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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

5月26日「スーパームーン×皆既月食」を最大限楽しむには—「赤い月」を記憶に刻もう

2011年2月10日の皆既月食の連続撮影。皆既時に真っ暗にはならず、赤銅色などに見えるのが特徴。今年は何色?(提供・撮影:大川拓也)

5月26日、2021年注目の天体ショーが日本全国で見られる。満月が地球の影にすっぽりと隠れる「皆既月食」だ。18時44分ごろから徐々に満月に影がかかり、20時9分ごろ全部隠れる皆既食に。赤銅色の丸い月が、夜空にほんのり浮かび上がる(はず)。しかもこの時の満月は地球との距離が2021年で最も近く、今年一番大きく見える満月。「スーパームーン」とも呼ばれている。「スーパームーン」の日に皆既月食が見られるチャンスが次に訪れるのは、2033年10月8日だという。このチャンスは逃したくない。

「皆既月食は皆既日食と違って、どこかに出かけないと見られないわけでなく、月が昇ってさえいれば全国どこでも見られる天文現象です。遠くに出かけられない今の状況でも、みんながそれぞれの場所で同時に楽しめる。しかも今回は夕方から夜の早い時間に起こるので、子供たちも見やすいのではないでしょうか」と語るのは、小学生の頃から多くの皆既月食を見てきた大川拓也さん。天文雑誌編集長、国立天文台広報普及員などを経て現在は、JAXA宇宙科学研究所にお勤めで解説がわかりやすいのはもちろん、天文愛にあふれている。大川さんに今回の皆既月食を最大限楽しむコツから「月旅行で皆既月食を見るとどうなる?」まで聞きました。

特徴は「(皆既食の)時間が短い」「低い空で始まる」
「スーパームーン」

(画像2)5月26日、東京では月が昇るとすぐ部分食が始まる。南東を中心に地平線近くまで空が見える場所を探しておこう。
(提供:国立天文台)
今回の皆既月食の特徴は?
大川拓也さん(以下、大川):

まず、皆既食の時間が短い。皆既月食の継続時間は毎回異なり、長い時だと皆既食が1時間半を超えるときもありますが、今回はわずか20分弱です。(地球の影に)すっぽり入ったと思ったらすぐに出てきてしまう。

(画像3)月食のしくみ。太陽と反対側にのびた地球の影の中を月が通過することによって、月の一部、または全体が暗くなる。今回は3時間以上ある月食の経過のほとんどは部分食として見え、本影に入りきる皆既食は20分弱。(提供:国立天文台)
その20分間を見逃すなと。他に特徴は?
大川:

部分食が始まるのは、計算上18時44.6分です。その時、月は空の低いところにあります。北海道西部や東北地方西部、西日本など月が昇ったときには既に部分食が始まっている地域もあります。月食の始まりから、だんだん食が進んでいく様子を少しでも長く見ようと思ったら、南東からほんの少し東よりの方角が地平線近くまで見渡せる場所を明るいうちに探しておくとよいですね。

大川さんたち天文家は、やはり部分食から注目されるんですか?
大川:

どういう写真を撮りたいかですよね。数年前に地平線に近い部分食を撮影しましたが、月がまるで皆既食の時のように真っ赤に写りました。

(画像4)2014年4月15日の月食(皆既食後の部分食)。昇ったばかりの月が赤く見えていた。(提供・撮影:大川拓也)
おお!美しいですね。月食では皆既の時になって初めて赤銅色の月がほんのり浮かび上がるイメージが強いですが(画像1)、低空でも赤く見える可能性があるんですね?
大川:

はい。部分食らしくなく、妙に赤かった(笑)。朝夕に太陽が赤く染まるのと同じ理屈で、地平線から昇ったばかりの月が赤っぽく色づいていたわけです。風景として印象的でした。その日の大気の状態によっても満月の色味は変わりますので、今回の月食でも、昇った頃からの月の色の変化、見慣れた地上の風景の中に浮かぶ部分食など、皆既食になる前から低空ならではの面白い見え方を楽しむこともできるのではないでしょうか。

そして、この日は今年一番大きく見える満月。「スーパームーン」とも呼ばれますね。
大川:

