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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

火星の月の砂を3.5時間で採る!史上初に挑むMMX探査機

火星の月(衛星)フォボス(画像下)に着陸するMMX探査機のイメージ。フォボス表面は月の表面のように細かな砂(レゴリス)で覆われていると考えられている。(提供:JAXA)

火星には、ジャガイモのような形をした二つの月がある。フォボスとダイモスだ。より火星に近い月・フォボスに向けて日本が2024年、探査機を打ち上げることが決まった。その名は火星衛星探査計画(MMX)。MMXはフォボスに着陸して砂をとり、2029年に地上に持ち帰るという壮大で野心的な計画だ。1980年代からロシアはフォボス探査に3度挑戦しながら失敗に終わっている。MMXが成功すれば火星圏への往還飛行、サンプルリターンともに史上初の快挙となる。

5年間のミッションのハイライトは、何と言っても衛星フォボスへの着陸とサンプル採取だろう。フォボスの一日は約7時間。昼間の3.5時間の間に着陸、サンプル採取、離脱などの表面活動を終えなければならないという、時間制限付きの非常に難易度の高いチャレンジだ。

2月21日にJAXAで行われた記者勉強会でMMXプロジェクトマネージャ・川勝康弘さんが語ったフォボス着陸・サンプル採取の詳細は以下の通り。

MMX探査機は小型月着陸機SLIMが月着陸時に用いる画像航法を活用し、フォボス表面に精密に着陸。地表の画像や3Dデータを取得し、どのくらいの凸凹があるかを認識する。探査機から送られてきた情報をもとに地上の運用チームが、サンプルの採取場所を決定する。探査モジュールには長さ約1.5m、複数の関節をもったロボットアームがあり、手の届く範囲が1mほど。障害になるような大きな岩をよけ、サンプル採取場所へ腕を動かす。ロボットアームの手先には「コアラ―」と呼ばれる長さ約10cmの筒状のシリンダーが3本、指のように取り付けられている。コアラーの直径は2cm。2cm以下の砂粒を採取する必要がある。

サンプル採取場所まで腕を伸ばしたロボットアームが次に行う作業は、フォボス表面から地下2cm以上深く潜るように、ばねの力でずどんとコアラーを打ち込むこと。地下に打ち込むのは、なるべく太陽風などで風化していない、フレッシュな物質を採りたいからだ。コアラ―を引き抜くと蓋がしまる。フォボスからMMX探査機が離陸後、取得したサンプルは回収カプセルに差し込むという計画だ。フォボスと地上の通信は片道約15分以上かかる。サンプル採取場所の決定などクリティカルな判断は地上が行うけれど、作業の大半は探査機自身が高度に自動・自律化して行う。

コアラーが3本あるのは、1回目の着陸でうまく刺さらなかった場合の予備に1本、2回目の着陸が可能になった場合に、さらに1本使うためだ。

2月19日に開催された文部科学省 宇宙開発利用部会「火星衛星探査計画プロジェクト移行審査の結果について」資料より抜粋。左上がフォボスへ着陸時のMMX探査機、右上がロボットアーム、左下がアームの先のコアラー、右下が地上での試験の様子。

火星の衛星を探査する理由

しかし、そもそもなぜ火星本体でなく、火星の衛星をターゲットにするのか。詳細は2017年4月のコラム(参照:「火星の月の石」を地球に持ち帰れ!世界初への挑戦)を見て欲しいが、簡単に言えば、火星本体の探査は「生命の痕跡」や「太古の火星は水や大気があったはずなのに、なぜ今、乾いた惑星になったのか」に焦点を当てているのに対して、MMXは「そもそも、なぜ火星に水が運ばれたのか?」をテーマにしているためである。

MMXミッションについて説明するJAXA川勝康弘プロジェクトマネージャ。

それは、地球がなぜ「水の惑星」であるのかをも、説明する。地球や火星など太陽に近い地球型惑星は、そもそも水などの揮発性物質は失われ、からからに乾いた状態で形成されたと考えられている。そのカラカラの惑星に水を輸送したのが小惑星や彗星、チリではないか。

つまり火星の衛星フォボスやダイモスは、「太陽系内で水・有機物の輸送を担うカプセルそのものではないか」と科学者は考えているのだ。地球に水が輸送されなければ私たちも誕生しえなかったと思えば、MMXは地球生命の起源の謎解きにも大きな役割を果たすこととなる。

フォボスに着陸、サンプル採取、離脱を3.5時間で!

