DSPACEメニュー

読む宇宙旅行

ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「ここまで詳細に見えるとは!」天の川電波地図
—野辺山最新成果

国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡。(提供:国立天文台)

夜空に光る星々はどのように生まれるのか。世界中の天文学者は、人類が抱き続けてきた大命題の答えを得ようと挑戦を続ける。だが、その詳細はいまだ謎が多い。

国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡は、その問いの解明に迫る画期的な成果を、出し続けている。観測開始から36年、人間でいえば中年に当たる45m電波望遠鏡が改修によって「若返り」したことを前回の記事で紹介した。では、どんな観測で何を解明しようとしているのか、二人の熱き電波天文学博士に聞いた。

風に祈りを—FUGIN「天の川の最も詳しい電波地図」

まずは、天の川の最も詳しい電波地図作りについて。プロジェクト名「FUGIN(風神)」は 「風の神さまに『風が吹かないように』と祈る気持ちで名づけました。45m電波望遠鏡アンテナは大きいので風に弱いんです。特にこのプロジェクトは非常に細かいところまで観測する目的だったので、風速7mもの強い風が吹くと本来向けたい方向からアンテナがずれてしまい、正しい電波写真にならないのです」。プロジェクトを率いた国立天文台野辺山宇宙電波観測所の梅本智文博士は説明する。

FUGINは新受信機FOREST(フォレスト)を使って立ち上がったプロジェクトの一つ。空の4点を同時に観測でき(従来は1点)、受信機の性能も上がったことから約16倍の効率で観測できるようになった。「つまり80年かかっていた観測が5年でできるようになった。これは画期的なことです。そこで私たちの銀河系にある星の材料をくまなくサーベイ(調査)しようと。それが『FUGIN』です」

梅本智文博士。1990年から野辺山で研究。JAXA電波天文衛星「はるか」プロジェクトにも関わる。2014年から「FUGIN」プロジェクトのリーダー。

2014年~2017年の4年間かけて満月520個分(130平方度)の領域を従来に比べて約3倍の詳しさで観測。人類史上最も広大で最も詳細な天の川の電波地図となった。それがこの画像だ。

FUGINで得られた天の川の電波地図。新受信機FORESTによって一酸化炭素とその同位体の3種類の分子を同時に観測できるようになった。下の拡大図は星形成領域で、炎のように見られるのがフィラメント構造。(提供:NAOJ/NASA/JPL-Caltech)

画像一番上の細い帯が天の川の電波画像。注意してほしいのは、これは「電波」で見た天の川だということ。「天の川を肉眼で見た時、黒く見える場所は星がないように見えますが、実際は『暗黒星雲』と呼ばれるガスとチリの雲。星が生まれる場所です。その真っ暗なところを電波で観測すると、光って見えるのです」(梅本博士)

つまり上の画像で光って見えるのは星ではなく分子ガスの雲、分子雲。FUGINの観測を始めて1年目に観測データを見た梅本博士は「ここまで見えるとは思っていなかった。『すごいデータが出た!』とかなり興奮しました。これはすごいプロジェクトになると確信した」と当時の興奮を語る。

梅本博士が特に驚いたのは、「フィラメント」と呼ばれる炎のような、或いは細長いひもが複雑にねじれたような構造が見えてきたこと(上の写真の拡大図)。「初めて見た時はびっくりして『これ、なんだろう』と思いました。ここまで詳細に見えるとは」。それは、理論家が予想するフィラメントだった。

恒星は、分子雲が収縮することで形成されていくが、その過程で分子ガスがシート状に平べったくなり、次にフィラメントに分かれ、塊ができて星が生まれると理論家は考えていた。「星形成の過程でフィラメントがたくさんあることが、これほど詳しく観測されたのは世界で初めて。あまり知られていなかったことです」(梅本博士)。

フィラメントだけでなく、この天の川の電波地図は人類が初めて見る天体ばかりの「宝の山」だと梅本博士はいう。「そもそもFUGINは人類の遺産になるような天文学的データを遺そうという野辺山観測所の3つの『レガシープロジェクト』の一つです。電波の天文学者だけでなく、世界中の光赤外、エックス線、ガンマ線など波長が異なる観測者や理論家の皆さんに使ってもらって、新しいサイエンスを生み出してほしい。私自身もこの宝の山から宝を是非探したい」。

6月1日、FUGINプロジェクトのデータが国立天文台野辺山宇宙電波観測所によりリリースされた。「科学館やプラネタリウムでも活用してほしい」と梅本博士は呼びかけている。

野辺山からアルマへ

そして野辺山45m電波望遠鏡ではアルマ望遠鏡と連携したユニークな観測も行っている。現在、野辺山宇宙電波観測所所長であり、2001年から17年間アルマプロジェクトの計画実現に深く携わってきた立松健一教授は、野辺山とアルマの役割分担についてこう説明する。

「アルマは非常に強力な望遠鏡です。ハッブル宇宙望遠鏡の視力は600、アルマは6000もあります。視力はいいが視野が狭い。その視野はだいたい木星ぐらい。月の大きさと比べると木星は直径が60分の一、面積では3600分の一。だからアルマは非常に細かいものを見ることはできますが、どこを観測するか探すのは難しいのです」

そこで野辺山45m電波望遠鏡の出番となる。「世界で一番質の高い天の川の電波地図を作ったように、45m電波望遠鏡は天空の広い範囲をなめるように観測するのに適しています。アルマとは別の役割を担うのです」

