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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

大西飛行士も驚くリアルさ—今の宇宙を旅する「ISSメタバース」の可能性

「THE ISS METAVERSE」でISSの旅。地球の今を体験できる。(提供:バスキュール)

身近になったとは言え、私たち庶民にはなかなか手の届かない宇宙。ISSはどんなところで、そこから地球はどんなふうに見えるのだろう。

そんな体験をしてきました!VRヘッドセットを装着すると、目前に巨大なISS(国際宇宙ステーション)が。眼下に目を向けると広大な地球が広がる。この体験が特別なのは、目の前に広がる地球の光景が、今まさしくこの瞬間宇宙を飛ぶ、ISSから見える地球であること。太陽の位置も星の位置もリアルに再現されている。つまり、今ISSに暮らしている宇宙飛行士と同じ眺めを体験することができるのだ。それがバスキュールとJAXAが開発したメタバース空間「THE ISS METAVERSE」(ISSメタバース)。7月末に東京・六本木で開催された「METAVERSE EXPO JAPAN 2022」で日本初公開された。

VRヘッドセットで今のISSに瞬間移動。両手のコントローラーで自在に移動できる。(提供:JAXA)

宇宙に行くだけでもレアなのに、宇宙飛行士でさえなかなかできない憧れの船外活動ができるとは。しかも嬉しいのは、両手のコントローラーを操作するだけで自由に移動できること。右のコントローラーでは上下・左右旋回の動きが、左のコントローラーでは前後左右の動きが可能。ISSを詳細に見学したいものの、やっぱり遥か遠くの宇宙へ行きたい!というわけで上向きのボタンをひたすらプッシュ。

すると、巨大だったISSが小さくなっていく。そして、どんどん丸みを帯びていく地球。漆黒の闇を背景にした地球の耀きのなんと美しいことか・・これだ、これが見たかったのだ。ISSから離れ「1人乗りの宇宙船」と言われる宇宙服だけで飛ぶ浮遊感、ISSから離れていくときの孤独感。コントローラーは実際の動きを再現し、操作後しばらくは慣性力が働くため止まろうとしても動きがなかなか止まらない。そんな時はレスキュー用ボタンを押すとISS近くにひゅっと戻ることができて、ほっとする。

こんなふうに宇宙と対峙できる。(提供:バスキュール)

私が体験したのは「昼の地球」。だが時間帯によっては「夜の地球」や、昼から夜へと移っていく時間帯の地球の眺めが楽しめる。夜の地球では見事な夜景に見とれてしまう。一方、天の川などの天体も再現しているそうだ。

一緒に宇宙遊泳した人たちと「きぼう」日本実験棟前で記念撮影。(提供:バスキュール)

リアルタイムの地球の眺めを堪能できるのが「ISSメタバース」の売りだが、特別に「ISSから見る日の出」も見せてもらえた。日が昇る前にうっすらと青くなる地平線、やがて赤い点のような太陽が顔を出すと、地球が茜色に染まっていく。強烈な太陽光を受けて輝くISS。そうした変化を宇宙空間に浮かびながら体験することができる。いつか、全身でその光を浴びてみたい。ますます宇宙へ行ってみたくなる。

開発者に聞く狙い~『地球は青かった』と青臭いことを堂々と語り合う場に

この「ISSメタバース」はプロジェクトデザインスタジオ・バスキュールとJAXAの共創プロジェクトである。両者は2020年8月、ISS「きぼう」日本実験棟に「KIBO宇宙放送局」を開設、世界で初めて双方向の宇宙生番組を実現している。2021年末には野口飛行士が宇宙から「初日の出」を生中継し、ミュージシャンの矢野顕子さんと年越しでライブ交信した豪華番組を覚えている方がいるかもしれない。

ISSメタバースには、そもそもどんな狙いがあるのだろうか。バスキュールのクリエイティブディレクター馬場鑑平氏は「宇宙に一度は行ってみたいとぼんやり思っている人はたくさんいると思う。そういう人に本当に行ってみる体験を、できるだけリアリティのある形で提供する。ただISSのモデルを置くだけでは感動がない。この瞬間のISSに移動して、『宇宙飛行士が見ているのとまったく同じ風景を今見ているんですよ』と言われると、ものすごくリアリティがわいてくるんじゃないか。『地球は青かった』みたいな青臭いことをここでは堂々と言える(笑)。みんなで語り合える場が作れたら、素敵なんじゃないか」と語る。

ISSメタバースで宇宙遊泳中の参加者たち。(提供:JAXA)