MMXの軌道計画図。開発中のH3ロケットに搭載され2024年度に打ち上げ予定。(提供:JAXA)
探査機の質量4000kgで多段式。不要になったモジュールはどんどん切り離していく。2月19日開催の文部科学省宇宙開発利用部会「火星衛星探査計画プロジェクト移行審査の結果について」資料より抜粋。

冒頭でフォボス着陸・サンプル採取のクライマックスシーンを説明したが、その前に周到な準備が行われる。

計画では2024年9月に打ち上げ後、MMXが火星圏に到着するのは2025年8月。その後、衛星フォボスとランデブー(並走)。探査機には11の科学観測機器が搭載されている。最初は高度約100kmから観測を始め、重力場の状態がわかったら衛星中心から20~30kmへ接近。最終的にはフォボス表面から10kmを下回る高度で周回して詳細な観測を行う。

望遠や広角カメラを用いて地形や物質分布についての情報を得るのはもちろん、レーザ高度計のデータからフォボスの詳細な地形モデルを得る。NASAが担当するガンマ線・中性子線分光計で元素組成を決定する。そしてCNES(フランス国立宇宙研究センター)が担当する近赤外線分光装置では、主に含水鉱物や有機物の分布図を作成。どこに着陸してサンプルをとるかを、これらデータから絞り込んでいく。

さらに、フォボス表面にMMX探査機本体が降りる前に、ローバー(CNESとDLR(ドイツ航空宇宙センター) が担当)を降ろす。表面が硬いのか柔らかいのか、ふわふわなのか。「我々が考える大きなリスクは、フォボス表面がものすごくふわふわでずぶずぶと潜ってしまったら、着陸機を降ろすときどうしようかと。(表面の硬さの情報は)遠くから見てもわからない。ローバーを降ろすことでリスクがなくなり、大きな安心感につながる」(川勝プロマネ)。ローバーは着陸後に車輪で動き、車輪の通った後の写真を撮ることで、砂との相互作用など表面の特性についての情報が得られるという。

フォボスにコアラーが刺さるかどうかについても、地上で試験を重ねている。フォボス表面に組成が近い模擬砂(シミュラント)を使い、コアラーを打ち込む実験を行った。また直径が約23km、重力が平均で地球の2000分の1しかないフォボスの微小重力下で、砂がどのくらい舞うかなどを検証するために、ドイツ・ブレーメンなどの落下塔で実験を実施している。

なぜダイモスでなく、フォボスなのか

石炭星と呼ばれるフォボスには、赤と青の二つの領域があり科学的に興味深い天体だ。(提供:JAXA)

ところで、MMX探査機の目的地をフォボスにするか、ダイモスにするかについては3~4年かけ様々な議論と検証が行われてきた。川勝プロマネの説明によると、「惑星科学的な観点からは、フォボスに行きたい。だが技術的にフォボスに行くのは(ダイモスより)難しい。技術的な実現性について見通しがついたために、フォボスを主対象天体として選んだ」とのこと。

科学的な観点からフォボスが選ばれた理由は主に3つ。

  • ① 過去に火星探査機から得られた情報量がフォボスの方が圧倒的に多い事。事前に画像や地形、温度などのデータがあることは、どこに着陸するかを決める上で大きなアドバンテージとなる。
  • ② フォボスはほぼ真っ暗で「石炭星」と言われるほどだが、その中でも赤と青の、科学的に性質が異なる領域がある。だが、ダイモスは赤い領域しか確認できない。フォボスの方が多様性がある。
  • ③ フォボスの方が火星に近く(約6000~7000km、ダイモスは約2万5千km)火星から舞い上がった物質が、ダイモスより二けた以上豊富であると推定される。

ただし、火星に近いほど「重力の井戸が深くなる」。つまり着陸し、離脱するためにはより大きな力や燃料が必要となる。フォボスを探査する場合、探査機の制限重量におさまるかどうか等について検討が必要だったのだ。

MMXは科学探査の意味合いも大きいが、人類の火星有人探査への布石でもある。世界初の火星圏往還を果たすと共に、有人火星探査の際に最もクリティカルとされる放射線などの環境も計測する。また火星の有人探査ではフォボスが火星の宇宙ステーションになる可能性もある。その意味でも、MMXの探査は世界の注目を集める。

「火星探査については日本は後塵を拝しているかもしれないが、火星衛星探査では世界の先端を走っている」(川勝プロマネ)。だからこそ、NASAもフランスもドイツも世界最高の機器を提供し協力を申し出る。人類の英知を結集して火星圏を往復し、太陽系の水輸送の謎を解く。未来を見据え、ルーツを紐解く、両方の意味で重要なミッションと言えるだろう。

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