現在、立松所長はアルマにつながる研究を、野辺山で実施している。鍵を握るのは重水素だ。「重水素を含む分子は星が生まれる直前直後で多いことがわかっています。そこで重水素を含む分子が多い場所を45m電波望遠鏡で調べることで『今まさに星がうまれそうな場所』を見つけて、アルマ望遠鏡で星形成の直前直後を詳細に観測しようとしています」

立松健一所長。大学院入学時は光の天文学を専門にしようとしていたが、「これからは電波天文学の時代」と感じて、大学院の途中から電波天文学を専門に。研究の三分の二は45m望遠鏡を使ってきたことから「野辺山に恩返しをしたい」と所長に。

野辺山で立松所長らは2年間で全天の約200天体を観測。重水素の多いところを30か所発見し、そのうち興味深い結果の出た2天体について、アルマ望遠鏡で観測を実施。「星がもうすぐ生まれそうな天体1つと星誕生直後の1天体の解析データがアルマから届きました。なかなか面白い解析結果が出ています」。現在論文を執筆中しているそうだ。

立松所長は野辺山とアルマの組み合わせによって、最新の研究が展開できる道筋を示そうとしている。「野辺山45mはバリバリ現役で働けますよ」と。「野辺山45m電波望遠鏡ができたことで、日本は基礎科学の分野でも世界に通用する観測装置が初めてできたと注目されたし、天文学でも世界に非常に大きなインパクトを与えました。ただ36歳という年齢は大型ミリ波望遠鏡では最高齢で、技術的な戦いが必要です」。そこで受信機を変え改修を行い、最先端の観測ができることを実証した。

「世界中の電波望遠鏡は戦いの中にあります。技術開発をやっていかないとどんどん取り残される。受信機FOREST導入前は天の川の掃天観測は時間がかかりすぎて、地図作りはとても実現できなかった。それが効率的で現実的な時間で実現できたのです。研究者の実感として重水素を観測できる電波望遠鏡は貴重です。アルマにつながる観測ができるという点でも貴重な立ち位置にある。できるだけ長く観測を続けたい」

冬の厳しさと美しさ—遭難しかけたことも

観測棟で望遠鏡を動かす梅本博士。

梅本博士はFUGINプロジェクト4年間の観測のほぼ半分を担当、野辺山の厳しい気象条件のもと、望遠鏡の様子を観測室でモニターしながら観測実行し続けてきた。「観測することは電波天文学者として楽しいです。でも遭難しかけたこともあります」と梅本博士。

え、遭難ですか?いったいどこで?

「ここ(野辺山観測所)で観測して、本館まで歩いて帰ろうとしたんです。雪が降って風速30mぐらいの強風がふいて、ブリザードでした。外に出たらホワイトアウト状態で。歩き始めたものの何も見えない。次の朝、倒れている自分の姿が脳裏によぎって、慌てて戻ってきました(笑)」

観測所内で遭難しかかったとは・・・。観測棟と本館との距離は約500m。距離的には決して遠くないが、ホワイトアウト状態とは危険だ。冬の寒さも厳しくマイナス25度以下になることも珍しくないそう。

「冬、観測を終えて宿舎に戻る途中で、キラキラ光るダイヤモンドダストが見えて綺麗ですよ」。梅本博士はニコニコしながら言う。天文学者は肉体的にも精神的にもタフさがないとやっていけない、とその笑顔を見ながら実感するのだった。

特別一般公開に行こう!

野辺山宇宙電波観測所では8月25日(土)、特別一般公開が行われる。ぜひ若返りした45m電波望遠鏡やタフで情熱あふれる電波天文学者に会いに行こう。

今回のレポートでは45m電波望遠鏡を中心に紹介したが、観測所内にはたくさんの電波望遠鏡がある。たとえば84台の電波ヘリオグラフ。乃木坂46の「新しい世界」のミュージックビデオが、整然と並ぶアンテナの前で撮影されたことで話題となった。

84台の電波ヘリオグラフ。乃木坂46がこの前で踊ったことで有名に。直径0.8mのアンテナ84台を組み合わせることで直径500mの望遠鏡と同じ性能を出し太陽を観測。

また、梅本博士が耳より情報を教えてくれた。「2015年の改修の時に、45m望遠鏡の二つの反射鏡に、金澄(厚手の金箔)が貼られたんですよ」というのだ。主鏡から受信機に電波を導くためのビーム伝送系に二つの反射鏡が使われているが、劣化が進んでいた。そこで反射鏡の表面に厚さ3マイクロメートルの金澄を貼り、観測効率が15%アップしたそうだ。「作業には金沢から金箔の職人さんが来られていました。伝統工芸と最先端科学の融合です」。残念ながら反射鏡は望遠鏡内部にあり金澄を見ることはできなかったが、伝統工芸が生かされていることを頭において、45m電波望遠鏡を見て欲しい。

また、東京銀座にある「METoA Ginza」(メトアギンザ)では7月6日から宇宙イベント「Space Challenge in Ginza—人工衛星と大型望遠鏡で、宇宙のひみつに挑む!」が開催される。野辺山の45m電波望遠鏡のてっぺんに登るVR映像、アルマ望遠鏡の標高5000m山頂施設で撮影した星空のVR映像などが見られる。どちらも臨場感があり、まるでその場にいるような感覚が体験できる。ぜひ、望遠鏡の現場を堪能してくださいね。

金澄が貼られた反射鏡(提供:国立天文台)
  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。