん、四六時中窓の外を見ているわけではないはずだ。

「どういう気象状態のときに、どういった雲が出るかを知っておけば、会いたい雲に会える可能性が高くなりますよ」と荒木さん。荒木さんご自身も研究の合間にちらっと空を見ては、休み時間などにデスクに置かれたデジカメで撮影なさっている様子。私たちもちょっとした知識があれば、空で広がる素敵な現象に出会える確率が高くなるという。そこで宇宙ファンにおすすめの雲や、光学現象を教えていただいた。

ハロ(内暈・うちかさ)。氷の薄い雲(巻層雲)が出ているときに見られる。内暈が出て雲が厚くなると「雨の前兆」と古くから言い伝えられている。(提供:荒木健太郎)

太陽に薄い雲がかかっているときは「逆さ虹」、「水平虹」、「幻日」を探そう

「例えば星が好きで天体写真を撮っている方は、薄い雲が空に出ていると星が見えにくいと残念に思うかもしれません。そんなときはぜひ、大気中で発生する光学現象を楽しんでほしい。夜だけでなく、昼も雲を見て楽しんで頂けたら」と荒木さんが紹介してくださったのが「環天頂アーク」、「環水平アーク」と「幻日」だ。

環天頂アーク(提供:荒木健太郎)
内暈(上)と環水平アーク(下)(提供:荒木健太郎)
環天頂アーク、環水平アーク、幻日と太陽との位置関係。(出典:「雲の中では何が起こっているのか」荒木健太郎著 ペレ出版)

環天頂アークは「逆さ虹」、環水平アークは「水平虹」とも呼ばれる。これは見たい!

荒木さんによると、環天頂アークは太陽がしっかり出ているが空に白く薄い雲(巻層雲や巻雲)がかかっているとき、冬は朝や夕方に出ることがあるという。「腕を前に伸ばして太陽から手のひら二つ分上あたり」をちらちら見るといい。一方、太陽の下に出る「環水平アーク」は太陽高度が低い冬は出会えないが、暖候期の太陽高度が高いときはお昼前後に出ることもある。

ちなみに、お昼頃に環水平アークが出た日の朝、巻雲が広がっていたそう(画像参照)。

環天頂アーク・環水平アークも内暈と同様に、巻層雲のような空で薄く広がる雲に現れやすく、内暈が出ているときは狙い目だ。また、この日のように巻雲の一部に現れることもある。こんな感じの雲が出ていたら、お昼前後に腕を前にのばし、太陽から手のひら二つ分ぐらい下あたりを注意して見てみよう。環水平アークに出会えるかもしれない。

環天頂アーク・環水平アークより発生頻度が高いのは「幻日」。太陽の両側に虹色に小さく輝く、幻の太陽だ。やはり腕を伸ばして太陽から(左右に)手のひら一つ分のところに見えるそう。荒木さんは2月頭に新潟県長岡市に出張に行かれた際、「最初に幻日が見えて、そのあと環天頂アークが見えた」という。空高くに薄い雲が出ているときは、こうした現象が次々みられる可能性があるため、太陽との位置関係を知っておくと、発見できる可能性が高まる。

環水平アークが出た日の朝、空には巻雲が。(提供:荒木健太郎)
太陽の両側に見えた「幻日」。腕を伸ばして太陽から手のひら一つ分のところに見える。(提供:荒木健太郎)

さらに、これからの季節にみられる大気光学現象が、「花粉光環」。スギ花粉など球形に近い花粉によって光が回折して発生する。光の輪は雲や花粉ででき、粒が小さいほど光の輪も大きくなるそう。雨上がりの晴れの日、風があって空が青いと良く見えるそうだ。綺麗だけれど、花粉症の人(←私も^^;)にとっては花粉が大量に飛散するサイン。万全の対策を!

雲や空を見ることで、天気をある程度予想することもできる。たとえば「太陽や月に光の環(内暈)がかかると雨」と古くから言い伝えられている。内暈は巻層雲に出現するが、巻層雲は温帯低気圧の進行方向に発生することが多い。そのため内暈が現れてから雲がだんだん厚くなってくると、低気圧に伴う雨が降る可能性が高くなる。つまり、この言い伝えは科学的根拠に基づいているのだ。逆に考えると、天気図上で西から前線を伴う低気圧が接近してくるとき、ハロ(内暈)や環天頂アーク、環水平アーク、幻日に出会いやすいということ。気象情報を上手く利用すれば、これらの現象に自分から出会いにいけるわけだ。

3月3日に見られた花粉光輪。当日夜のNHK首都圏ニュース845でも紹介された。(提供:荒木健太郎)

山にかかる雲―笠雲、吊し雲

富士山にかかった笠雲。(出典:「雲の中では何が起こっているのか」荒木健太郎著 ペレ出版)