JAXA新事業促進部の藤平耕一氏はISSメタバースを「共創の場」として位置付けている。「『地球を見ながらゆっくり語り合うことができたら、人はどんな話をするのだろう』という問いから『きっと、もっと地球のことを大切に思い、自然と優しい話をするのではないか』という仮説を立て、それを検証するためにISSメタバースを開発した」のだと。

なるほど、今回のメタバースEXPOでは体験時間も短めで宇宙遊泳や地球の眺めに集中してしまったが、宇宙や地球を眺めながら語りあったら、どんな会話が生まれるのだろうか。

大西飛行士がISSメタバースを体験—「懐かしい」

7月28日 大西飛行士がJAXA筑波宇宙センターからISSメタバースを体験。

実は私がISSメタバースを体験中、大西卓哉飛行士が突然現れた。頭上から現れて地球のほうにスーッと降りていく。「あ、大西さん!」と思った次の瞬間にはどこかへ。宇宙飛行士の皆さんとメタバース宇宙で話せたら面白いなぁと思っていたら、大西飛行士がその後、本格的にISSメタバースを体験する様子が公開された(私が遭遇した時はどうやら練習のため一瞬入ってこられたらしい)。ISSメタバースに入るや否や、「すごいですね、これ。かなり実際に近い」と大西飛行士は感嘆の声をあげた。「遠近感もあるし、日の当たり方とか、日が差さないところが真っ暗になったりするあたりもすごいリアル」。「真っ暗な世界から太陽がちょっと顔を出した瞬間にISSがバーッと光り輝き出すところとか、そっくりそのままで、懐かしい」。

(提供:バスキュール)
ISSを眼下に眺められるのがISSメタバースならではの極上体験。(提供:バスキュール)

ただし、「実際には(命綱があって)ISSからそんなに離れられない。それができるのがメタバースのいいところ。いいところを楽しみつつ、頭の片隅で宇宙にいる時には『こんなことはできないよな』と思ってもらうといいかも」とのこと。

ISSのここを伝えたいというポイントは?という質問に対しては「私が宇宙船に乗ってISSに行ったとき、これだけ大きな施設が宇宙空間に浮かんでいるのを見てびっくりしました。今でも初めてISSを見た時の感動をはっきり覚えています。(その感動を)子どもたちにも味わってもらって、科学に興味を持ってもらえると嬉しい」

今後については「VRの可能性を感じて楽しかった。今は視覚だけだが音とかISSに触ったときの触感を体験できるようになれば、疑似体験からさらに本物に近い体験になると思う」と期待する。

大西飛行士と記念撮影する参加者たち。

今後~HTV-Xの打ち上げをリアルに追体験

今回のイベントでは限られた人しかISSメタバースを体験できなかった。「いずれは多くの方に体験してもらえる機会を考えている」とJAXA藤平氏。

バスキュール馬場氏は色々なイベントを仕掛けたいと今後の展望を語る。「宇宙飛行士に入ってもらってディスカッションしている様子をオンライン配信するなど、スタジオとしての使い方もできる。いずれISSに向けて新型宇宙ステーション補給機HTV-XがH3ロケットで打ち上げられる時にはリアルタイムで再現して、みんなでふわふわ宇宙に浮かびながらISSに到着する場面を様々な角度から見て応援するイベントができれば」

大西飛行士がISSメタバース参加中、パワポを見ながらの会話も。オンライン会議やワークショップなどにも使えそうだ。

これは是非とも実現してほしい。本来、発射直前や発射後のロケットに乗ったり近づくことはできないけれど、メタバースなら可能だ。H3ロケットがどのように飛んでいき、HTV-XはどうやってISSにたどり着くのか、その様子を宇宙船の間近で追いかけることができれば、この上ない体験になるに違いない。

ISSメタバースは「KIBO宇宙放送局」の制作過程で開発した「地球AR」(ISSのカメラがとらえる情報と地球の位置情報などをリアルタイムに同期させる技術)を適用したもの。「技術の蓄積があり、それをさらに拡張させた」と馬場氏は語る。まだプロトタイプであり「地球がリアルであるほど宇宙にいる感覚が高まるので、地球の見せ方は頑張った。全体的には描画のレベルはまだまだ向上できる」という。

2021年は宇宙旅行が花開いた「宇宙旅行元年」だった。多くの人が宇宙に行くのが理想だが、ISSメタバースはまた別の可能性が拓けそうな気がする。次は、ISSメタバース空間で様々な考えをもつ人たちと宇宙や地球について、青臭く語り合ってみたい。そう強く感じた。

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