満月としては、今年最も大きく見える。つまり地球との距離が2021年で一番近くなる満月ということで、そう呼ばれていますね。月は地球の周りを楕円を描きながら公転しているので、距離が刻々と変化しているんです。月が大きく見えるタイミングで皆既月食になるのは、話題が重なるという意味でとても良いですよね。

国立天文台によると、最も遠い満月に比べて視直径が約14%大きく、約30%明るく見えるということですが。肉眼で「大きいな」とか「明るいな」とかわかるものでしょうか?
大川:

大きさは同じ機材で写真を撮って画像を比較すればわかりますが、肉眼で大きさや明るさを正しく認識してふだんとの違いを見分けるのは、簡単ではないですよね。「地球に近い」ということは、月が大きく見えると同時に、地球の周りを公転する速度が速いということでもあります。月は遠い時ほどゆっくり、近い時ほど速く動く。つまり今回は、月が地球の影の中をやや駆け足で通り過ぎていくわけです。

最大の見どころは「色」―月は地球の大気状態をうつす鏡

(画像5)2011年12月10日の皆既月食。赤銅色に見える皆既時の月。色はその時の地球大気の状態によって異なる。
(提供・撮影:大川拓也)
大川さんが皆既月食で注目するのは?
大川:

最大の見どころは皆既食の時の月の「色」です。月全体が地球の影に入って、太陽の直射日光が月に差さなくなるのが皆既食。でもその時、月は完全に見えなくなるわけではなくて、うすぼんやりと赤銅色に照らされて見えます。

なぜ、完全に暗くならず、赤銅色になるんでしょう?
大川:

地球に大気があるおかげなんですね。まずなぜ赤色に見えるかというと、太陽の光が地球の大気を通る時に青い光をより多く散乱して、赤い光が残って通りやすいためです。その効果に加えて、大気を通るときに光の方向が曲がって月に届くために、ほんのり月が照らし出されるわけです。

(画像6)皆既月食で月がほのかに赤く見える理由。(提供:国立天文台)
なるほど!
大川:

ただし、毎回まったく同じ赤銅色に見えるわけではありません。その時々の地球の大気の状態によって、月食ごとに色合いや明るさが違って見えるのも注目ポイントです。

赤銅色でないときもあったのですか?
大川:

1982年12月30日の皆既月食は暗い月食でした。この年の春にメキシコの火山が噴火しています。また1993年6月4日に起こった皆既月食も暗く、これは1991年6月に起こったフィリピンのピナツボ火山の噴火の影響と考えられています。

暗くて月が見えにくい時もあるんですね。
大川:

はい。もし地球が冷え切って火山噴火もないような惑星だったら、月食ごとに明るさの違いは起こらないはずです。大気の状態が常に変わっているということは、地球が生きている惑星だからこそなんです。だから月は地球の状態を教えてくれる鏡でもあるんですね。

月食にますます興味がわきますね。
大川:

鏡という点では、古代ギリシャのアリストテレスの時代も、月食の時に見える地球の影が丸いことから、「地球が丸い」ことを認識していたようです。月が丸いことは見ればわかりますが、自分のいる地球を外側から見ることができない時代に、地球が丸い天体であるということを端的に示していたのが月食だったんですね。

月の色の記録には「スケッチ」がおすすめ

(画像7)大川さんが小学5年生の時に初めて見た皆既月食時のスケッチ。月の色や明るさの変化がよくわかる。
(提供:大川拓也)
アリストテレスのように地球の丸さを感じてみたいと思います。ところで皆既月食の色の変化を見るには何がおすすめですか?
大川:

色を記録するためのおすすめはスケッチです。写真を撮ったとしてもカメラの設定で様々な色や明るさに写ってしまうし、撮影した写真を見る際のモニター画面は自分のPCと人のPCの画面で同じ色が出ているとは限りませんからね。

確かに・・スケッチとは色鉛筆で描くということでしょうか?
大川:

はい。スケッチは原始的だし不正確で写真の方がいいんじゃないかと思うかもしれません。でも色を塗ろうとすると、よく観察しますよね。後から見ても「あぁこういう色だったんだな」と記憶に残ります。あらかじめ月面図を用意しておいて(欄外リンク参照)、色鉛筆の色を赤、黄、茶、黒、紫や青系統などなるべく細かくそろえておくとよいですね。月の明るさや色は一様ではなく、月が地球の影のどこにあるかによっても、違いがあります。