富士山にかかる「笠雲」、絵になりますね。つるっとしているのは上空の風が強いため。日本海に低気圧があるときに、富士山の山頂付近に発生しやすいそう。

富士山に限らず、山があって気流が波打っているときは雲ができやすい。山頂にできるのは「笠雲」、山から離れた位置にできるのが「吊し雲」だ。空気が山を越えるときの流れ(山越え気流)の中では、風下山岳波と呼ばれる大気中の波が発生することがある。その上昇流域では「吊し雲」が現れやすいのだ。笠雲や吊し雲は上空の風が強いことを意味しているため、登山の際にこれらの雲が出ていたら、山頂付近の風が強いということが読み取れる。

山を越える大気の流れと発生する雲。(出典:「雲の中では何が起こっているのか」荒木健太郎著 ペレ出版)

下の画像では、風下山岳波の上昇気流で吊し雲が作られ、下降流域で消えるという、空気の流れがはっきりわかる。

吊し雲(提供:荒木健太郎)

これら吊し雲がつながると、波状雲になる。波状雲は冬の風物詩。衛星画像をチェックすると、西高東低の冬型の気圧配置の時、日本海の寒気が本州の山を越えるときに東北地方あたりに風下山岳波が発生し、波状雲ができている様子がわかる(下図)。ひまわり8号リアルタイムweb(欄外参照)では、気象衛星ひまわり8号が宇宙からとらえた雲の様子をほぼリアルタイムで、また時間をさかのぼっても見ることができる。空を見上げて波状雲が見られたら、どこの山で発生したものなのか、いつからそこにいるのかなど、衛星画像をチェックしてみると楽しい。

2016年11月4日、衛星SuomiNPPによる可視画像。東北地方あたりに南北に波状の雲(波状雲)が発生している様子がわかる。NASA EOSDIS worldviewより(欄外参照)。(提供:NASA)
2016年7月に荒木さんが夕焼け時にとらえた波状雲。(提供:荒木健太郎)

見えると吉兆?-意外に頻繁にみられる「彩雲」

ところで、荒木さんのツイッターに頻繁に画像がアップされ、問い合わせが最も多いのは虹色の雲、「彩雲」だそう。刻一刻と彩りや形を変える彩雲は、見えると「吉兆」と古くから言い伝えられる。しかも、これまで紹介した雲や光学現象と比べ、季節を問わず頻繁にみられるのが嬉しい。「狙い目は太陽の近くの薄い雲。千切れたわた雲(積雲)やひつじ雲(高積雲)など、様々な高さの雲で見られます。彩雲は太陽の周囲の雲に現れますが、太陽からの直達光がはいると虹色が見づらくなってしまうため、サングラスをして探すのがオススメ」と荒木さん。太陽を直視して目を傷めないように、注意して探しましょう。

2016年10月28日に名古屋で撮影された彩雲。刻一刻と色や形を変えていく。(提供:荒木健太郎)
2017年1月5日に荒木さんが撮影した彩雲の動画。太陽のすぐ近くの好天積雲に出来たもの。「ごく僅かな時間で別人みたいに姿も表情も変わってしまい、二度と同じ雲に出会うことはできない。一期一会を実感」と荒木さん。(提供:荒木健太郎)

空を見上げよう。雲の声を聞こう

荒木さんによると「雲を愛するには『技術』があるといい」とのこと。(荒木さんの気象サイエンスカフェでのお話「雲を愛する技術」は超面白いのでお勧め。欄外リンクには他にも一般向け講演映像が多数公開)。人間が十人十色であるように、雲も十人十色。名前も見た目も性格も違う。雲の性格をあらかじめ少し知っておき、どういう時にどういう雲に出会えるかを把握しておけば、環天頂アークや吊し雲のような美しい景色との遭遇率が高まる。美しい景色に出会うことで、人生がより豊かになる。

と同時に、雲を見ることは災害から身を守る手立てにもなる。「いくつかの雲は『もうすぐ嵐が来るぞ』と危険を呼びかけてくれている」と荒木さんはいう。

突風・急な強い雨の直前。おしよせる低い雲(アーククラウド)。(提供:荒木健太郎)
乳房雲 積乱雲の進行方向の雲の底にできる雲。雷雨や突風の前兆となる。(提供:荒木健太郎)

研究者の立場から見た雲の愛しさは「素直であること。雲は大気の状態を可視化してくれるもの。雲を見ると大気がどうなっているか、ある程度想像ができる。また雲は物理法則に従って几帳面に動いている。ただ人間が物理法則をすべて理解していないために、まだわからないことがある」とのこと。

雲は身近な存在だけに、相手をよく知って「雲の声」を聴き、上手く付き合っていくことが大事。まずは空を見上げ、ステキな雲を探すことから始めてみては?一期一会の雲との出会いを楽しみ、人生をより豊かにしましょうね。

荒木さんのお話を聞いてから彩雲を探してスマホで撮った1枚。目で見て色がわかりにくくても、スマホを通してみると色が見えてくることも。