(画像8)本影のふちと中心部では月の明るさや色が違って見えるかもしれない。よく観察してみよう。(提供:国立天文台)
画像7は大川さん秘蔵の皆既月食のスケッチですよね?
大川:

はい。僕が小学校5年生の時に初めて見た皆既月食のスケッチです。

月の明るさの変化や色の違いがちゃんと表現されていて、小5とは思えない!どこで見たのですか?
大川:

僕は東京都足立区の出身ですが、足立区の天文同好会が月食の観測会をやりましょうということで夜中に学校に集まりました。初めて皆既月食を見た嬉しさと、夜中に学校で観察する特別な感じは今でも覚えています。決してうまく描けたわけではないし、もっと色々な色を用意しておけばよかったと思いますが、大人になっても覚えている良い思い出です。

月旅行時代に向けて—皆既月食の時に月にいたら、地球はどう見える?

ところで、今は月旅行が計画される時代です。皆既月食の時に、もし月にいたらどんな光景が見られるのでしょうか?
大川:

楽しみですよね~。皆既月食中の月に行くと、地球による日食が見られます。

地球が太陽を隠す日食ですね。地球で見る(月による)皆既日食とは違いますか?
大川:

全然、印象が違うはずです。まず、月には大気がないので月の空は昼間でも暗い。だから地球で見るような青空ではありません。それから月から見る地球は、地球から見る月に比べて直径で約4倍、面積で16倍の大きさがあります。

地球で見る皆既日食では、青空が急にうす暗い夜空に変わったように見えますが、月では昼も夜も空が暗いと。そして月で見る地球は大きい!
大川:

はい。しかも月面に立つと地球は空の同じところに出ていて、ほぼ動かないように見えます。その大きな地球の後ろに太陽が隠れていくように見える。そしてぴったり重なったときには真っ黒い地球のふちに、地球の大気によって赤い光の輪郭が見えて、その光が月面をぼんやりと照らし赤い光景が広がるのだと思います。

モノクロの月面が赤く染まる・・見てみたいですね。ダイヤモンドリングは?
大川:

地球で見るダイヤモンドリングは、皆既食の直前直後に月の凸凹によって漏れた太陽の光が、太陽のコロナと共に見える現象です。地球には大気がありますし、海は凸凹がなくなめらかですよね。月から見て地球のどこに太陽が隠れるかによっても印象が異なるかもしれません。太陽のコロナも変化していますから、月食(月から見る日食)のたびに、違う光景になるのではないでしょうか。まだ誰も見たことがない現象ですから、ぜひ見てみたいですね(笑)

(画像9)月周回衛星「かぐや」がとらえた地球による部分日食。月を周回する「かぐや」が月の地平線から徐々に昇ってくる地球をとらえたもの。地球の大気を太陽が照らすことで薄く環っかのように見えている。(提供:JAXA/NHK)
近いうちに誰かが見るかもしれませんね。皆既月食の予定はかなり先まで計算で出ていますから、計画を立てることは十分可能ですね。
大川:

月の観光の目玉になりそうです。

今後、皆既月食は2030年までに世界で9回起こるようですね。改めて、楽しむ秘訣は?
大川:

日食や月食は記憶に残る天文現象です。お天気のこともあるので一生のうちに何回見られるかわかりませんが、食が起こる空の高さや食の継続時間など毎回違って、毎回楽しめると思います。人類は古代から暦を作って日食・月食の予報をしてきました。将来いつ月食が起こるかも計算されていて、正確に予報できることも人間の英知だと思います。その一方で、人間の生活は変わっていきます。自分も成長して歳をとったり、コロナ禍になるなど世の中が変わったり。人生その時々の楽しみ方があって面白いですね。お天気が一番気になりますが、天気が悪い場合はネット中継でも見られます。ただ画面と本物は印象が全然違うと思います。雲の隙間でもあれば、ぜひ実際の空で月を見上げてみてください。

大川拓也さん。月刊星ナビ編集長、国立天文台広報普及員、かわさき宙と緑の科学館天文担当を経て現在はJAXA宇宙科学研究所にて宇宙科学の広報・普及に携わる。宇宙科学・天文学の魅力をわかりやすく伝える仕事を手がけ続け、子どもから大人まで星空に親しむ機会を提供している。写真は2010年、オーストラリア・ウーメラ砂漠で。(提供:大川拓也)
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